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守りたいのに

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「殿下! そこでお待ちください!」

 痛みに顔をしかめつつ、リリアンナはレイピアを繰り出すような姿勢で腕を突き出した。同時に、目の前にいた男の胴に風穴が開く。

「リリアンナ!」

 天幕から顔を出したディアルトが悲痛な声を上げ、預けたはずの武器を探す。

「お前ら! 何してる!」

 そこにカンヅェルも姿を現し、アドナも現れた。

「陛下! お命頂戴致します!」

 黒い装束を身に纏った男達が躍りかかり、アドナがカンヅェルを守るために前に出た。

「っく……、ぅっ」

 リリアンナは襲いかかる刺客たちを相手に、至近距離の風の攻撃を繰り出す。
 だがもともとリリアンナが有する巨大な力は、対軍や対要塞の力なので、小出しにするのに向いていなかった。
 普段、風の力を緻密に操ることをしていなかったため、リリアンナは精神を集中させ風の力をコントロールしなければいけない。
 だが集中するには背中に負った傷の痛みが邪魔をする。
 おまけに丸腰のディアルトのことも、気になって仕方がない。

「アドナ将軍! お願いします! どうか殿下をお守りください!」

 リリアンナ天幕から離れた所に立っているため、ディアルトの元に駆けつけられない。
 前面からは剣。背後からは弓矢。
 幾らカンヅェルとアドナが強力な火の使い手であっても、自分とディアルトを巻き込みかねない距離で大きな力は振るえない。
 またリリアンナも、矢や騎士たちを吹き飛ばす風を起こせば、ディアルトたちや自軍の兵も巻き込み兼ねない。
 おまけに四人の武器は、会談が始まる前に別の天幕に預けたままだ。

(何とかして殿下をお守りしないと!)

 リリアンナは歯を食いしばり、痛みに耐えながら目の前の敵を屠ってゆく。
 目の前でパッと赤い血の花が咲き、ファイアナの兵が絶命してゆくのを、彼女はどこか麻痺した感覚で見ていた。

 音が遠くなり、すべてがスローモーションに思える。
 ただディアルトを思い、焦燥感だけが心を支配していた時――。

 ドッ、と背中に何かが当たり、倒れ込んできた。

「っ!?」

 思わず振り向いた先、地に倒れたのは黒髪の青年――ディアルトだ。
 その体には、数え切れないほどの矢が刺さっていた。

「……あ……。あ……。でん……」

(――何かの冗談なの?)

 そう思う自分がいたが、もう一人の自分が赤い血を見て「現実だ」と叫ぶ。

(どうして……こんなに矢が刺さってるの?)

 自分の身を守ったにしては、刺さりすぎている。おまけにリリアンナはちゃんと障壁を張っていたはずだ。

「え……っ?」

 急に膝に力が入らなくなった気がして、リリアンナはその場に膝をついた。

「やっと薬が効いたみたいだ! 野生の虎みたいな女だな」
「ファイアナの人間に効果が現れるのはもっと遅いから、後は陛下と将軍だけだ!」

 刺客の声が聞こえたが、リリアンナは自分の身に何が起こったかまだ理解していない。彼女は視界に赤い大地がどアップで映っているのを、不思議そうに見るしかできない。

 いつの間にか指先まで痺れている。
 動くかどうか確かめるために力を入れると、指先がほんの少し地面を掻いた。
 脳裏に蘇ったのは、誰が使うかあらかじめ分かるよう色分けされた食器。
 食べる物に毒物が混入されていなかったとして、食器に毒が塗られてあったら――?

(……こんな所で、私は終わるの? 殿下をお守りしきれず? 母の無念を晴らせずに?)

「く……っ」

 知らずと目から大粒の涙が流れ、リリアンナは渾身の力を振り絞り地を這っていた。
 涙で歪んだ視界に、ハリネズミのようになってしまったディアルトが映っている。

(いつの間にか薬で集中力が乱され……、障壁が緩んでいた……? それを殿下が……)

 最初はディアルトも防具で庇おうとしていたのか、特に籠手に集中した矢が酷かった。

「でん……か……」

 周囲で爆発が起き、刺客たちの悲鳴が聞こえる。
 カンヅェルとアドナの怒号が聞こえ、天幕に火が燃え移り崩れる音と、きな臭いにおいがする。
 ディアルトの肩に触れて力を入れると、彼の体が力なく揺れた。同時に彼の唇から「くふっ」と息が漏れる音がした。

「……リリ……ィ、君だけでも……逃げて」

 血に濡れたディアルトの唇が微かに動く。
 轟音が聞こえる場だというのに、なぜかディアルトの声だけが鮮明に聞こえた。

 それにリリアンナはかぶりを振り、何とか懸命に精霊に助けを乞おうとする。
 けれど集中し命令できない状況では、彼らとて力を貸したくても動けない。
 リリアンナの血が失われ、体力が奪われると同時に精霊も離れていってしまう。気力と願いで留めていた精霊は、行使する意志がなければ自然に還る道理だ。

 ――〝あの日〟母もこんな気持ちだったのだろうか。
 ――目の前で大切な人が命を失おうとしているのに、守り切ることができなかった。

 ――守りたいのに。
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