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風の意志
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『精霊は我ら人よりもずっと先を視る。八年後に私とリーズベットがいなくなるのを見越して、精霊はリリアンナを庇護していた。私がリーズベットを大切に思う気持ち、リーズベットがリリアンナを大切に思う気持ち。それは先んじて伝わり、リリアンナに器を作っていった』
不可視の精霊たちが、未来を読み取ってリリアンナを大切にしていた。
精霊たちはウィリアの没後、意志の担い手がリリアンナになることを前もって知っていた。
ウィリアの息子として生まれたディアルトは、当たり前のように意志の担い手となる器を持っている。本来なら彼がいま風の意志の担い手になり、国王となっていただろう。
だがウィリアは死ぬ間際に、「リーズベットを救ってほしい」と願ってしまった。
それが運命をねじまげ、次の担い手がリリアンナになるという現実を生んでしまったのだ。
『リリアンナは今、自分のすべてを擲ってでも殿下を助けてほしいと精霊に願っています。それに、精霊も応えようとしています』
リーズベットの言葉に、ディアルトはギクリとした。
自分の側にいたはずのリリアンナを見ようとしても、体は動かせず視界も動かない。
これは〝強制的に見せられている父とリーズベットの幻影〟なのだと理解した。
『ディアルト、お前はこれから風の意志の担い手となる。お前はリリアンナよりも強く、彼女を、国を〝守りたい〟と願った。リリアンナの意志が薄れたいま、精霊はお前の願いに応えようとしている』
現実の自分に何が起ころうとしているのか理解し、ディアルトは「はい」としっかり返事をする。
子供の頃にあれほど渇望した風の意志が、皮肉にも死にかけた今になって自分に宿ろうとしている。
思わず苦笑いしそうになったが、本当に守りたいもの――リリアンナを救えるのなら、どうだっていい。
『風の意志が継承された一時だけ、精霊たちは奇跡の力を発揮する。傷はすべて治り、ほんの僅かな時間だけ、お前はこの世で無敵の存在になるだろう。どうかその力を、正しいことのために使ってくれ』
ウィリアの声が不意に遠くなり、彼の姿も薄くなってゆく。
『殿下。どうか娘を頼みます。夫も子供たちにも、愛していると……』
リーズベットの声も遠くなり、すべてが白い霧に包まれてゆく。
ディアルトの意識も真っ白に塗りつぶされたと思った時――、その〝白〟のなかにキラキラと光る金の粒子が現れ、舞ってゆくのが見えた。
意識を集中させると、〝それ〟は精霊だと分かった。
ディアルトの金色の目に反応し、風の精霊が姿を見せ喜んでいる。
絶えず揺らめいてきちんとした形を取らないが、金色のそれは美しい女性や少女の姿をしている気がした。
彼女たちが歓喜の表情を浮かべてディアルトを囲み、舞い踊っては彼にとてつもない力を注いでゆく。
ディアルトの意識奥深くまで入り込んだ精霊たちは、彼の精神と体に、沸き立つような喜びを満たしてゆく。
――あぁ、これは――。
体が熱くなるのを感じ、ディアルトは瞬きをして目を開いた。
空が見え、赤茶けた砂塵が舞っている。
その砂を舞わせている風の精霊たちを、今はハッキリと見ることができていた。
ゆっくりと起き上がると、体から抜けた矢がカランカランと軽い音をたてて地に落ちる。防具こそ穴が開いたままだったが、皮膚には傷一つ無い。
「リリィ」
すぐ側にリリアンナが倒れていて、血と涙でグチャグチャになった顔は生気を失っていた。
「今までありがとう。今度は俺が君を守るから」
慈愛のこもった目で彼女を見下ろし、ディアルトはリリアンナを抱いてキスをした。
願いはただ一つ。
――彼女を癒やしてほしい。
毒に犯されたリリアンナは、もう風の意志の担い手ではない。
風の加護は受けているものの、普通のウィンドミドルの女性になっている。
リリアンナの体に残された精霊を活性化するよう、ディアルトは自分の契約した精霊を唇ごしに彼女に分けてゆく。
キスをしたリリアンナの唇は、体温を失っていてひんやりとしていた。
不可視の精霊たちが、未来を読み取ってリリアンナを大切にしていた。
精霊たちはウィリアの没後、意志の担い手がリリアンナになることを前もって知っていた。
ウィリアの息子として生まれたディアルトは、当たり前のように意志の担い手となる器を持っている。本来なら彼がいま風の意志の担い手になり、国王となっていただろう。
だがウィリアは死ぬ間際に、「リーズベットを救ってほしい」と願ってしまった。
それが運命をねじまげ、次の担い手がリリアンナになるという現実を生んでしまったのだ。
『リリアンナは今、自分のすべてを擲ってでも殿下を助けてほしいと精霊に願っています。それに、精霊も応えようとしています』
リーズベットの言葉に、ディアルトはギクリとした。
自分の側にいたはずのリリアンナを見ようとしても、体は動かせず視界も動かない。
これは〝強制的に見せられている父とリーズベットの幻影〟なのだと理解した。
『ディアルト、お前はこれから風の意志の担い手となる。お前はリリアンナよりも強く、彼女を、国を〝守りたい〟と願った。リリアンナの意志が薄れたいま、精霊はお前の願いに応えようとしている』
現実の自分に何が起ころうとしているのか理解し、ディアルトは「はい」としっかり返事をする。
子供の頃にあれほど渇望した風の意志が、皮肉にも死にかけた今になって自分に宿ろうとしている。
思わず苦笑いしそうになったが、本当に守りたいもの――リリアンナを救えるのなら、どうだっていい。
『風の意志が継承された一時だけ、精霊たちは奇跡の力を発揮する。傷はすべて治り、ほんの僅かな時間だけ、お前はこの世で無敵の存在になるだろう。どうかその力を、正しいことのために使ってくれ』
ウィリアの声が不意に遠くなり、彼の姿も薄くなってゆく。
『殿下。どうか娘を頼みます。夫も子供たちにも、愛していると……』
リーズベットの声も遠くなり、すべてが白い霧に包まれてゆく。
ディアルトの意識も真っ白に塗りつぶされたと思った時――、その〝白〟のなかにキラキラと光る金の粒子が現れ、舞ってゆくのが見えた。
意識を集中させると、〝それ〟は精霊だと分かった。
ディアルトの金色の目に反応し、風の精霊が姿を見せ喜んでいる。
絶えず揺らめいてきちんとした形を取らないが、金色のそれは美しい女性や少女の姿をしている気がした。
彼女たちが歓喜の表情を浮かべてディアルトを囲み、舞い踊っては彼にとてつもない力を注いでゆく。
ディアルトの意識奥深くまで入り込んだ精霊たちは、彼の精神と体に、沸き立つような喜びを満たしてゆく。
――あぁ、これは――。
体が熱くなるのを感じ、ディアルトは瞬きをして目を開いた。
空が見え、赤茶けた砂塵が舞っている。
その砂を舞わせている風の精霊たちを、今はハッキリと見ることができていた。
ゆっくりと起き上がると、体から抜けた矢がカランカランと軽い音をたてて地に落ちる。防具こそ穴が開いたままだったが、皮膚には傷一つ無い。
「リリィ」
すぐ側にリリアンナが倒れていて、血と涙でグチャグチャになった顔は生気を失っていた。
「今までありがとう。今度は俺が君を守るから」
慈愛のこもった目で彼女を見下ろし、ディアルトはリリアンナを抱いてキスをした。
願いはただ一つ。
――彼女を癒やしてほしい。
毒に犯されたリリアンナは、もう風の意志の担い手ではない。
風の加護は受けているものの、普通のウィンドミドルの女性になっている。
リリアンナの体に残された精霊を活性化するよう、ディアルトは自分の契約した精霊を唇ごしに彼女に分けてゆく。
キスをしたリリアンナの唇は、体温を失っていてひんやりとしていた。
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