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三か月

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「うちの国のバカが原因で、戦争を長引かせてしまいすまない。これからは俺がしっかりと国王としての役目を果たし、膿を出す。そのあかつきには、またリリアンナも同席するテーブルで、和やかに食事をしたい」

 皆がいる前での事実上の和平宣言に、ディアルトは破顔する。
 左肩にリリアンナを担いだままの握手だが、彼女を離すつもりもない。それはカンヅェルも分かっているようだ。
 右手でガッチリと握手をし、ディアルトもファイアナの王に応えた。

「しばらくはお互い多忙になると思いますが、カンヅェル陛下のお誘いならいつでもテーブルを用意します。もし良ければ、今度はウィンドミドルの食事も堪能してください。リリアンナがあなたから聞いた、ファイアナの緑化や互いの国への観光、流通など、できることをどんどん進めていきましょう」

 カダンの代理でもあるディアルトと、カンヅェルが固い握手を交わした姿を見てウィンドミドルの兵たちがワァッと沸き立った。

「あなたの身内のゴタゴタが解決するよう、俺も祈っている」

 手を離す際に言ったカンヅェルの言葉には、自分と似た境遇にいるディアルトへの憐憫がある。

「ありがとうございます。ではこの荒野より両国とも速やかに兵を引き上げ、改めて調印などにつきまして文書を送らせて頂きます」

 丁寧に頭を下げ、ディアルトはリリアンナを担ぎ直す。

「……大丈夫なのか?」

 その「大丈夫」がリリアンナを指していると気づき、ディアルトは穏やかに笑う。

「ええ。目覚めるまで手厚く看病しますよ」

 ディアルトが甲斐甲斐しくリリアンナの看病をするだろうことを察し、カンヅェルは「むっつりめ」と笑った。

「ある程度の人数は、この場にて待機をしてカンヅェル様とアドナ将軍の手伝いと負傷者の手助けを。残りは砦へ引き上げて、故郷に帰る支度をするぞ!」

 ディアルトの言葉に、ウィンドミドルの騎士たちが拳を天に突き上げ歓声を上げた。

 砂塵を巻き込む強風はいつの間にか止んでいて、悲劇の荒野には青空が顔を覗かせていた。

**

「殿下、表に王宮の使いが来ていますが」

 アリカの声に、ディアルトはいつものように穏やかに応える。

「あぁ、今行く」

 椅子から立ち上がり、ディアルトは愛する人の髪をサラリと撫でた。
 蜂蜜色の前髪が掻き上げられ、形のいい額が露わになる。そこに唇を押しつけると、ディアルトは「もう少しゆっくりしたいな」と呟きながら歩いて行った。

「お嬢様、女冥利に尽きますね」

 ディアルトが立ち去ったあと、アリカは目を閉じたままのリリアンナに話しかける。
 金髪をアリカの手によって三つ編みにされたリリアンナは、深く眠ったままだ。

 戦争が終わって三か月。

 そのあいだウィンドミドルとファイアナの間で、正式に和平が結ばれた。

 ファイアナの国内ではカンヅェルが〝粛正〟を行った。
 死刑こそ行われなかったものの、王太后イアナをはじめ、宰相ヘイゲスなどを筆頭に重い罰が科せられた。
 その執行がようやく終わりつつあるという内容の手紙が、先日カダンとディアルトの元に届いたばかりだ。

 一方ウィンドミドルの国内でも、王妃ソフィアの立ち位置は悪くなっていた。
 裁判が行われ、本人は否定しているが、ディアルトを狙った数々の『事故』や、毒が関わった『事件』の黒幕としてソフィアの名前が挙がっている。
 追求から逃れるため、彼女はいま体調不良を理由に国内の別荘で療養をとっていた。

**

「最初は母上がいなくなったらどうなるかと思ってたが、案外そんなに堪えないもんだな」

 昼食の席でバレルが言い、ナターシャもオリオも同じような表情をしている。
 カダンは疲労を隠せない顔をしているが、穏やかな表情だ。
 もう以前のように、常に頭痛を抱えているような顔はしていない。

「そんなことを言っても大丈夫なのか? 仮にも実の母だろ?」

 ディアルトが言うと、バレルが苦笑いしながら首を振る。

「実の母だからこそ、長いあいだ嫌な所を見せられると辟易とするんだよ。確かに母上は最初こそ美しくて優しくて、理想の母親だった。でも俺が王立学校の小等部に入る頃になってから、教育にうるさい人になった」
「そうよ。私も本当は絵や文芸の勉強をしたかったけれど、よく分からないレディの作法とか、つまらない女の子たちの集まりに連れて行かれて、『王女は何も学ばなくていいのよ』と言われたわ。随分時間の無駄をしたと思うもの。今こそ成人してある程度自由にやれているけれど、毎日お母様の立てたスケジュールの通り生活して、やりたいことができないのはもうこりごりよ」

 バレルの言葉をナターシャが引き継ぎ、うんざりというように首を振る。
 それに末っ子のオリオが続く。

「僕も、もう隠れて先生たちの所に行かなくて済むと思うと、ホッとしてるよ。どうせ僕の所には王位継承の話なんてこないだろうし、関係ないなら好きなことをしていたい。僕は道楽に興じている訳じゃない。先生たちと一緒に発明に勤しむことは、きっとこれからの平和の世に必要なことなんだ」

 三人の兄弟の話を聞けば、それぞれちゃんと意志を持っている。

「それに……、こうやって食事の席に堂々とディアルト兄様と、シアナ伯母様を呼べるものね」

 ナターシャが嬉しそうに言った先には、ディアルトだけではなくシアナの姿もある。
 シアナはまだ慣れないのか、どこか申し訳なさそうな顔をしていた。
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