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いい女ですね

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「明日、和平を結ぶかどうかのテーブルに着く。急ぎ、両陣地の中央に天幕の準備を」

 一方、陣地に戻ったカンヅェルは、ソファに座り尊大な態度のまま臣下に告げる。

「お、王っ!?」
「とうとう和平を結ばれるのですか!?」

 急展開に臣下たちはどよめき、その向こうでアドナ将軍は息をついている。

「敵将に面白い女がいてな。あいつの言うことなら、聞いてみようかと思った。親を失った恨みがあるのは、敵陣の王太子も同じだと言われてな」

 余裕のある笑みを浮かべ、カンヅェルはリリアンナの姿を思い出す。

「お前らに説得されても、うんともすんとも言わなかった俺が、敵将の言葉で動いたぞ?」

 揶揄するような言葉と視線に、臣下たちは渋面になる。
 その後、カンヅェルはアドナに向かって声を張り上げた。

「アドナ。お前も場に立ってもらうからな。〝あの日〟に何があったのかを、今こそ証言する必要がある」
「…………」

 カンヅェルに言われても、アドナ将軍はただ沈黙するのみ。

 それを若い宰相がじっと見つめていた。

**

 翌日の午前中、見張りが立つなか、戦地の中間地点に両軍の兵によって天幕が張られた。
 罠など何も仕掛けていないのを確認してから、両国の要人を迎えるためにそれぞれの天幕に見張りが立った。

 そして正午。

 衛兵が敬礼するなか、先にディアルトとリリアンナ、騎士団長が会談が行われる戦地の中央に到着した。やや遅れてカンヅェルとアドナ、そして宰相や臣下が数人着いた。
 和平の場なので、全員武器を別の場所に預けてある。

「あなたが王太子ディアルトか」

 不遜な態度をそのままに、カンヅェルが腕を組んだまま笑う。
 ディアルトが会釈をする隣で、リリアンナもおつきの騎士として丁寧に頭を下げた。
 ディアルトが会釈していた姿勢を正すと、カンヅェルは無遠慮な視線でリリアンナを見た。

 彼は思っている事をストレートに出す気質だと、初対面の者でも雰囲気ですぐ分かる。
 だが今、その金色の目は雄弁なまでに、リリアンナに好奇心と若干の色気を含めて向けられていた。
 リリアンナはその視線を無視し、ディアルトは分かっていながらにこやかに挨拶をする。

「はじめまして、カンヅェル陛下。私はウィンドミドル先王ウィリアの一人息子、ディアルトと申します。現国王陛下に代わり、和平のテーブルに着かせて頂きます」

 丁寧に頭を下げるディアルトを、カンヅェルは値踏みするような目で見る。
 王族としての器や、リリアンナと釣り合うかどうかなども考えているのだろう。

「カンヅェル陛下」

 ディアルトは、視線でリリアンナを嬲っていたカンヅェルに呼びかける。
 カンヅェルが視線を向けると、ディアルトは彼の視線に含まれている意味を「分かっている」と言わんばかりに微笑んだ。

「天幕に入りましょう」




 にこやかに天幕を示すディアルトを、カンヅェルは内心嗤った。

(喰えん男だな。この女に手を出したら、何をしてでも俺を殺す覚悟がある。優男のような雰囲気を発しておきながら、とんだ狸だ)

 ディアルトの笑みを、カンヅェルは〝黒い笑み〟だと直感した。

(こいつは王の器だ。大事なもののためなら、笑顔で人の命を奪える。考えて発言せねば、こちらが足をすくわれるな)

 思わぬ強敵の予感に、カンヅェルは知らずと笑っていた。




 やがて双方天幕に入り、用意されてあった席に着く。
 テーブル中央に、向かい合ってディアルトとカンヅェルが座る。ディアルトの両隣にはリリアンナと騎士団長、カンヅェルの両脇にはアドナ将軍と宰相が座った。

「会談の前に食事を。俺が連れて来た料理長が腕をふるう」

 天幕の中には調理台があり、外に通じる場所では熱された鉄板もある。そこにはファイアナの料理人がいて、両国の兵士が見ている中で既に調理を始めていた。

「失礼ながら、確認させて頂きます」

 リリアンナが立ち上がり、調理台を見張っていた兵士に異変がなかったか確認する。




 その姿を見て、カンヅェルが唇を片方もたげて笑った。

「いい女ですね」
「ええ。素晴らしい女性です」

 ディアルトも穏やかな表情のまま、カンヅェルの静かな挑発に応じる。
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