99 / 109
やっと目覚めたのか
しおりを挟む
「やっと目覚めたのか」
庭園のガゼボで、カンヅェルがリリアンナに笑いかける。
リリアンナは戦争が終わって体調が回復したあとも、ディアルトの護衛を自称し、毎日の鍛錬を欠かさなかった。
また会食に臨んだ服装も、いつものように青いオーバードレスと白いペチコート、白銀の甲冑という出で立ちだ。
ファイアナの国王とウィンドミドルの王太子としての挨拶や、カダンたちや臣下を交えての会食を終え、今は三人だけで庭園を歩きガゼボに落ち着いたところだ。
近くには護衛が控えているが、ディアルトもカンヅェルも、『公』の顔ではなく『私』の顔つきになっている。
三人の前には淹れ立ての紅茶があり、湯気を立てていた。
「カンヅェル陛下にまでご心配をお掛けしてしまい、申し訳ございません」
会食の場で、ディアルトはカンヅェルにリリアンナと結婚する旨を伝えた。
よってリリアンナも護衛として側に立つのではなく、婚約者として同じ席に座っている。
「まぁ……、〝あの時〟お前が命を賭けてディアルト殿下を助けようとしたのは分かっている。風の意志ほど多くの精霊を一気に失ったなら、寝込んでいても仕方がないだろう。だがこうやって今は起きている。結果良ければすべてよしと、先人も言っている」
「……カンヅェル陛下は、敵に回すと恐ろしい方ですが、味方となると実に心強い方ですね」
彼が持つ火の意志の片鱗を見たリリアンナは、つくづく戦争が終わって良かったと思う。
あの戦争でカンヅェルの本気は結局見なかった。
だが顔なじみの騎士の話によれば、覚醒したディアルトの風の意志は凄まじい威力だったらしい。それに勝るとも劣らないカンヅェルの力が、本当の意味で『敵』に回った時を考えると恐ろしい。
「俺は平和な世を満喫していたい。半ば意地に似た気持ちで戦争を長引かせていたが、終われば終わったで、こんなにも俺自身も民も楽になるもんだな」
リラックスした座り姿で、カンヅェルはティーカップに指を引っかけ一口啜る。
「お疲れですか?」
ディアルトが悪戯っぽく笑うと、カンヅェルもニヤリと笑い返す。
「ま、身の回りが綺麗になって今はスッキリしてる。母親だろうが、王座から俺を追おうとするなら容赦はしない。権力に固執している訳ではないが、一度王座に座ったからには、王としてできる限りの善政をする義務があるからな」
「……違いありません」
静かに微笑んだディアルトは、ソフィアの事を思っているのだろうか。
ソフィアはディアルトの実の母ではないし、彼女を排除するために彼が直接手を下した訳でもない。
しかしディアルトの代わりにリリアンナが反撃の狼煙を上げ、カダンとバレルたちが苦渋の決断をしてくれた。
実の家族という濃い関係なのに、彼らは正当な王位継承者のために「駄目なことは駄目だ」とソフィアを糾弾したのだ。
結果的にディアルトはカダンたちの決意を受け止め、最近は国王となるために気持ちを切り替えてくれているようだった。
「もしもヘイゲスが俺よりも優秀な王になる可能性があったとしても、一度王座についた俺が能力に引け目を感じて退位していい理由にならない。王座というものは軽々しく扱っていいものじゃない」
「……そうですね」
ディアルトは控えめに笑う。
彼の横顔を見て、リリアンナはふとカダンの事を思い出した。
(カンヅェル陛下は、自ら王座を退こうとしているカダン陛下をどう思われるかしら?)
ふとリリアンナはそう思ってしまう。
(でもカンヅェル陛下はご自身の立場で仰っているわ。ファイアナにはファイアナの事情があり、ウィンドミドルにはウィンドミドルの事情がある。それでいいのだわ)
一人で結論づけ、リリアンナはにこやかに笑った。
「何だか意外です。カンヅェル陛下は失礼ですが、もっと軽薄な方かと思っていました」
スラリと失礼なことを言うリリアンナに、カンヅェルは気を悪くした様子もなく快活に笑う。
「はっは! 確かに、女好きとかいう噂が飛び交っているからな。軽薄なのは否定しない。まぁ、それで俺を侮る奴は侮っていればいい」
馬耳東風というカンヅェルに、リリアンナは「仰る通りですね」と微笑む。
「いい意味で、カンヅェル陛下の良い面を少しずつ知れている気がします。お二人がこれから同盟国の長として、同じ世代の王として共に歩まれるお姿を、私は夢見ています」
いつものように背筋を伸ばし、リリアンナは白百合のごとく微笑む。
それをディアルトは優しげな目で見やり、カンヅェルは逆に「はぁ」と溜め息をついた。
「いやぁ……。本当にいい女だ。リリアンナ、今からでも俺の所に来ないか? いい待遇で妃にするぞ?」
カンヅェルの冗談とも本気ともつかない軽口に、リリアンナはいつものようにクールに切り返す。
「結婚につきましては、ディアルト様の方より先に申し込まれております。私も、殿下の所より好待遇の嫁ぎ先はないと思っております」
相変わらずな彼女に、ディアルトとカンヅェルは顔を見合わせて笑った。
暦は秋に入っており、庭園には四季咲きのバラが咲いている。
和やかな雰囲気の中、ふとリリアンナはディアルトが言っていたバラの本数を思い出していた。
一四〇四本と言っていたが、残りはどうなったのだろう? と。
庭園のガゼボで、カンヅェルがリリアンナに笑いかける。
リリアンナは戦争が終わって体調が回復したあとも、ディアルトの護衛を自称し、毎日の鍛錬を欠かさなかった。
また会食に臨んだ服装も、いつものように青いオーバードレスと白いペチコート、白銀の甲冑という出で立ちだ。
ファイアナの国王とウィンドミドルの王太子としての挨拶や、カダンたちや臣下を交えての会食を終え、今は三人だけで庭園を歩きガゼボに落ち着いたところだ。
近くには護衛が控えているが、ディアルトもカンヅェルも、『公』の顔ではなく『私』の顔つきになっている。
三人の前には淹れ立ての紅茶があり、湯気を立てていた。
「カンヅェル陛下にまでご心配をお掛けしてしまい、申し訳ございません」
会食の場で、ディアルトはカンヅェルにリリアンナと結婚する旨を伝えた。
よってリリアンナも護衛として側に立つのではなく、婚約者として同じ席に座っている。
「まぁ……、〝あの時〟お前が命を賭けてディアルト殿下を助けようとしたのは分かっている。風の意志ほど多くの精霊を一気に失ったなら、寝込んでいても仕方がないだろう。だがこうやって今は起きている。結果良ければすべてよしと、先人も言っている」
「……カンヅェル陛下は、敵に回すと恐ろしい方ですが、味方となると実に心強い方ですね」
彼が持つ火の意志の片鱗を見たリリアンナは、つくづく戦争が終わって良かったと思う。
あの戦争でカンヅェルの本気は結局見なかった。
だが顔なじみの騎士の話によれば、覚醒したディアルトの風の意志は凄まじい威力だったらしい。それに勝るとも劣らないカンヅェルの力が、本当の意味で『敵』に回った時を考えると恐ろしい。
「俺は平和な世を満喫していたい。半ば意地に似た気持ちで戦争を長引かせていたが、終われば終わったで、こんなにも俺自身も民も楽になるもんだな」
リラックスした座り姿で、カンヅェルはティーカップに指を引っかけ一口啜る。
「お疲れですか?」
ディアルトが悪戯っぽく笑うと、カンヅェルもニヤリと笑い返す。
「ま、身の回りが綺麗になって今はスッキリしてる。母親だろうが、王座から俺を追おうとするなら容赦はしない。権力に固執している訳ではないが、一度王座に座ったからには、王としてできる限りの善政をする義務があるからな」
「……違いありません」
静かに微笑んだディアルトは、ソフィアの事を思っているのだろうか。
ソフィアはディアルトの実の母ではないし、彼女を排除するために彼が直接手を下した訳でもない。
しかしディアルトの代わりにリリアンナが反撃の狼煙を上げ、カダンとバレルたちが苦渋の決断をしてくれた。
実の家族という濃い関係なのに、彼らは正当な王位継承者のために「駄目なことは駄目だ」とソフィアを糾弾したのだ。
結果的にディアルトはカダンたちの決意を受け止め、最近は国王となるために気持ちを切り替えてくれているようだった。
「もしもヘイゲスが俺よりも優秀な王になる可能性があったとしても、一度王座についた俺が能力に引け目を感じて退位していい理由にならない。王座というものは軽々しく扱っていいものじゃない」
「……そうですね」
ディアルトは控えめに笑う。
彼の横顔を見て、リリアンナはふとカダンの事を思い出した。
(カンヅェル陛下は、自ら王座を退こうとしているカダン陛下をどう思われるかしら?)
ふとリリアンナはそう思ってしまう。
(でもカンヅェル陛下はご自身の立場で仰っているわ。ファイアナにはファイアナの事情があり、ウィンドミドルにはウィンドミドルの事情がある。それでいいのだわ)
一人で結論づけ、リリアンナはにこやかに笑った。
「何だか意外です。カンヅェル陛下は失礼ですが、もっと軽薄な方かと思っていました」
スラリと失礼なことを言うリリアンナに、カンヅェルは気を悪くした様子もなく快活に笑う。
「はっは! 確かに、女好きとかいう噂が飛び交っているからな。軽薄なのは否定しない。まぁ、それで俺を侮る奴は侮っていればいい」
馬耳東風というカンヅェルに、リリアンナは「仰る通りですね」と微笑む。
「いい意味で、カンヅェル陛下の良い面を少しずつ知れている気がします。お二人がこれから同盟国の長として、同じ世代の王として共に歩まれるお姿を、私は夢見ています」
いつものように背筋を伸ばし、リリアンナは白百合のごとく微笑む。
それをディアルトは優しげな目で見やり、カンヅェルは逆に「はぁ」と溜め息をついた。
「いやぁ……。本当にいい女だ。リリアンナ、今からでも俺の所に来ないか? いい待遇で妃にするぞ?」
カンヅェルの冗談とも本気ともつかない軽口に、リリアンナはいつものようにクールに切り返す。
「結婚につきましては、ディアルト様の方より先に申し込まれております。私も、殿下の所より好待遇の嫁ぎ先はないと思っております」
相変わらずな彼女に、ディアルトとカンヅェルは顔を見合わせて笑った。
暦は秋に入っており、庭園には四季咲きのバラが咲いている。
和やかな雰囲気の中、ふとリリアンナはディアルトが言っていたバラの本数を思い出していた。
一四〇四本と言っていたが、残りはどうなったのだろう? と。
4
お気に入りに追加
468
あなたにおすすめの小説
【R-18】悪役令嬢ですが、罠に嵌まって張型つき木馬に跨がる事になりました!
臣桜
恋愛
悪役令嬢エトラは、王女と聖女とお茶会をしたあと、真っ白な空間にいた。
そこには張型のついた木馬があり『ご自由に跨がってください。絶頂すれば元の世界に戻れます』の文字が……。
※ムーンライトノベルズ様にも重複投稿しています
※表紙はニジジャーニーで生成しました
淫らなお姫様とイケメン騎士達のエロスな夜伽物語
瀬能なつ
恋愛
17才になった皇女サーシャは、国のしきたりに従い、6人の騎士たちを従えて、遥か彼方の霊峰へと旅立ちます。
長い道中、姫を警護する騎士たちの体力を回復する方法は、ズバリ、キスとH!
途中、魔物に襲われたり、姫の寵愛を競い合う騎士たちの様々な恋の駆け引きもあったりと、お姫様の旅はなかなか困難なのです?!
【R-18】年下国王の異常な執愛~義母は義息子に啼かされる~【挿絵付】
臣桜
恋愛
『ガーランドの翠玉』、『妖精の紡いだ銀糸』……数々の美辞麗句が当てはまる17歳のリディアは、国王ブライアンに見初められ側室となった。しかし間もなくブライアンは崩御し、息子であるオーガストが成人して即位する事になった。17歳にして10歳の息子を持ったリディアは、戸惑いつつも宰相の力を借りオーガストを育てる。やがて11年後、21歳になり成人したオーガストは国王となるなり、28歳のリディアを妻に求めて……!?
※毎日更新予定です
※血の繋がりは一切ありませんが、義息子×義母という特殊な関係ですので地雷っぽい方はお気をつけください
※ムーンライトノベルズ様にも同時連載しています
一宿一飯の恩義で竜伯爵様に抱かれたら、なぜか監禁されちゃいました!
当麻月菜
恋愛
宮坂 朱音(みやさか あかね)は、電車に跳ねられる寸前に異世界転移した。そして異世界人を保護する役目を担う竜伯爵の元でお世話になることになった。
しかしある日の晩、竜伯爵当主であり、朱音の保護者であり、ひそかに恋心を抱いているデュアロスが瀕死の状態で屋敷に戻ってきた。
彼は強い媚薬を盛られて苦しんでいたのだ。
このまま一晩ナニをしなければ、死んでしまうと知って、朱音は一宿一飯の恩義と、淡い恋心からデュアロスにその身を捧げた。
しかしそこから、なぜだかわからないけれど監禁生活が始まってしまい……。
好きだからこそ身を捧げた異世界女性と、強い覚悟を持って異世界女性を抱いた男が異世界婚をするまでの、しょーもないアレコレですれ違う二人の恋のおはなし。
※いつもコメントありがとうございます!現在、返信が遅れて申し訳ありません(o*。_。)oペコッ 甘口も辛口もどれもありがたく読ませていただいてます(*´ω`*)
※他のサイトにも重複投稿しています。
【完結】【R18】伯爵夫人の務めだと、甘い夜に堕とされています。
水樹風
恋愛
とある事情から、近衛騎士団々長レイナート・ワーリン伯爵の後妻となったエルシャ。
十六歳年上の彼とは形だけの夫婦のはずだった。それでも『家族』として大切にしてもらい、伯爵家の女主人として役目を果たしていた彼女。
だが結婚三年目。ワーリン伯爵家を揺るがす事件が起こる。そして……。
白い結婚をしたはずのエルシャは、伯爵夫人として一番大事な役目を果たさなければならなくなったのだ。
「エルシャ、いいかい?」
「はい、レイ様……」
それは堪らなく、甘い夜──。
* 世界観はあくまで創作です。
* 全12話
イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?
すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。
翔馬「俺、チャーハン。」
宏斗「俺もー。」
航平「俺、から揚げつけてー。」
優弥「俺はスープ付き。」
みんなガタイがよく、男前。
ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」
慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。
終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。
ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」
保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。
私は子供と一緒に・・・暮らしてる。
ーーーーーーーーーーーーーーーー
翔馬「おいおい嘘だろ?」
宏斗「子供・・・いたんだ・・。」
航平「いくつん時の子だよ・・・・。」
優弥「マジか・・・。」
消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。
太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。
「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」
「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」
※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。
※感想やコメントは受け付けることができません。
メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。
楽しんでいただけたら嬉しく思います。
【R18】騎士たちの監視対象になりました
ぴぃ
恋愛
異世界トリップしたヒロインが騎士や執事や貴族に愛されるお話。
*R18は告知無しです。
*複数プレイ有り。
*逆ハー
*倫理感緩めです。
*作者の都合の良いように作っています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる