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やっと目覚めたのか
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「やっと目覚めたのか」
庭園のガゼボで、カンヅェルがリリアンナに笑いかける。
リリアンナは戦争が終わって体調が回復したあとも、ディアルトの護衛を自称し、毎日の鍛錬を欠かさなかった。
また会食に臨んだ服装も、いつものように青いオーバードレスと白いペチコート、白銀の甲冑という出で立ちだ。
ファイアナの国王とウィンドミドルの王太子としての挨拶や、カダンたちや臣下を交えての会食を終え、今は三人だけで庭園を歩きガゼボに落ち着いたところだ。
近くには護衛が控えているが、ディアルトもカンヅェルも、『公』の顔ではなく『私』の顔つきになっている。
三人の前には淹れ立ての紅茶があり、湯気を立てていた。
「カンヅェル陛下にまでご心配をお掛けしてしまい、申し訳ございません」
会食の場で、ディアルトはカンヅェルにリリアンナと結婚する旨を伝えた。
よってリリアンナも護衛として側に立つのではなく、婚約者として同じ席に座っている。
「まぁ……、〝あの時〟お前が命を賭けてディアルト殿下を助けようとしたのは分かっている。風の意志ほど多くの精霊を一気に失ったなら、寝込んでいても仕方がないだろう。だがこうやって今は起きている。結果良ければすべてよしと、先人も言っている」
「……カンヅェル陛下は、敵に回すと恐ろしい方ですが、味方となると実に心強い方ですね」
彼が持つ火の意志の片鱗を見たリリアンナは、つくづく戦争が終わって良かったと思う。
あの戦争でカンヅェルの本気は結局見なかった。
だが顔なじみの騎士の話によれば、覚醒したディアルトの風の意志は凄まじい威力だったらしい。それに勝るとも劣らないカンヅェルの力が、本当の意味で『敵』に回った時を考えると恐ろしい。
「俺は平和な世を満喫していたい。半ば意地に似た気持ちで戦争を長引かせていたが、終われば終わったで、こんなにも俺自身も民も楽になるもんだな」
リラックスした座り姿で、カンヅェルはティーカップに指を引っかけ一口啜る。
「お疲れですか?」
ディアルトが悪戯っぽく笑うと、カンヅェルもニヤリと笑い返す。
「ま、身の回りが綺麗になって今はスッキリしてる。母親だろうが、王座から俺を追おうとするなら容赦はしない。権力に固執している訳ではないが、一度王座に座ったからには、王としてできる限りの善政をする義務があるからな」
「……違いありません」
静かに微笑んだディアルトは、ソフィアの事を思っているのだろうか。
ソフィアはディアルトの実の母ではないし、彼女を排除するために彼が直接手を下した訳でもない。
しかしディアルトの代わりにリリアンナが反撃の狼煙を上げ、カダンとバレルたちが苦渋の決断をしてくれた。
実の家族という濃い関係なのに、彼らは正当な王位継承者のために「駄目なことは駄目だ」とソフィアを糾弾したのだ。
結果的にディアルトはカダンたちの決意を受け止め、最近は国王となるために気持ちを切り替えてくれているようだった。
「もしもヘイゲスが俺よりも優秀な王になる可能性があったとしても、一度王座についた俺が能力に引け目を感じて退位していい理由にならない。王座というものは軽々しく扱っていいものじゃない」
「……そうですね」
ディアルトは控えめに笑う。
彼の横顔を見て、リリアンナはふとカダンの事を思い出した。
(カンヅェル陛下は、自ら王座を退こうとしているカダン陛下をどう思われるかしら?)
ふとリリアンナはそう思ってしまう。
(でもカンヅェル陛下はご自身の立場で仰っているわ。ファイアナにはファイアナの事情があり、ウィンドミドルにはウィンドミドルの事情がある。それでいいのだわ)
一人で結論づけ、リリアンナはにこやかに笑った。
「何だか意外です。カンヅェル陛下は失礼ですが、もっと軽薄な方かと思っていました」
スラリと失礼なことを言うリリアンナに、カンヅェルは気を悪くした様子もなく快活に笑う。
「はっは! 確かに、女好きとかいう噂が飛び交っているからな。軽薄なのは否定しない。まぁ、それで俺を侮る奴は侮っていればいい」
馬耳東風というカンヅェルに、リリアンナは「仰る通りですね」と微笑む。
「いい意味で、カンヅェル陛下の良い面を少しずつ知れている気がします。お二人がこれから同盟国の長として、同じ世代の王として共に歩まれるお姿を、私は夢見ています」
いつものように背筋を伸ばし、リリアンナは白百合のごとく微笑む。
それをディアルトは優しげな目で見やり、カンヅェルは逆に「はぁ」と溜め息をついた。
「いやぁ……。本当にいい女だ。リリアンナ、今からでも俺の所に来ないか? いい待遇で妃にするぞ?」
カンヅェルの冗談とも本気ともつかない軽口に、リリアンナはいつものようにクールに切り返す。
「結婚につきましては、ディアルト様の方より先に申し込まれております。私も、殿下の所より好待遇の嫁ぎ先はないと思っております」
相変わらずな彼女に、ディアルトとカンヅェルは顔を見合わせて笑った。
暦は秋に入っており、庭園には四季咲きのバラが咲いている。
和やかな雰囲気の中、ふとリリアンナはディアルトが言っていたバラの本数を思い出していた。
一四〇四本と言っていたが、残りはどうなったのだろう? と。
庭園のガゼボで、カンヅェルがリリアンナに笑いかける。
リリアンナは戦争が終わって体調が回復したあとも、ディアルトの護衛を自称し、毎日の鍛錬を欠かさなかった。
また会食に臨んだ服装も、いつものように青いオーバードレスと白いペチコート、白銀の甲冑という出で立ちだ。
ファイアナの国王とウィンドミドルの王太子としての挨拶や、カダンたちや臣下を交えての会食を終え、今は三人だけで庭園を歩きガゼボに落ち着いたところだ。
近くには護衛が控えているが、ディアルトもカンヅェルも、『公』の顔ではなく『私』の顔つきになっている。
三人の前には淹れ立ての紅茶があり、湯気を立てていた。
「カンヅェル陛下にまでご心配をお掛けしてしまい、申し訳ございません」
会食の場で、ディアルトはカンヅェルにリリアンナと結婚する旨を伝えた。
よってリリアンナも護衛として側に立つのではなく、婚約者として同じ席に座っている。
「まぁ……、〝あの時〟お前が命を賭けてディアルト殿下を助けようとしたのは分かっている。風の意志ほど多くの精霊を一気に失ったなら、寝込んでいても仕方がないだろう。だがこうやって今は起きている。結果良ければすべてよしと、先人も言っている」
「……カンヅェル陛下は、敵に回すと恐ろしい方ですが、味方となると実に心強い方ですね」
彼が持つ火の意志の片鱗を見たリリアンナは、つくづく戦争が終わって良かったと思う。
あの戦争でカンヅェルの本気は結局見なかった。
だが顔なじみの騎士の話によれば、覚醒したディアルトの風の意志は凄まじい威力だったらしい。それに勝るとも劣らないカンヅェルの力が、本当の意味で『敵』に回った時を考えると恐ろしい。
「俺は平和な世を満喫していたい。半ば意地に似た気持ちで戦争を長引かせていたが、終われば終わったで、こんなにも俺自身も民も楽になるもんだな」
リラックスした座り姿で、カンヅェルはティーカップに指を引っかけ一口啜る。
「お疲れですか?」
ディアルトが悪戯っぽく笑うと、カンヅェルもニヤリと笑い返す。
「ま、身の回りが綺麗になって今はスッキリしてる。母親だろうが、王座から俺を追おうとするなら容赦はしない。権力に固執している訳ではないが、一度王座に座ったからには、王としてできる限りの善政をする義務があるからな」
「……違いありません」
静かに微笑んだディアルトは、ソフィアの事を思っているのだろうか。
ソフィアはディアルトの実の母ではないし、彼女を排除するために彼が直接手を下した訳でもない。
しかしディアルトの代わりにリリアンナが反撃の狼煙を上げ、カダンとバレルたちが苦渋の決断をしてくれた。
実の家族という濃い関係なのに、彼らは正当な王位継承者のために「駄目なことは駄目だ」とソフィアを糾弾したのだ。
結果的にディアルトはカダンたちの決意を受け止め、最近は国王となるために気持ちを切り替えてくれているようだった。
「もしもヘイゲスが俺よりも優秀な王になる可能性があったとしても、一度王座についた俺が能力に引け目を感じて退位していい理由にならない。王座というものは軽々しく扱っていいものじゃない」
「……そうですね」
ディアルトは控えめに笑う。
彼の横顔を見て、リリアンナはふとカダンの事を思い出した。
(カンヅェル陛下は、自ら王座を退こうとしているカダン陛下をどう思われるかしら?)
ふとリリアンナはそう思ってしまう。
(でもカンヅェル陛下はご自身の立場で仰っているわ。ファイアナにはファイアナの事情があり、ウィンドミドルにはウィンドミドルの事情がある。それでいいのだわ)
一人で結論づけ、リリアンナはにこやかに笑った。
「何だか意外です。カンヅェル陛下は失礼ですが、もっと軽薄な方かと思っていました」
スラリと失礼なことを言うリリアンナに、カンヅェルは気を悪くした様子もなく快活に笑う。
「はっは! 確かに、女好きとかいう噂が飛び交っているからな。軽薄なのは否定しない。まぁ、それで俺を侮る奴は侮っていればいい」
馬耳東風というカンヅェルに、リリアンナは「仰る通りですね」と微笑む。
「いい意味で、カンヅェル陛下の良い面を少しずつ知れている気がします。お二人がこれから同盟国の長として、同じ世代の王として共に歩まれるお姿を、私は夢見ています」
いつものように背筋を伸ばし、リリアンナは白百合のごとく微笑む。
それをディアルトは優しげな目で見やり、カンヅェルは逆に「はぁ」と溜め息をついた。
「いやぁ……。本当にいい女だ。リリアンナ、今からでも俺の所に来ないか? いい待遇で妃にするぞ?」
カンヅェルの冗談とも本気ともつかない軽口に、リリアンナはいつものようにクールに切り返す。
「結婚につきましては、ディアルト様の方より先に申し込まれております。私も、殿下の所より好待遇の嫁ぎ先はないと思っております」
相変わらずな彼女に、ディアルトとカンヅェルは顔を見合わせて笑った。
暦は秋に入っており、庭園には四季咲きのバラが咲いている。
和やかな雰囲気の中、ふとリリアンナはディアルトが言っていたバラの本数を思い出していた。
一四〇四本と言っていたが、残りはどうなったのだろう? と。
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