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継承
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(リリィ……)
それでも柔らかな感触は変わっておらず、ディアルトは目を閉じて祈りを捧げる。
風の持つ性質――流動性により、リリアンナの体に宿る精霊を活性化してゆく。やがて徐々にリリアンナの体が温まっていった。
しばらく唇をあわせたまま力を分け与えていると、リリアンナの体から毒気が抜け、背中の傷も癒えた。
「……よし」
だが自ら「命を引き換えにしてもいいから、ディアルトを救いたい」と願ったリリアンナは、気力も何もかも使い果たしていた。
体は癒えたが、気力が回復していない。
リリアンナの体に宿る生命エネルギーが〝視えて〟いるディアルトは、彼女が今すぐ目覚めないことを察した。
それでも、瀕死であるよりはずっといい。
リリアンナを肩に担ぐと、ディアルトは風を巻き起こし一気に上空まで飛んだ。
眼下を見ると、カンヅェルの爆炎が怒りのまま振るわれ、和平の天幕を中心に戦場を焼き尽くす勢いで広がっていた。
後方にあるウィンドミドルの陣を見ると、敵兵が天幕を襲撃したのを知って慌ててこちら目がけて押し寄せているところだ。
「カンヅェル様も頭に血が上っているようだな。……俺がこの場を収めなければ」
そう呟き、ディアルトは空いている手をかざし精神を集中させる。
巻き起こった風の渦は、彼を中心に他の風の精霊や火の精霊に接触してゆく。
ディアルトの支配下にある風の精霊は、自由な風の精霊を新たに巻き込み勢力を強めていった。
同時にディアルトの意志が通った風は、火に触れた途端その勢いを殺しにかかった。
火は燃え上がり四散する性質を持つが、風は絶えず流動し火の力を弱める性質を持つ。
戦地そのものを覆うほど巨大に育った風の渦は、ファイアナの兵からも火の精霊を奪っていった。
急に鎮静化された火の精霊は動きを止め、ファイアナの兵の攻撃力も低くなる。
「……あいつ」
目の前の刺客を、火を纏わせたパンチでやり返した後、カンヅェルは大きな力に気付いて上空を見上げた。
肉眼では分からないが、精霊の力を使えばそこにいるのが誰かなどすぐに分かる。
リリアンナは力を失っていて、代わりにこの場を支配し君臨しようとしているのは、ディアルトだ。
「アドナ、大人しくしてろ。力をもぎ取られるぞ」
近くにいた将軍に声をかけると、カンヅェルは彼を引っ張って物陰に隠れる。
「ここで息を殺してろ。殺気を見せれば、あいつに契約精霊を根こそぎ無力化される」
カンヅェルの言葉にアドナは頷き、自分の中で渦巻いていた怒りや敵意を抑制してゆく。
二人の視線の先では、ディアルトが行使する風の精霊に襲われた兵が、急に戦闘意欲を失ってバタバタと倒れていった。
三分ともせず、大気は渦巻くのをやめる。
残されたのは、戦闘意欲を失って倒れている兵たちと、立ち上がったカンヅェルとアドナ。
そこにディアルトがリリアンナを抱えて地上に下り、ウィンドミドルの軍が到着しようとしていた。
「カンヅェル陛下、大丈夫でしたか?」
ディアルトの声に、カンヅェルは呆れたように笑った。
「俺らの親が死んだ場所で、派手に力の継承をしたもんだ」
もう畏まっていない言葉遣いで笑う彼には、テーブルを挟んでいた時の探るような雰囲気はない。
カンヅェルなりに、これがディアルトの、裏のない『答え』だと理解したのだろう。
「リリアンナは?」
カンヅェルに腕の中の彼女の容態を尋ねられ、ディアルトが微笑む。
「生きていますよ。俺がリリアンナを死なせるはずがない」
「殿下ぁーっ!」
その時、遠くから騎馬兵が駆けつけ、カンヅェルたちもろとも取り囲もうとした。ディアルトは慌てて彼らを制止する。
「カンヅェル陛下とアドナ将軍は敵じゃない! 俺たちはもう停戦と友好を確認している。……ですよね? カンヅェル様」
したり顔でディアルトが振り向くと、先手を取られたという顔でカンヅェルが笑う。
「あぁ、間違いない。後は俺が、自国のバカ共にケリを付けるだけだ」
凄みのある笑みを見て、ウィンドミドルの騎士の何人かが尻ごんだ。
その間、アドナ将軍はウィンドミドルの騎士団長を助け起こしていた。
三人で十三年前の真実を聞いていたあいだ、ウィンドミドルの見張りたちは奇襲を受けた。だが全滅した訳ではなく、生き延びた者や騎士団長のように最後まで抵抗した者もいる。
ウィンドミドルの騎士団が見守るなか、カンヅェルはディアルトに歩み寄って手を差し出した。
それでも柔らかな感触は変わっておらず、ディアルトは目を閉じて祈りを捧げる。
風の持つ性質――流動性により、リリアンナの体に宿る精霊を活性化してゆく。やがて徐々にリリアンナの体が温まっていった。
しばらく唇をあわせたまま力を分け与えていると、リリアンナの体から毒気が抜け、背中の傷も癒えた。
「……よし」
だが自ら「命を引き換えにしてもいいから、ディアルトを救いたい」と願ったリリアンナは、気力も何もかも使い果たしていた。
体は癒えたが、気力が回復していない。
リリアンナの体に宿る生命エネルギーが〝視えて〟いるディアルトは、彼女が今すぐ目覚めないことを察した。
それでも、瀕死であるよりはずっといい。
リリアンナを肩に担ぐと、ディアルトは風を巻き起こし一気に上空まで飛んだ。
眼下を見ると、カンヅェルの爆炎が怒りのまま振るわれ、和平の天幕を中心に戦場を焼き尽くす勢いで広がっていた。
後方にあるウィンドミドルの陣を見ると、敵兵が天幕を襲撃したのを知って慌ててこちら目がけて押し寄せているところだ。
「カンヅェル様も頭に血が上っているようだな。……俺がこの場を収めなければ」
そう呟き、ディアルトは空いている手をかざし精神を集中させる。
巻き起こった風の渦は、彼を中心に他の風の精霊や火の精霊に接触してゆく。
ディアルトの支配下にある風の精霊は、自由な風の精霊を新たに巻き込み勢力を強めていった。
同時にディアルトの意志が通った風は、火に触れた途端その勢いを殺しにかかった。
火は燃え上がり四散する性質を持つが、風は絶えず流動し火の力を弱める性質を持つ。
戦地そのものを覆うほど巨大に育った風の渦は、ファイアナの兵からも火の精霊を奪っていった。
急に鎮静化された火の精霊は動きを止め、ファイアナの兵の攻撃力も低くなる。
「……あいつ」
目の前の刺客を、火を纏わせたパンチでやり返した後、カンヅェルは大きな力に気付いて上空を見上げた。
肉眼では分からないが、精霊の力を使えばそこにいるのが誰かなどすぐに分かる。
リリアンナは力を失っていて、代わりにこの場を支配し君臨しようとしているのは、ディアルトだ。
「アドナ、大人しくしてろ。力をもぎ取られるぞ」
近くにいた将軍に声をかけると、カンヅェルは彼を引っ張って物陰に隠れる。
「ここで息を殺してろ。殺気を見せれば、あいつに契約精霊を根こそぎ無力化される」
カンヅェルの言葉にアドナは頷き、自分の中で渦巻いていた怒りや敵意を抑制してゆく。
二人の視線の先では、ディアルトが行使する風の精霊に襲われた兵が、急に戦闘意欲を失ってバタバタと倒れていった。
三分ともせず、大気は渦巻くのをやめる。
残されたのは、戦闘意欲を失って倒れている兵たちと、立ち上がったカンヅェルとアドナ。
そこにディアルトがリリアンナを抱えて地上に下り、ウィンドミドルの軍が到着しようとしていた。
「カンヅェル陛下、大丈夫でしたか?」
ディアルトの声に、カンヅェルは呆れたように笑った。
「俺らの親が死んだ場所で、派手に力の継承をしたもんだ」
もう畏まっていない言葉遣いで笑う彼には、テーブルを挟んでいた時の探るような雰囲気はない。
カンヅェルなりに、これがディアルトの、裏のない『答え』だと理解したのだろう。
「リリアンナは?」
カンヅェルに腕の中の彼女の容態を尋ねられ、ディアルトが微笑む。
「生きていますよ。俺がリリアンナを死なせるはずがない」
「殿下ぁーっ!」
その時、遠くから騎馬兵が駆けつけ、カンヅェルたちもろとも取り囲もうとした。ディアルトは慌てて彼らを制止する。
「カンヅェル陛下とアドナ将軍は敵じゃない! 俺たちはもう停戦と友好を確認している。……ですよね? カンヅェル様」
したり顔でディアルトが振り向くと、先手を取られたという顔でカンヅェルが笑う。
「あぁ、間違いない。後は俺が、自国のバカ共にケリを付けるだけだ」
凄みのある笑みを見て、ウィンドミドルの騎士の何人かが尻ごんだ。
その間、アドナ将軍はウィンドミドルの騎士団長を助け起こしていた。
三人で十三年前の真実を聞いていたあいだ、ウィンドミドルの見張りたちは奇襲を受けた。だが全滅した訳ではなく、生き延びた者や騎士団長のように最後まで抵抗した者もいる。
ウィンドミドルの騎士団が見守るなか、カンヅェルはディアルトに歩み寄って手を差し出した。
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