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私の命など差し出しても構わない
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リリアンナの手がディアルトの手に重なり、温もりを求めるように握る。
だが体に回った毒のせいか、指先がほんの僅かに動くのみだった。
それに応えようとするディアルトの手も、ごく弱々しい。
悔しくて、悲しくて、リリアンナの目から次から次に涙が零れてゆく。
カンヅェルは気質はともかく頭のいい王で、本当に戦争を終わらせようとしてくれていた。
沈黙を守っていたアドナもやっと真実を話してくれて、これから両国がどう動けばいいのか、やっと分かったところだったのに――。
「でん……か」
舌が痺れてうまく話せない。
――こんな私を好きだと言ってくれた殿下に、ちゃんと素直な気持ちを伝えて、女性らしくしておけばよかった。
――バラの本数が持つ意味まで調べてくれた殿下に、もっとロマンチックな言葉や態度を返しておけばよかった。
――三百六十五本の野バラの次は、何があるのか聞いておけば良かった。
――弟を連れ帰って、父の目の前でウエディングドレスを着たかった。
――お願い。
――誰か殿下を守って。
――私の命など差し出しても構わないから、誰か、どうか――。
次々に想いが溢れ、涙と共に流れてゆく。
背中に負った傷のせいか、体は熱に包まれていた。
――いや、違う。
リリアンナと契約していた精霊たちが、彼女の元を惜しみながら離れようとしている。
彼女よりももっと、強い『意志』の元へ集おうとしていた。
**
薄くなった意識の中で、ディアルトは懐かしい顔を前にしていた。
目の前に立っているのは、父ウィリアとリーズベット。
亡くなったはずの二人が、微笑んでディアルトの目の前に立っていた。
『こんなことになってすまない』
ウィリアが悲しそうに言い、傷ついたような笑みを浮かべる。
「いいえ、そんなことはありません」
そう言おうとしたが、ディアルトの唇から言葉が発せられることはなかった。
けれど二人にはディアルトの想いが伝わったようだ。二人は悲しさの残る笑顔を浮かべ、ウィリアが言葉を続ける。
『あの日私は、お前に継承するはずの風の意志を、リーズベットに譲ってしまった。あの場にいて危機に瀕していた私の最大の理解者に、どうしても助かって欲しいと願ってしまったのだ』
「……それは仕方のないことです。父上は俺や母上をちゃんと愛してくださいました。それとはまた別の気持ちで、リーズベットさんを大事にしていたのを俺は分かっていましたから」
やはりディアルトの声は言葉にならない。
『陛下から風の意志を受け取った私は、当たり前ですが、あの大きな力に巻き込まれて死にました。ですがその力は、私が強く守りたいと願うリリアンナの元へ辿り着きました』
リーズベットの言葉に、ディアルトは笑う。
「そうだと思っていました。五歳になるまで俺は神童と言われ、次の風の意志に選ばれる器だと言われていました。でもリリアンナが生まれ、俺の力はすべて彼女に吸い取られていった。風は予知する力。次の力の発生源をあらかじめ見据え、そこに吹き溜まっているものです。十歳になる頃には、風の意志を有するのはリリアンナなのだと理解していました」
『リリアンナが生まれた時、私は八年後の自分が死ぬと分かっていません。ただ自分の娘になぜこんな強い〝しるし〟があるのか、不思議でなりませんでした。陛下が私を気にかけてくださり、親しくしてくださっているから、リリアンナにも加護があるのかと思っていたのですが……』
意識の世界だからか、ウィリアもリーズベットもどこか実体のない雰囲気だった。
リーズベットの金髪の縁は、緩い煙のようになり揺らめいている。
ウィリアのマントも音のない風に吹かれ、無風の空間でゆったりなびいていた。
だが体に回った毒のせいか、指先がほんの僅かに動くのみだった。
それに応えようとするディアルトの手も、ごく弱々しい。
悔しくて、悲しくて、リリアンナの目から次から次に涙が零れてゆく。
カンヅェルは気質はともかく頭のいい王で、本当に戦争を終わらせようとしてくれていた。
沈黙を守っていたアドナもやっと真実を話してくれて、これから両国がどう動けばいいのか、やっと分かったところだったのに――。
「でん……か」
舌が痺れてうまく話せない。
――こんな私を好きだと言ってくれた殿下に、ちゃんと素直な気持ちを伝えて、女性らしくしておけばよかった。
――バラの本数が持つ意味まで調べてくれた殿下に、もっとロマンチックな言葉や態度を返しておけばよかった。
――三百六十五本の野バラの次は、何があるのか聞いておけば良かった。
――弟を連れ帰って、父の目の前でウエディングドレスを着たかった。
――お願い。
――誰か殿下を守って。
――私の命など差し出しても構わないから、誰か、どうか――。
次々に想いが溢れ、涙と共に流れてゆく。
背中に負った傷のせいか、体は熱に包まれていた。
――いや、違う。
リリアンナと契約していた精霊たちが、彼女の元を惜しみながら離れようとしている。
彼女よりももっと、強い『意志』の元へ集おうとしていた。
**
薄くなった意識の中で、ディアルトは懐かしい顔を前にしていた。
目の前に立っているのは、父ウィリアとリーズベット。
亡くなったはずの二人が、微笑んでディアルトの目の前に立っていた。
『こんなことになってすまない』
ウィリアが悲しそうに言い、傷ついたような笑みを浮かべる。
「いいえ、そんなことはありません」
そう言おうとしたが、ディアルトの唇から言葉が発せられることはなかった。
けれど二人にはディアルトの想いが伝わったようだ。二人は悲しさの残る笑顔を浮かべ、ウィリアが言葉を続ける。
『あの日私は、お前に継承するはずの風の意志を、リーズベットに譲ってしまった。あの場にいて危機に瀕していた私の最大の理解者に、どうしても助かって欲しいと願ってしまったのだ』
「……それは仕方のないことです。父上は俺や母上をちゃんと愛してくださいました。それとはまた別の気持ちで、リーズベットさんを大事にしていたのを俺は分かっていましたから」
やはりディアルトの声は言葉にならない。
『陛下から風の意志を受け取った私は、当たり前ですが、あの大きな力に巻き込まれて死にました。ですがその力は、私が強く守りたいと願うリリアンナの元へ辿り着きました』
リーズベットの言葉に、ディアルトは笑う。
「そうだと思っていました。五歳になるまで俺は神童と言われ、次の風の意志に選ばれる器だと言われていました。でもリリアンナが生まれ、俺の力はすべて彼女に吸い取られていった。風は予知する力。次の力の発生源をあらかじめ見据え、そこに吹き溜まっているものです。十歳になる頃には、風の意志を有するのはリリアンナなのだと理解していました」
『リリアンナが生まれた時、私は八年後の自分が死ぬと分かっていません。ただ自分の娘になぜこんな強い〝しるし〟があるのか、不思議でなりませんでした。陛下が私を気にかけてくださり、親しくしてくださっているから、リリアンナにも加護があるのかと思っていたのですが……』
意識の世界だからか、ウィリアもリーズベットもどこか実体のない雰囲気だった。
リーズベットの金髪の縁は、緩い煙のようになり揺らめいている。
ウィリアのマントも音のない風に吹かれ、無風の空間でゆったりなびいていた。
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