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口は災いの元

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「まずは、お座りください。あなたのように逞しい方に目の前で立たれると、何やら脅されているように思え、威圧されてしまいます」

 自分のことは棚に上げ、ヘイゲスは白々しいことを言う。

「失礼……しました」

 ヘイゲスに言われた通り座ってしまったこの時から、アドナは自分がこの男の傀儡になるのだと直感した。
 戦士としての矜持を持って生きていたアドナには、この上ない屈辱だ。
 自分一人なら思いのまま行動できたとしても、妻とこれから生まれる子供を巻き込めない。

「すべては王妃様の御心のままに動いております。王妃様は〝あの時〟爆心地で何があったのか、真実を明かすことを望まれておりません」
「……なぜ……」

「陛下が女性を理由に暴行や乱暴をし、和平のテーブルをかき乱したとなればファイアナが不利になります。あくまでファイアナはメレルギア陛下をウィンドミドルの王に殺された、被害国でなければいけません。戦争は亡き王の意志を継いで続けられ、我が国の悲願はウィンドミドルの北部を我が領土とすることです」

 目を細めたヘイゲスを、アドナは化け物でも見るような目で凝視する。

「……王妃陛下がそのようにお望みなのか?」

 震えるアドナの言葉に、ヘイゲスは散歩のコースを告げるような声で応える。

「……戦争が続けば、いずれカンヅェル殿下が前線に出ることもあるでしょうね。殿下は陛下に似て、非常に色欲がお強くいらっしゃる。独り身の殿下がフラリと王都に出て、万が一のことがないよう、将軍はその身をかけてお守りくださいね」

〝誰が〟ウィンドミドルの北部を望んでいるか話題をすり替え、ヘイゲスはにっこりと笑う。
 その顔を見て、アドナは世界が崩れてゆく音を聞いた気がした。

「私はともかく……殿下まで亡き者にするおつもりか?」
「あぁ……。将軍は言葉が悪くていけませんね。私は事故が起こらないよう、宜しくお願い致します。と申し上げているのです」
「…………」

 金色がかった赤銅色の目を伏せ、アドナはまだ十八歳の王子を思う。
 父のメレルギアによく似た美青年で、奔放な性格だ。気分屋で女好き。文武に秀でているが、特にその才能を良い方向に生かそうと思っていない。
 磨けば誰よりも光る王の器だというのに、彼は自信の野心を持たないがために、知らない場所で利用されようとしている。

「いいですか? 将軍。口は災いの元です。将軍はともかく、奥方や生まれた子の周囲にどのような人間がいるか分かりませんからね」

 そこでヘイゲスは立ち上がり、窓辺に歩いて行く。
 窓から差し込む光が、絨毯の上にヘイゲスの細長い影を落とした。

「早く平和になった治世で、望む未来を見たいものです」

 庭園を見下ろして、ヘイゲスは歌うように呟く。

(お前の言う『望む未来』は、陛下も殿下も亡き者にした後、自分が王座についた未来だろうが……!)

 内心でそう毒づくも、人質を取られたアドナは何も言うことができなかった。
 やがてヘイゲスの言葉を裏付けるように、アドナの妻は王妃から目をかけられ懇意になっていった。
 アドナが口を酸っぱくして辞退するように言っても、人のいい妻は「ありがたいことです」と王妃を疑おうとしない。

 そのようにして、アドナは沈黙の誓いを立てるようになったのだ。

**

「……ほぉう」

 第一声に剣呑な声を出したのは、カンヅェルだ。

「あいつ……。それに母上も……」

 不機嫌なのを隠そうとせず、カンヅェルは獰猛に唸って茶器に手を伸ばす。だが先ほど中身を全部呷ってしまったのを思い出し、舌打ちをして手を引っ込めた。

「……気分を入れ替えるため、お茶の用意を致しますね」

 リリアンナが立ち上がり、それをディアルトが止める。

「君はこの話し合いに加わるべき人なんだから、侍女のような真似をしなくていい」
「では、殿下は私より上手にお茶を淹れられますか? 他の殿方は?」

 リリアンナの言葉に、カンヅェルもアドナも沈黙する。

「できる人ができることをする。私はそれでいいと思っています。現在必要なのは、現状を打開するために必要な策。それを生み出すには、気持ちを切り替える熱いお茶と甘いお菓子だと思っております」

 そう言うと、リリアンナは率先してお茶やお茶菓子の用意を始める。頭を掻いているディアルトを、カンヅェルが笑った。

「本当に、尻に敷かれているんですね」
「……まぁ、敷かれ甲斐のある尻ですが」
「お尻の話はよしてください」

 自分の尻を気にしてか、お湯を沸かしているリリアンナが口を挟んでくる。
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