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「アドナが今まで口を開けなかった理由は分かった。これから俺はお前を全面的にサポートする。今までそれほど王座への執着はなかったし、世継ぎや国のことにも興味がなかった。だがこれで気持ちが変わった。あんな瓢箪茄子(ひょうたんなすび)に、祖父より以前から続いているレアザ家の血を絶やして堪るか」

 バリッとファイアナ特有の硬い菓子を噛み、カンヅェルはボリッボリッという咀嚼音を立てる。

「カンヅェル陛下。ウィンドミドルも全面的に協力したいと思っています。ですがカンヅェル陛下は、この世でたった一人の肉親と敵対することになりますが、それでもいいのですか?」

 図らずも、ディアルトは王都にいるソフィアを思い出していた。
 ずっと敵国の王と思っていたカンヅェルも、自分と同じように身内の女性や臣下から命を狙われていた。
 その事実は、ディアルトに共感と憐憫を味わわせる。

「母親だろうが関係ありません。私はファイアナの王です。歴代の王と比べれば、まだ若くて未熟かもしれません。ですが正当な血縁を亡き者にしようとする愚か者には、相応の思いをしてもらわねばなりません。ディアルト殿下も同じでは?」

 怒りのあまりギラギラと目を光らせたカンヅェルが、ディアルトを見る。

「……私も、叔母上に命を狙われ続けていました。優しい叔父上を思うあまり、〝色々〟あったのを表沙汰にしたくないと思っていました。けれど『やる時はやる』。カンヅェル様のその姿勢は、私も見習うべきと感じました」

 ディアルトも同じような目に遭っていたと知り、カンヅェルが瞠目した。

「殿下、宜しいですか?」

 そこにお茶の準備を終わらせたリリアンナが、新しい茶器に紅茶を淹れ、全員の前に置いてゆく。

「恐れながら、私は王都を発つ前、報告の場で王妃殿下を糾弾して参りました。それを受け、カダン陛下も今までの暗殺未遂のことを表沙汰にされるおつもりです」
「ああ、それは聞いた」

 なんとも勇ましく、側にいて心強い女性だと思う。

「殿下が王都に戻られた時、すべての事柄が殿下のご即位のために動いていると存じます」

 最後に自分の席の前に茶器を置き、リリアンナは直立不動のまま言う。

「殿下には私のような者がおります。ですから、きっとカンヅェル陛下にも同じく味方となる方がいらっしゃると思うのです」

 迷いなくまっすぐ告げるリリアンナに、カンヅェルが笑い出した。

「はは……はははは! ほんっとうに……。実にいい女ですね。私の側にも、リリアンナのような女性がいればいいのに」

 カンヅェルの笑い声を聞き、アドナも微笑んだ。

「私も、リリアンナ殿のように心のままに動けたら、こんなに思い詰めていなかったかもしれません」

 加えて、ディアルトも笑い出した。

「……は、ははっ。……仕方ないな。これから起こること全部、俺は享受するよ。けど、そのときにリリアンナには、俺の側にいてもらうからね?」
「はい! 殿下」

 二か国間の王の話し合いは、良い方向に向いた。
 そして、粛正すべき対象もハッキリした。

「……ヘイゲスを呼んで、話を聞こうか」

 カンヅェルが言い、立っていたリリアンナが動き出す。

「私が呼んで参ります」

 すぐ反応したリリアンナは、スタスタと天幕の入り口に向かって歩き出す。そして外に控えているはずの者たちを探し出した時――。

 ――耳慣れた音を聞いた。

 その音が〝何〟であるか確認する前に、リリアンナを守る風の精霊が障壁を張っていた。
 パンッとリリアンナの目の前で矢が折れ、次々に矢の嵐が彼女を襲う。

「何者ですか! 和平の場でこのような……!」

 声を上げ、ウィンドミドルの衛兵を探そうとすれば、視界のあちこちで自軍の緑色のマントをつけた兵が倒れていた。
 何も知らされていなかったカンヅェルが、謀をしたとは考えにくい。

 だとすれば――。

「ヘイゲス殿!」

 天幕の影からリリアンナを集中的に狙う矢は、止む様子がない。
 強力な障壁を張ったまま、リリアンナはすべての元凶であるヘイゲスを探すため進み出た。だが近くにはもう宰相の姿はないように思えた。

「リリアンナ!?」

 天幕の中からディアルトの声がし、彼女はとっさに叫ぶ。

「殿下! お出になってはいけません! 罠です!」

 リリアンナは矢に意識を向け障壁を張っていたため、背後に迫る影に気づけなかった。

「っぐぅ!」

 背中に衝撃と熱さを感じ、リリアンナがうめき声を上げる。
 顔を歪めて振り向けば、背後にファイアナの刺客が三十人近く立っていた。全員黒い覆面で顔を隠し、手には抜き身の剣がある。
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