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真実
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「……いい。いま言った通り、ディアルト殿下、リリアンナ、アドナの他は天幕を出て行け。見張りもいらん」
「陛下!?」
焦ったヘイゲスが声を上げるが、カンヅェルにギロリと睨まれ唇を噛む。
そのまま何か文句を言っていたが、ウィンドミドルの見張りが出て行く姿を見て、それに倣うしかなかった。
天幕の中には、四人だけになる。
「さて……」
カンヅェルの表情から、やや気負いが減ったように思えた。
その変化に、リリアンナは「この傲岸不遜な王も気苦労しているところもあるのだな」と察する。
「カンヅェル様。お気遣いありがとうございます。私も余計な者の意見は挟まず、当事者だけがまず話を聞くべきと思っていました」
ディアルトの言葉に、カンヅェルはゆるりと首を振ってお茶を飲む。
「口うるさい存在ですからね。ああいう手合いがいると、アドナのように純粋な武功のみで這い上がった者は分が悪いと思っています」
カンヅェルがそう言ってからチラリと横に座っているアドナを見やれば、将軍は変わらない姿勢のままだ。
沈黙が落ち、三人はアドナが口を開くのを待つ。
だが口を開く気配のないアドナに、業を煮やしたのはやはりカンヅェルだった。
「アドナ。王が許すと言ったんだ。十三年前のあの日、この戦場で何があったのか話せ」
低く静かな声に、少しの沈黙の後やっとアドナが口を開いた。
「……失礼ながら、陛下は宮中でご自身の権力は、いかほどのものとお思いでしょうか?」
しかしアドナの口から出たのは、予想外の言葉だった。
(アドナ将軍、どういう意図で仰っているの?)
リリアンナは内心首を傾げるも、大人しく二人の会話を見守る。
「……そうだな。俺が火の意志の担い手ということもあり、実力行使に出ればほとんどの者が俺につくだろう。だが俺は現在そこまで権力というものに執着せず、政に関しても真面目に関与していない。だから周囲の奴らは、一見無能に思える王よりも宰相についている。……と見えるな」
カンヅェルは冷静に自分の立場を分析する。
(この方、ご自分が王として権力を持っていないと認められるの?)
自らの不能を肯定する言葉に、リリアンナは驚きを隠せない。
「恐れながらそのような状況で、私は陛下にご庇護を求めることは可能でしょうか?」
アドナの低く静かな声は、自分が窮地にあると訴えている。
十三年沈黙を守り続けた男が、初めて真実の片鱗を語ろうとしていた。だが同時に、簡単に口を開けない事情も垣間見せる。
「……誰に脅されている?」
「…………」
スッと目を細めたカンヅェルの問いに、アドナは沈黙を返す。
「……俺だって戦争を終わらせたい。その確執を払拭するためなら、重たい腰を上げて本物の王らしく振る舞ってもいいだろう。俺がその気になれば、お前も真実を語るのか?」
その声は至って真剣だった。
揶揄する色も含まない、父の死を不審がる息子からの純粋な言葉だ。
「……陛下が約束してくださるのなら、私は真実をお話し致します。私とて、望んで沈黙していた訳ではありません。この十三年、誰よりも真実を知りたかったであろう方々に、ずっと申し訳ない気持ちを抱いてきました」
寡黙な男と思っていたアドナは、自らに沈黙の誓いを課していたのだ。
彼が十三年ぶりに口を開こうとする姿勢を見せ、リリアンナは状況を見守りながら胸を高鳴らせる。
「いいだろう。俺は何があってもお前の味方になると誓おう。ディアルト殿下、これは二国間の問題です。仮にこれから国際問題に発展する〝何か〟が生まれたとしても、真実を得るためにウィンドミドルはアドナの味方をすると誓ってくださいますか?」
「同意します。私も真実が知りたいです」
ディアルトの言葉に、リリアンナも頷く。
やがてアドナはお茶で唇を湿らせ、ゆっくり語り始めた。
「……十三年前も、今と同じように和平のテーブルが用意されていました。戦争が始まって数年が経ち、両国とも疲労を見せ始めていました。メレルギア陛下は領土拡大をと仰って戦争を続けていらっしゃいました。ですが和平のテーブルでは、ウィリア陛下が貿易や植林について様々な打開策を立ててくださいました。戦争の真っ最中だったというのに、ウィリア陛下は私たちファイアナの国土を心配し、学者たちと相談してくださっていたのです」
自分の父を褒められ、ディアルトはほんの少し面映ゆそうな表情になる。
(ウィリア陛下は変わらない賢王だったのだわ。その隣にお母様がいらっしゃったのを、私は誇りに思う)
「メレルギア陛下はその案をいたく気に入られ、数日に渡る和平の会議は問題なく進んでいました。……ですが、一つ問題が起こりました」
三人とも静かに話を聞き、ここからが話の核心なのだと緊張する。
誰かの喉が静かに鳴ったのが、聞こえた気がした。
「数日を同じ場所で過ごすなか、メレルギア陛下はリーズベット様に女性としての魅力を感じるようになられました」
はぁ……とカンヅェルが息をつき、リリアンナは思わず額を押さえた。
まさか現在の自分たち三人がそこはかとなく醸し出している雰囲気が、十三年前に親の代でもなされていたとは、思いもしなかった。
「陛下!?」
焦ったヘイゲスが声を上げるが、カンヅェルにギロリと睨まれ唇を噛む。
そのまま何か文句を言っていたが、ウィンドミドルの見張りが出て行く姿を見て、それに倣うしかなかった。
天幕の中には、四人だけになる。
「さて……」
カンヅェルの表情から、やや気負いが減ったように思えた。
その変化に、リリアンナは「この傲岸不遜な王も気苦労しているところもあるのだな」と察する。
「カンヅェル様。お気遣いありがとうございます。私も余計な者の意見は挟まず、当事者だけがまず話を聞くべきと思っていました」
ディアルトの言葉に、カンヅェルはゆるりと首を振ってお茶を飲む。
「口うるさい存在ですからね。ああいう手合いがいると、アドナのように純粋な武功のみで這い上がった者は分が悪いと思っています」
カンヅェルがそう言ってからチラリと横に座っているアドナを見やれば、将軍は変わらない姿勢のままだ。
沈黙が落ち、三人はアドナが口を開くのを待つ。
だが口を開く気配のないアドナに、業を煮やしたのはやはりカンヅェルだった。
「アドナ。王が許すと言ったんだ。十三年前のあの日、この戦場で何があったのか話せ」
低く静かな声に、少しの沈黙の後やっとアドナが口を開いた。
「……失礼ながら、陛下は宮中でご自身の権力は、いかほどのものとお思いでしょうか?」
しかしアドナの口から出たのは、予想外の言葉だった。
(アドナ将軍、どういう意図で仰っているの?)
リリアンナは内心首を傾げるも、大人しく二人の会話を見守る。
「……そうだな。俺が火の意志の担い手ということもあり、実力行使に出ればほとんどの者が俺につくだろう。だが俺は現在そこまで権力というものに執着せず、政に関しても真面目に関与していない。だから周囲の奴らは、一見無能に思える王よりも宰相についている。……と見えるな」
カンヅェルは冷静に自分の立場を分析する。
(この方、ご自分が王として権力を持っていないと認められるの?)
自らの不能を肯定する言葉に、リリアンナは驚きを隠せない。
「恐れながらそのような状況で、私は陛下にご庇護を求めることは可能でしょうか?」
アドナの低く静かな声は、自分が窮地にあると訴えている。
十三年沈黙を守り続けた男が、初めて真実の片鱗を語ろうとしていた。だが同時に、簡単に口を開けない事情も垣間見せる。
「……誰に脅されている?」
「…………」
スッと目を細めたカンヅェルの問いに、アドナは沈黙を返す。
「……俺だって戦争を終わらせたい。その確執を払拭するためなら、重たい腰を上げて本物の王らしく振る舞ってもいいだろう。俺がその気になれば、お前も真実を語るのか?」
その声は至って真剣だった。
揶揄する色も含まない、父の死を不審がる息子からの純粋な言葉だ。
「……陛下が約束してくださるのなら、私は真実をお話し致します。私とて、望んで沈黙していた訳ではありません。この十三年、誰よりも真実を知りたかったであろう方々に、ずっと申し訳ない気持ちを抱いてきました」
寡黙な男と思っていたアドナは、自らに沈黙の誓いを課していたのだ。
彼が十三年ぶりに口を開こうとする姿勢を見せ、リリアンナは状況を見守りながら胸を高鳴らせる。
「いいだろう。俺は何があってもお前の味方になると誓おう。ディアルト殿下、これは二国間の問題です。仮にこれから国際問題に発展する〝何か〟が生まれたとしても、真実を得るためにウィンドミドルはアドナの味方をすると誓ってくださいますか?」
「同意します。私も真実が知りたいです」
ディアルトの言葉に、リリアンナも頷く。
やがてアドナはお茶で唇を湿らせ、ゆっくり語り始めた。
「……十三年前も、今と同じように和平のテーブルが用意されていました。戦争が始まって数年が経ち、両国とも疲労を見せ始めていました。メレルギア陛下は領土拡大をと仰って戦争を続けていらっしゃいました。ですが和平のテーブルでは、ウィリア陛下が貿易や植林について様々な打開策を立ててくださいました。戦争の真っ最中だったというのに、ウィリア陛下は私たちファイアナの国土を心配し、学者たちと相談してくださっていたのです」
自分の父を褒められ、ディアルトはほんの少し面映ゆそうな表情になる。
(ウィリア陛下は変わらない賢王だったのだわ。その隣にお母様がいらっしゃったのを、私は誇りに思う)
「メレルギア陛下はその案をいたく気に入られ、数日に渡る和平の会議は問題なく進んでいました。……ですが、一つ問題が起こりました」
三人とも静かに話を聞き、ここからが話の核心なのだと緊張する。
誰かの喉が静かに鳴ったのが、聞こえた気がした。
「数日を同じ場所で過ごすなか、メレルギア陛下はリーズベット様に女性としての魅力を感じるようになられました」
はぁ……とカンヅェルが息をつき、リリアンナは思わず額を押さえた。
まさか現在の自分たち三人がそこはかとなく醸し出している雰囲気が、十三年前に親の代でもなされていたとは、思いもしなかった。
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