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それってほぼ、キスじゃないか!

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「俺は絶対に話し合いを成功させて、王都に戻る。リオンを連れ帰ってライアン殿を安心させる。それから君と結婚するんだ」

 自分の望みを言い切るディアルトに、リリアンナは微笑む。

「殿下は変わりませんね」
「ブレないのだけが取り柄だから」

 苦笑するディアルトの腕の中で、リリアンナは緩く首を振る。

「殿下にはもっといい所が沢山あります。お優しい所も、平和主義者な所も。他者のために自ら一歩引く大人な所も」
「見た目は?」

 褒め言葉を欲しがるディアルトに、リリアンナはジワッと頬を染める。
 いつもクールに接しているディアルトを、素直に褒めるというのは存外恥ずかしい。

「……格好いいです。ですが、もっと栄養をとって元通りの体重になり、お髭も整えられた方が宜しいかと存じます」
「それは……、違いない」

 クスッと笑うディアルトの本質は変わっていない。
 けれど彼は一年近く戦場にいて、人が目の前で傷ついたり死ぬ場面を見続けてきた。自身も怪我を負い、それでも王太子だから毅然としないと、という気持ちで走り続けてきたのだろう。
 他の兵士たちは、一定期間を経て王都にいる兵との入れ替えがある。

 だがディアルトは、自らの意志でずっと前線に留まっている。
 忍耐力が強くても、心身共に疲労が限界まできている。それは彼の顔にも出ていて、もともと上品に整っている顔は、荒んでいるように見えた。
 目元は険しくなり、眉間に皺が寄る癖がついている。クマを作り、こけた頬から鋭利な顎にかけては無精髭がまばらに生えていた。体も無駄な肉が落ちてほぼ筋肉のみになり、〝野性〟という言葉が相応しくなっている。

「私の好きな殿下はそのままここにいらっしゃいます。ですが長期間戦場にいらっしゃり、色々な箇所に疲労が表れています。望みを言うのなら、私は殿下に健康な体でこざっぱりとした身なりをして頂きたいのです」
「……匂うかい?」

 リリアンナの前だとさすがにディアルトも、手入れをする間もない甲冑の匂いが気になる。服も洗濯しているとは言え、やはり王宮にいる時とは勝手が違う。

「いいえ。ちゃんとお風呂に入り、お洗濯をされていますでしょう? 匂うなどありません。ですが……」

 リリアンナの指先がディアルトの顎に触れる。
 無精髭でざらつくそこを撫で、手が頬を包む。親指が目の下のクマを辿り、リリアンナが息をついた。

「……おいたわしい、です」

(本当なら殿下は、戦場にいる身分ではないのです)

 そう言いたくても、彼が選んだ道を否定してはいけない。
 だからリリアンナは、いま自分にできるすべてのことをするつもりだ。

「大丈夫だよ。俺はこう見えて頑丈だから。王都に帰ったら君と結婚できるというご褒美をぶら下げているから、今までだって頑張れたんだ」
「……明日で、すべて終わらせましょうね」

 リリアンナが微笑む。その柔らかな表情を見て、ディアルトが堪らずキスをしてきた。

「ん……っ」

 ちゅ、ちゅ、と何度か唇を食まれたあと、二人の吐息が混ざり合って吐き出される。

「……君は俺の勝利の女神だ」
「身に余るお言葉です」
「カンヅェル殿は会談の申し込みの他に、何か言っていたか?」
「特に……、あ」

 リリアンナは上空でカンヅェルと話した時のことに思いを馳せ、雑談と取れる箇所を思い出して声を出す。

「何?」

 何でもいいからリリアンナの身にあったことを知りたいと、ディアルトがじっと見つめてくる。

「……戯れ言だと思いますが、『興味深い』とは言われました」
「……ふぅん?」

 ディアルトの目が少し剣呑になった。

「何もされなかったか?」
「顎を掴まれ距離を縮められましたが、それ以上のことは何も」
「それってほぼ、キスじゃないか!」

 悲鳴のような声を上げるディアルトに、リリアンナは平然と返事をする。

「唇がくっついていないのでセーフです。また、私にもそういう意思はありませんでした。カンヅェル陛下も脅しや挑発する意味はあっても、愛情などありません」
「うーん……。そう、じゃなくて……。その……」

 ディアルトは〝何か〟を言いたがる。だがまっすぐ彼を見つめ返すリリアンナの曇りなき眼を見て、がくぅ、と肩を下げた。

「君は本当に人たらしだよなぁ」
「失礼なことを言わないでください。私がいつカンヅェル陛下に色目を使ったと言うのですか」

 もの申すリリアンナに、ディアルトは「そうじゃない」と何度も首を横に振る。

「……変な要求をされなければいいが」

 ギュッとリリアンナを抱き締め、ディアルトは心配そうに息をついた。

「殿下のことは、私がお守り致します」

 それに対してリリアンナはきっぱりと言い切る。
 しかしディアルトはやはり「違うんだってば……」と情けない声を出すのだった。
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