上 下
85 / 109

一時停戦

しおりを挟む
 気がつけば、アドナは祖国の軍病人にいた。

 全身に酷い火傷を負い、最初は口もきけない状態だった。そこに元からファイアナにいるウォーリナの治癒術士が通い、時間をかけて治してくれた。
 その時の治癒術士の女性とアドナは懇意になり、結果的に結婚し子供も授かる。

 動けるようになって事件の確認を始めたが、あの爆発の中心地にいて生きている者は他にいなかった。
 将軍の地位にあるアドナだからこそ、自身の力でギリギリ生き延びられたのだ。

 爆心地に向かえば、辺り一帯は焦土と化しクレーターになっている。
 ウィンドミドルのアイリーン砦も、酷い損害を受けたようで修繕工事が行われていた。

 両国とも王を失い、国としての機能が一時停止している。
 そのまま次の王が正式に決定するまで、幸か不幸か戦争も一時停戦となった。

 僅かな平和の間、アドナはヘイゲスの姿を探した。
 まだ全身が火傷で熱く感じるなか、やっとアドナは事の発端とも言えるヘイゲスと話す機会を得た。

「あなたは……、どういうおつもりだったのか」

 怒気の込められた声に、三十六歳のヘイゲスは美貌を歪めシニカルに笑う。

「私はこう見えて、良い大学を出た宰相ですからね。父も宰相をしていて、その仕事を引き継いだばかりです。あのような戦場で散る訳には参りません」

「そうじゃない。ウィリア陛下は我が国やメレルギア陛下に対して、他意はまったく無かった。それなのに無いものをあるように言い、焚きつけた。その結果陛下も、ウィリア陛下もリーズベット殿も、皆亡くなられてしまった。この責任をどう取るおつもりか!」

 最後に苛烈に怒鳴りつけると、火傷した喉が痛んだ。
 ひりつく痛みを感じ、咳き込むアドナを見てもヘイゲスは特に反省した様子は見せない。
 それどころか、猫なで声とも言える不気味な声で丸め込もうとしてきた。

「……将軍。私は陛下を真の王として見ることができませんでした。陛下は良くも悪くもファイアナ人の特性が強すぎます。臣下を怒鳴りつけ、力でものを言わせようとする姿は民の模範になりません」
「……あえて、あの惨劇を招いたと言うのですか」

 低く唸るアドナの体から、炎の色のオーラが立ち上る。

「怖い顔をされないでください。……王妃様がそうお望みなのです」

 最後に小声で囁かれ、アドナは思いも寄らない人からの圧力に瞠目した。

「王妃殿下が……」

 あまりのショックに、アドナは眩暈を覚えた。

「……王太子殿下を王に据えるおつもりなのか」
「どう……でしょうね?」

 怒りを押し殺したアドナの声に、ヘイゲスは窓の方を見て楽しげに呟く。

「まさか……」

 ヘイゲスの整った横顔、長い睫毛。高い鼻梁。貴族の女性たちが騒ぐ美貌を見て、アドナは嫌な予感を覚える。
 思えばヘイゲスは宰相という役職柄、王家の近くにいることが多い。
 その過程でもしも彼が王妃と通じ、王を亡き者とする計画を企てていたら――?
 もしその野望が果てしなく、王太子であるカンヅェルを越えて自身が王になるなどという、大それたことを考えていたら――?

「……っ」

 あまりの無礼に、アドナは怒りを燃やした。

「ヘイゲス殿。あなたを生かしておけない」

 立ち上がったアドナの巨躯を見上げたヘイゲスは、余裕の表情だ。

「……将軍。あなたの新妻は可愛らしいですね?」

 可愛らしい猫の話でもしているような声音に、アドナはゾッと背筋を震わせた。

「……あなたは……」
「将軍の新妻の腹には、新しい命が宿っているそうですね? そのためには、将軍という地位も健康な体も、母体も大切にしなければなりませんね」

 豪奢なソファに座ったままの優男を前に、幾つもの武勲がある将軍がピクリとも動くことができない。
 ファイアナの土地は暑く、外には昼間の陽炎が立つほどの気温を告げる虫が鳴いている。だというのに、アドナはとても寒く体が震えるほどの思いをしていた。

「王妃殿下はこたびの生き残りである将軍の妻を、慰問されるそうです。国の方から何かできることはないかと直々に訪ねられると仰っていました。妃陛下にそのように訪ねられれば、将軍の奥方様としてもこの上ない栄誉ですね?」

 ひやり、と冷たい刃を胃の腑に感じた。

 知らないうちにアドナは鋭利な刃物を呑み込み、もう腹の内にしまっているのだ。
 アドナの玉――妻はもう、敵の手の中にある。
 彼の脳裏に愛しい妻の笑顔が浮かび、その腹に宿った自身の子供にも思いを馳せる。自らの正義感と国の未来、そして自身の家族を天秤に掛け――、この一瞬でアドナは〝選んでしまった〟。

「……私に、どうしろと……?」

 ごく小さな声で、アドナが問う。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

処理中です...