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光の女神

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 それから半年後、初夏の爽やかな季節になった頃、リリアンナはディアルトと式を挙げた。

 長い金髪は複雑に編み込まれ、頭上にはティアラが光っている。長身でスラリとした体型を生かすマーメイドラインドレスは、リリアンナの引き締まった体を美しく引き立てた。
 フワリと頭部を覆ったヴェールはミドル丈だ。ティアラやイヤリング、ネックレスには、陽の光を反射して煌めく大粒のダイヤがある。

 式を挙げるという話を聞いてから、カンヅェルが「和平の絆に」と言って、自国の豊かな鉱山資源から質のいいダイヤを譲ってくれたのだ。

 いつもなら、最高級の宝石を無償で受け取るディアルトではない。
 だがそれは、大事な政治的贈呈品だ。
 リリアンナの代から子へ、更にその子へと、代々伝わっていけば両国の平和も強固になる。そんな願いも込められていた。
 ファイアナで取れたダイヤの原石は、細工物を得意とする土の精霊が守護する国・アーシアで仕上げをされ、リリアンナを飾った。

 今日はウィンドミドルが同盟を結んでいる国々の王侯貴族が、一挙にこの王都に押しかけている。
 自然と街そのものが活気づき、商売が繁盛した。
 そのように経済が回り国が豊かになってゆくことを、ディアルトはリリアンナがもたらした幸運だと言っていた。
 ディアルトいわく、リリアンナが勇気を出して戦場に駆けつけた時から、すべてが良い方向に向かったとのことだ。

「リリアンナ様、光の女神様のようだわ」

 ヴァージンロードをライアンと共に進むリリアンナを見て、大聖堂の参列席からそんな声が聞こえた。

 祭壇前で待っているディアルトは、白と青を基調にした正装を身につけていた。
 白い軍服にマント。大綬とマントの裏生地は青。要所に金色が使われ、彼の黒髪と金色の目によく映えている。

 ベンチに座っているナターシャの脳内で、凄まじい勢いで妄想が繰り広げられているのは言わずもがなだ。
 彼女はきっと今夜、可能な限り二人の妄想小説を書き殴るのだろう。

 それを知らず、リリアンナは一歩、また一歩と歩みを進める。
 イリス家に生まれ、母が家を留守にすることは多かったが、恵まれていたと思っている。
 守るべき対象――リオンも生まれ、両手で包んで大切にしまっておきたい子供時代を送った。
 母の死を経て、父は仕事に子供たちにと、妻の分まで愛してくれた。
 そんな父の負担にならないよう、リリアンナは自立したいと強く願った。国の英雄と呼ばれた母に憧れ、騎士団に入った。

 そして間もなくディアルトの護衛係になり、長いような短いような時間が流れ、今に至る。

**

「殿下、ご機嫌麗しく。イリス家の長女リリアンナと申します。これから殿下のことは、私が命に替えてもお守り致します」

 そう言ったのは、まだ自分の体にあつらえた鎧はできておらず、間に合わせのブカブカの鎧を纏ったリリアンナだ。
 その時のディアルトは毒の入った食事を口にして苦しみ、何とか一命を取り留めた後だった。ベッドに寝ていた彼はゆっくり起き上がり、青白い顔で穏やかに笑う。

「やぁ、随分可愛らしい騎士だね。宜しく、リリアンナ。君は俺の味方になってくれるんだろうか?」

 見るからに利発そうな少年は、大人びた笑顔とは裏腹に酷く寂しそうに見えた。
 どんな人にでも丁寧に優しく対応するが、その瞳の奥は常に猜疑心に満たされている。
 リリアンナは事前ににアリカから、ディアルトは叔母の手の者から毒を入れられたという話を内密に教えられた。

 憐憫――を感じたのも否めない。

(このお方は、肉親から命を狙われているのだわ。とてもお気の毒)

 春の日差しが差し込む寝室で、ディアルトはリリアンナを眩しそうに見ていた。
 彼の頬の上に長い睫毛が影を落とし、金色の目がやけに悲しそうに見える。

(そして……、殿下は精霊を見ることができないお方。それが原因で王妃様たちから王位継承権第一位であることを疎まれている)

 誰もが羨む地位にいて、博識で聡明で剣の腕も立つ。将来が楽しみな美貌で、リリアンナの知っている令嬢たちがキャーキャー言っていたのも知っている。
 けれど――、この人はこの国の誰もが持っている精霊の加護がない。
 まるでそれは、鳥なのに風切り羽がなくて飛べないように思えた。
 そしてリリアンナは、父に言われた言葉を思い出す。

『リリアンナ。殿下はもともと風の意志の後継者という、強い精霊の加護を得てお生まれになられた。だがお前が生まれた五年後、殿下はその体からいっさいの精霊の加護を失われた。そして生まれたお前の体には、戦死されたウィリア陛下に匹敵する風の意志が宿った。……これが意味することが分かるな? そしてお前が誰をお守りするべきかも』

 当時のリリアンナは、国家機密を知ってしまい大きなショックを受けた。
 だが母が亡くなった事や、ディアルトの父であるウィリアも一緒に亡くなったこと、本来なら王太子であるディアルトが次の王となるはずなのに、精霊が見られないという理由で即位できないこと――。
 それらを考え、自分が犯したあまりに重い罪に泣き濡れた。

 自分さえ生まれなければ、と思ったことも一度や二度では済まない。
 だがリリアンナは、美しく優しい母の背中を見て育った。
 ならば、自分がディアルトの文字通り手足となり、彼を守り切るのだと己に誓ったのだ。

(私が、……お守りしなければ)

 十二歳のリリアンナの胸には、並々ならぬ決意があった。
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