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一時停戦
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気がつけば、アドナは祖国の軍病人にいた。
全身に酷い火傷を負い、最初は口もきけない状態だった。そこに元からファイアナにいるウォーリナの治癒術士が通い、時間をかけて治してくれた。
その時の治癒術士の女性とアドナは懇意になり、結果的に結婚し子供も授かる。
動けるようになって事件の確認を始めたが、あの爆発の中心地にいて生きている者は他にいなかった。
将軍の地位にあるアドナだからこそ、自身の力でギリギリ生き延びられたのだ。
爆心地に向かえば、辺り一帯は焦土と化しクレーターになっている。
ウィンドミドルのアイリーン砦も、酷い損害を受けたようで修繕工事が行われていた。
両国とも王を失い、国としての機能が一時停止している。
そのまま次の王が正式に決定するまで、幸か不幸か戦争も一時停戦となった。
僅かな平和の間、アドナはヘイゲスの姿を探した。
まだ全身が火傷で熱く感じるなか、やっとアドナは事の発端とも言えるヘイゲスと話す機会を得た。
「あなたは……、どういうおつもりだったのか」
怒気の込められた声に、三十六歳のヘイゲスは美貌を歪めシニカルに笑う。
「私はこう見えて、良い大学を出た宰相ですからね。父も宰相をしていて、その仕事を引き継いだばかりです。あのような戦場で散る訳には参りません」
「そうじゃない。ウィリア陛下は我が国やメレルギア陛下に対して、他意はまったく無かった。それなのに無いものをあるように言い、焚きつけた。その結果陛下も、ウィリア陛下もリーズベット殿も、皆亡くなられてしまった。この責任をどう取るおつもりか!」
最後に苛烈に怒鳴りつけると、火傷した喉が痛んだ。
ひりつく痛みを感じ、咳き込むアドナを見てもヘイゲスは特に反省した様子は見せない。
それどころか、猫なで声とも言える不気味な声で丸め込もうとしてきた。
「……将軍。私は陛下を真の王として見ることができませんでした。陛下は良くも悪くもファイアナ人の特性が強すぎます。臣下を怒鳴りつけ、力でものを言わせようとする姿は民の模範になりません」
「……あえて、あの惨劇を招いたと言うのですか」
低く唸るアドナの体から、炎の色のオーラが立ち上る。
「怖い顔をされないでください。……王妃様がそうお望みなのです」
最後に小声で囁かれ、アドナは思いも寄らない人からの圧力に瞠目した。
「王妃殿下が……」
あまりのショックに、アドナは眩暈を覚えた。
「……王太子殿下を王に据えるおつもりなのか」
「どう……でしょうね?」
怒りを押し殺したアドナの声に、ヘイゲスは窓の方を見て楽しげに呟く。
「まさか……」
ヘイゲスの整った横顔、長い睫毛。高い鼻梁。貴族の女性たちが騒ぐ美貌を見て、アドナは嫌な予感を覚える。
思えばヘイゲスは宰相という役職柄、王家の近くにいることが多い。
その過程でもしも彼が王妃と通じ、王を亡き者とする計画を企てていたら――?
もしその野望が果てしなく、王太子であるカンヅェルを越えて自身が王になるなどという、大それたことを考えていたら――?
「……っ」
あまりの無礼に、アドナは怒りを燃やした。
「ヘイゲス殿。あなたを生かしておけない」
立ち上がったアドナの巨躯を見上げたヘイゲスは、余裕の表情だ。
「……将軍。あなたの新妻は可愛らしいですね?」
可愛らしい猫の話でもしているような声音に、アドナはゾッと背筋を震わせた。
「……あなたは……」
「将軍の新妻の腹には、新しい命が宿っているそうですね? そのためには、将軍という地位も健康な体も、母体も大切にしなければなりませんね」
豪奢なソファに座ったままの優男を前に、幾つもの武勲がある将軍がピクリとも動くことができない。
ファイアナの土地は暑く、外には昼間の陽炎が立つほどの気温を告げる虫が鳴いている。だというのに、アドナはとても寒く体が震えるほどの思いをしていた。
「王妃殿下はこたびの生き残りである将軍の妻を、慰問されるそうです。国の方から何かできることはないかと直々に訪ねられると仰っていました。妃陛下にそのように訪ねられれば、将軍の奥方様としてもこの上ない栄誉ですね?」
ひやり、と冷たい刃を胃の腑に感じた。
知らないうちにアドナは鋭利な刃物を呑み込み、もう腹の内にしまっているのだ。
アドナの玉――妻はもう、敵の手の中にある。
彼の脳裏に愛しい妻の笑顔が浮かび、その腹に宿った自身の子供にも思いを馳せる。自らの正義感と国の未来、そして自身の家族を天秤に掛け――、この一瞬でアドナは〝選んでしまった〟。
「……私に、どうしろと……?」
ごく小さな声で、アドナが問う。
全身に酷い火傷を負い、最初は口もきけない状態だった。そこに元からファイアナにいるウォーリナの治癒術士が通い、時間をかけて治してくれた。
その時の治癒術士の女性とアドナは懇意になり、結果的に結婚し子供も授かる。
動けるようになって事件の確認を始めたが、あの爆発の中心地にいて生きている者は他にいなかった。
将軍の地位にあるアドナだからこそ、自身の力でギリギリ生き延びられたのだ。
爆心地に向かえば、辺り一帯は焦土と化しクレーターになっている。
ウィンドミドルのアイリーン砦も、酷い損害を受けたようで修繕工事が行われていた。
両国とも王を失い、国としての機能が一時停止している。
そのまま次の王が正式に決定するまで、幸か不幸か戦争も一時停戦となった。
僅かな平和の間、アドナはヘイゲスの姿を探した。
まだ全身が火傷で熱く感じるなか、やっとアドナは事の発端とも言えるヘイゲスと話す機会を得た。
「あなたは……、どういうおつもりだったのか」
怒気の込められた声に、三十六歳のヘイゲスは美貌を歪めシニカルに笑う。
「私はこう見えて、良い大学を出た宰相ですからね。父も宰相をしていて、その仕事を引き継いだばかりです。あのような戦場で散る訳には参りません」
「そうじゃない。ウィリア陛下は我が国やメレルギア陛下に対して、他意はまったく無かった。それなのに無いものをあるように言い、焚きつけた。その結果陛下も、ウィリア陛下もリーズベット殿も、皆亡くなられてしまった。この責任をどう取るおつもりか!」
最後に苛烈に怒鳴りつけると、火傷した喉が痛んだ。
ひりつく痛みを感じ、咳き込むアドナを見てもヘイゲスは特に反省した様子は見せない。
それどころか、猫なで声とも言える不気味な声で丸め込もうとしてきた。
「……将軍。私は陛下を真の王として見ることができませんでした。陛下は良くも悪くもファイアナ人の特性が強すぎます。臣下を怒鳴りつけ、力でものを言わせようとする姿は民の模範になりません」
「……あえて、あの惨劇を招いたと言うのですか」
低く唸るアドナの体から、炎の色のオーラが立ち上る。
「怖い顔をされないでください。……王妃様がそうお望みなのです」
最後に小声で囁かれ、アドナは思いも寄らない人からの圧力に瞠目した。
「王妃殿下が……」
あまりのショックに、アドナは眩暈を覚えた。
「……王太子殿下を王に据えるおつもりなのか」
「どう……でしょうね?」
怒りを押し殺したアドナの声に、ヘイゲスは窓の方を見て楽しげに呟く。
「まさか……」
ヘイゲスの整った横顔、長い睫毛。高い鼻梁。貴族の女性たちが騒ぐ美貌を見て、アドナは嫌な予感を覚える。
思えばヘイゲスは宰相という役職柄、王家の近くにいることが多い。
その過程でもしも彼が王妃と通じ、王を亡き者とする計画を企てていたら――?
もしその野望が果てしなく、王太子であるカンヅェルを越えて自身が王になるなどという、大それたことを考えていたら――?
「……っ」
あまりの無礼に、アドナは怒りを燃やした。
「ヘイゲス殿。あなたを生かしておけない」
立ち上がったアドナの巨躯を見上げたヘイゲスは、余裕の表情だ。
「……将軍。あなたの新妻は可愛らしいですね?」
可愛らしい猫の話でもしているような声音に、アドナはゾッと背筋を震わせた。
「……あなたは……」
「将軍の新妻の腹には、新しい命が宿っているそうですね? そのためには、将軍という地位も健康な体も、母体も大切にしなければなりませんね」
豪奢なソファに座ったままの優男を前に、幾つもの武勲がある将軍がピクリとも動くことができない。
ファイアナの土地は暑く、外には昼間の陽炎が立つほどの気温を告げる虫が鳴いている。だというのに、アドナはとても寒く体が震えるほどの思いをしていた。
「王妃殿下はこたびの生き残りである将軍の妻を、慰問されるそうです。国の方から何かできることはないかと直々に訪ねられると仰っていました。妃陛下にそのように訪ねられれば、将軍の奥方様としてもこの上ない栄誉ですね?」
ひやり、と冷たい刃を胃の腑に感じた。
知らないうちにアドナは鋭利な刃物を呑み込み、もう腹の内にしまっているのだ。
アドナの玉――妻はもう、敵の手の中にある。
彼の脳裏に愛しい妻の笑顔が浮かび、その腹に宿った自身の子供にも思いを馳せる。自らの正義感と国の未来、そして自身の家族を天秤に掛け――、この一瞬でアドナは〝選んでしまった〟。
「……私に、どうしろと……?」
ごく小さな声で、アドナが問う。
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