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大丈夫だったでしょう?

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「っ!?」

 キスをされそうなほど近くまで顔が寄せられ固まると、ファイアナの王が不敵に笑う。

「……つくづく、敵国の将にするには惜しい女だ。ファイアナの女なら、逃さず妃にしていたものを」
「お戯れを」

 こういうやり取りは、ディアルトとの間で何度も経験済みだ。
 もしディアルトと近しくなっていなければ、男に免疫のないリリアンナは小娘のような反応をしていたかもしれない。
 だがリリアンナは背筋を伸ばし、足を肩幅に堂々とカンヅェルを見つめ返す。そんな彼女を見て、カンヅェルは満足気に鼻で笑い体を離した。
 しかし彼は、最後にリリアンナの手を取る。

「俺には世辞を使うという脳がない。いつでも本気だ」

 ディアルトと似た金色の目でリリアンナを見つめ、カンヅェルはそのまま彼女の手甲にキスをした。

「レディへのキスとして、受け取らせて頂きます」

 女として見ているという言葉を、リリアンナは受け入れない。
 頑ななまでの態度に、カンヅェルはニヤリと笑う。

「では、現在の合戦はただちに中止。明日の正午に会談で宜しいですね?」
「ああ。双方兵を引かせよう。会談については王太子と一緒にお前も来ること」
「了解致しました」

 もう話すことはないと判断したリリアンナは、一礼をして眼下に広がる陣向かって降下した。
 それを目で追ったあと、カンヅェルは全員の注意を引くため、空に向かって大きな爆発を起こした。

**

「……大丈夫だったでしょう?」

 アイリーン砦の前で、ディアルトは自分を羽交い締めにしていたリオンから、やっと解放された。

 上空にいたリリアンナを業火が包んだ時、とっさにディアルトは彼女の名を叫んで出陣しかけた。
 足を引きずった彼が顔面蒼白になり馬に乗ろうとするのを、後陣にいたリオンが必死に食い止めたのだ。周囲の兵士たちも交えて王太子を馬から引きずり下ろし、地に押さえ込むという騒ぎになっていた。
 ディアルトは喉も裂けんばかりに「離せ!」と怒鳴り、渾身の力で抵抗していた。

 だがリオンに「見てください。姉上は無事ですよ」と言われ、上空にリリアンナの姿を見た。その時はあまりの安堵に気が遠くなるかと思った。
 押さえ込まれたまま見守っていると、リリアンナは上空でカンヅェルと話し込んでいるように見える。
 周囲の騎士や兵士たちも一緒になって固唾を呑んで見守っていると、ようやくディアルトも落ち着きを取り戻した。

「……済まない、取り乱した」

 地に座り込んだまま、ディアルトはリオンに謝罪する。
 リリアンナに似た美貌でリオンが微笑んだあと、彼は上空を見て呟いた。

「姉上とファイアナの王の話し合いが、終わったようですね」

 リオンの言葉の通り、リリアンナはカンヅェルから離れて自軍の方へ飛んでいるようだった。

 その直後――。
 ドガンッ! と大きな爆発音が聞こえ、戦場にいた者全員が空を見上げた。

 爆ぜた場所から、煙が風に流れてゆく。
 同時に火の精霊が動き、天空に火文字を大きく描いた。

「あれは……」

 空にはこう書いてあった。

『両国代表の合意により、合戦を中止する。明日の正午、両国の代表による会談を行う予定なので双方の軍はすみやかに自陣に戻ること』

「姉上……やったのか」

 リオンが呟き、ディアルトがグッと拳を握る。遅れてブルッと体が震えた。
 後ろで兵士たちがワァッと声を上げ、リリアンナの名前を叫ぶ。

「……ありがとう、リリアンナ。あとは俺が戦争を終わらせてみせる」

 立ち上がり、ディアルトは覚悟を決めて呟いた。
 遠くから、大気と大地を揺るがすような歓声が聞こえる。疲れ切った両国の兵士たちが、やっと訪れるであろう平和に一縷の望みを託し、吠えたのだ。

「ここから先は、君主になる者同士の剣(つるぎ)なき戦いだ」

 今回、前線に風の意志を持つリリアンナと、国王であるカンヅェルが来たのも偶然なのだろう。今までどれだけ書状を送っても返事の一つもしなかったカンヅェルが、姿を現したのは奇跡的なことだ。
 その上、頑なになっていたカンヅェルの心を動かしたのは、カダンでもディアルトでもない。リリアンナだった。
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