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アドナ将軍
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「さて、私が戦争の意義を見いだせなくなっても戦争を続けていたのは、互いの父の確執があるからです」
「……そうですね」
ディアルトは表情を崩さず、ゆるりと頷く。
「あの日何があったのか、ディアルト殿下は知りたくありませんか?」
「それは――。勿論です」
返事をしたディアルトは、チラリとアドナ将軍を見る。
彼はあの事件の真実を知っている唯一の人だ。
全身に酷い火傷を負いながら、生き残っているただ一人の人物。
彼が国際裁判で沈黙を貫いたのも、傍聴席でリリアンナと共に見た。
大勢の人間が集まる証言台に何度召喚されても、アドナ将軍は口がきけないのかと思うほど、徹底して沈黙していた。
ファイアナの裁判所には、リリアンナも父に連れられてリオンと共に赴いた。
その時「なぜあの将軍は、母の死を間近に見ておきながら話さないのだろう」と悔しく思ったのを覚えている。
軍病院から退院したてのアドナ将軍は、全身にまだ火傷の跡が生々しく、傍聴席にいたレディが気絶したという騒ぎもあった。
どれだけ周囲が騒いでも、彼は真っ直ぐ前を見据え、唇を引き結んだままという記憶がある。
思わずリリアンナもアドナ将軍に視線をやるが、彼は相変わらず口を閉ざしたままだ。
カンヅェルの性格や気質に〝雰囲気〟があるように、アドナにも性格を察する〝雰囲気〟がある。
肌の色や髪の色などはカンヅェルと似ているが、アドナにはどっしりとした大樹にも似た落ち着きと、揺るぎない瞳の奥にある信念を感じる。
今までカンヅェルやファイアナの臣下たちだって、アドナに口を開くよう懐柔しようとしただろう。
それでもアドナは今日のようにまっすぐ前を向いたまま視線を揺らすことすらせず、口を一文字に結んでいたに違いない。
カンヅェルは背もたれに身を預け、隣にいるアドナを睥睨する。
「流石にこの面子が揃った場で、『言えません』とは言わせんぞ? 十三年の時が経ち、十代のガキだった俺たち子供世代は、大人になった。親の死にどんな理由があろうが何も言わん」
カンヅェルの言葉に、ディアルトとリリアンナも頷く。
ウィリアとリーズベットの死は、確かに子供心を大きく傷つけた。だがあれから十三年が経ち、二人とも大人になったつもりだ。
大人には大人の事情があると、今なら理解する。
カンヅェルが言う通り、どんな事情があったとしても、今はウィリアとリーズベットがなぜ死ななければならなかったのか、どのように亡くなったのか、真実が知りたい。
「まぁ……、お前の火傷の跡を見るからに、原因は恐らく父の力の暴走なんだろう。その力が巨大すぎて、風の意志を持つウィンドミドルの王がいても爆発を防げなかった。それぐらいは理解する。問題は国王同士が殺し合いをするようになった経緯だ。俺は自分の父が突然他国の王に襲いかかる野蛮な人間だと思いたくない」
天幕の外で、強い風が吹き抜けていった。
リリアンナが力を行使したことによって、風の精霊が活発になり自然の風も強くなっていた。場所が荒野であることも手伝って、砂塵を巻き上げた風は天幕の外幕をはためかせている。
「話してほしい」という圧を、アドナは一身に受けている。
背筋を真っ直ぐ伸ばしたまま、彼はテーブルの上に視線を落とし、静かに呼吸を繰り返していた。
「話し辛いというのなら、俺とディアルト殿下、リリアンナの他は退席させてもいい」
「……陛下、それは危険にございます」
カンヅェルの隣に座っていた宰相が口を開くが、それをカンヅェルが睨む。
「四人にしたらまずいことでもあるのか?」
「……いえ。ただ、リリアンナ殿は風の意志を有した敵兵であることをお忘れなく」
「貴様はバカか。和平のテーブルで、相手の将を前にそのように言う奴がどこにいるか」
宰相を窘めつつ、カンヅェルは口を挟んできた彼に違和感を抱いていた。
その宰相の名はヘイゲスと言い、父・メレルギアの代から仕えてきた古参の者だ。
違和感というのは、その宰相ヘイゲスの存在だ。
カンヅェルも奔放な王と言われているが、馬鹿ではない。
父王が歿してから、ファイアナの宮中ではヘイゲスに与する者が多くなった気がする。
もちろんカンヅェルは王であり、王太后イアナも息子を「陛下」と呼び忠誠を誓っている。
だが政治に関して言えば、カンヅェルが何を発言しても、最終的に「宰相閣下にお聞きしましょう」という流れになるのだ。
カンヅェルとて、国王の一言ですべてを決められると思っていない。
議会で話し合い、大勢の意見を聞いて政治は動いていくと思っている。
だが近年のファイアナでは、カンヅェルの発言を表向き「さようでございますね」と聞いておきながら、結論はヘイゲスの意見を仰ぐ形になっている。
何とはなしに城を歩いていても、そこかしこで貴族たちが「宰相閣下が……」と言っているのを耳にする。
おまけに母イアナの口からも、頻繁にヘイゲスの名が出ている。
頼りになる男だということはカンヅェルも認めているが、あまりに国王である自分を軽んじていないだろうか? と疑問に思うのだ。
カンヅェルは自身の性格を、自己顕示欲が強く我の強い性格だと理解している。
他者の注目を浴びていたい性質だし、自分の意見を通したいタイプだ。
だが「思うままにならない」と子供の駄々のように思うのではなく、現在のファイアナは王の名の下に動いていないという直感がするのだ。
それを確かめるには、〝今〟しかない気がする。
「……そうですね」
ディアルトは表情を崩さず、ゆるりと頷く。
「あの日何があったのか、ディアルト殿下は知りたくありませんか?」
「それは――。勿論です」
返事をしたディアルトは、チラリとアドナ将軍を見る。
彼はあの事件の真実を知っている唯一の人だ。
全身に酷い火傷を負いながら、生き残っているただ一人の人物。
彼が国際裁判で沈黙を貫いたのも、傍聴席でリリアンナと共に見た。
大勢の人間が集まる証言台に何度召喚されても、アドナ将軍は口がきけないのかと思うほど、徹底して沈黙していた。
ファイアナの裁判所には、リリアンナも父に連れられてリオンと共に赴いた。
その時「なぜあの将軍は、母の死を間近に見ておきながら話さないのだろう」と悔しく思ったのを覚えている。
軍病院から退院したてのアドナ将軍は、全身にまだ火傷の跡が生々しく、傍聴席にいたレディが気絶したという騒ぎもあった。
どれだけ周囲が騒いでも、彼は真っ直ぐ前を見据え、唇を引き結んだままという記憶がある。
思わずリリアンナもアドナ将軍に視線をやるが、彼は相変わらず口を閉ざしたままだ。
カンヅェルの性格や気質に〝雰囲気〟があるように、アドナにも性格を察する〝雰囲気〟がある。
肌の色や髪の色などはカンヅェルと似ているが、アドナにはどっしりとした大樹にも似た落ち着きと、揺るぎない瞳の奥にある信念を感じる。
今までカンヅェルやファイアナの臣下たちだって、アドナに口を開くよう懐柔しようとしただろう。
それでもアドナは今日のようにまっすぐ前を向いたまま視線を揺らすことすらせず、口を一文字に結んでいたに違いない。
カンヅェルは背もたれに身を預け、隣にいるアドナを睥睨する。
「流石にこの面子が揃った場で、『言えません』とは言わせんぞ? 十三年の時が経ち、十代のガキだった俺たち子供世代は、大人になった。親の死にどんな理由があろうが何も言わん」
カンヅェルの言葉に、ディアルトとリリアンナも頷く。
ウィリアとリーズベットの死は、確かに子供心を大きく傷つけた。だがあれから十三年が経ち、二人とも大人になったつもりだ。
大人には大人の事情があると、今なら理解する。
カンヅェルが言う通り、どんな事情があったとしても、今はウィリアとリーズベットがなぜ死ななければならなかったのか、どのように亡くなったのか、真実が知りたい。
「まぁ……、お前の火傷の跡を見るからに、原因は恐らく父の力の暴走なんだろう。その力が巨大すぎて、風の意志を持つウィンドミドルの王がいても爆発を防げなかった。それぐらいは理解する。問題は国王同士が殺し合いをするようになった経緯だ。俺は自分の父が突然他国の王に襲いかかる野蛮な人間だと思いたくない」
天幕の外で、強い風が吹き抜けていった。
リリアンナが力を行使したことによって、風の精霊が活発になり自然の風も強くなっていた。場所が荒野であることも手伝って、砂塵を巻き上げた風は天幕の外幕をはためかせている。
「話してほしい」という圧を、アドナは一身に受けている。
背筋を真っ直ぐ伸ばしたまま、彼はテーブルの上に視線を落とし、静かに呼吸を繰り返していた。
「話し辛いというのなら、俺とディアルト殿下、リリアンナの他は退席させてもいい」
「……陛下、それは危険にございます」
カンヅェルの隣に座っていた宰相が口を開くが、それをカンヅェルが睨む。
「四人にしたらまずいことでもあるのか?」
「……いえ。ただ、リリアンナ殿は風の意志を有した敵兵であることをお忘れなく」
「貴様はバカか。和平のテーブルで、相手の将を前にそのように言う奴がどこにいるか」
宰相を窘めつつ、カンヅェルは口を挟んできた彼に違和感を抱いていた。
その宰相の名はヘイゲスと言い、父・メレルギアの代から仕えてきた古参の者だ。
違和感というのは、その宰相ヘイゲスの存在だ。
カンヅェルも奔放な王と言われているが、馬鹿ではない。
父王が歿してから、ファイアナの宮中ではヘイゲスに与する者が多くなった気がする。
もちろんカンヅェルは王であり、王太后イアナも息子を「陛下」と呼び忠誠を誓っている。
だが政治に関して言えば、カンヅェルが何を発言しても、最終的に「宰相閣下にお聞きしましょう」という流れになるのだ。
カンヅェルとて、国王の一言ですべてを決められると思っていない。
議会で話し合い、大勢の意見を聞いて政治は動いていくと思っている。
だが近年のファイアナでは、カンヅェルの発言を表向き「さようでございますね」と聞いておきながら、結論はヘイゲスの意見を仰ぐ形になっている。
何とはなしに城を歩いていても、そこかしこで貴族たちが「宰相閣下が……」と言っているのを耳にする。
おまけに母イアナの口からも、頻繁にヘイゲスの名が出ている。
頼りになる男だということはカンヅェルも認めているが、あまりに国王である自分を軽んじていないだろうか? と疑問に思うのだ。
カンヅェルは自身の性格を、自己顕示欲が強く我の強い性格だと理解している。
他者の注目を浴びていたい性質だし、自分の意見を通したいタイプだ。
だが「思うままにならない」と子供の駄々のように思うのではなく、現在のファイアナは王の名の下に動いていないという直感がするのだ。
それを確かめるには、〝今〟しかない気がする。
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