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戦争ですから

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 ――何か、来る!?

 最初の一撃を終えて体勢を立て直し、ファイアナの右翼を崩そうとしたリリアンナが異変を感じた。
 とても攻撃的な意志を持つ〝何か〟が、グングンとこちらに近づいてくる。
 その正体が強い火の意志だと気付く前に、リリアンナはとっさに風の障壁を張っていた。

「ぐぅっ!!」

 ドンッと全身に強い衝撃が走り、風の障壁の向こうが業火に包まれた。
 轟音に耳が遠くなり、あまりの衝撃に息が詰まる。しかしリリアンナは歯を食いしばり、全力で障壁を展開し続けた。
 リリアンナを中心に小さな太陽ができたのではという程の光量、火力に、地上にいたウィンドミドルの兵たちがたじろぐ。
 だが――。

「ほぉう……。やはり、凌いだか」

 強い風に火が流され、光も煙も落ち着いてゆく。
 その中からリリアンナが目に強い光を宿し、仁王立ちの姿で現れたのを見て、カンヅェルは満足そうに目を細めた。

「あなたは……。ファイアナの国王カンヅェル陛下ですか?」

 リリアンナの金色に光るグリーンの目が、じっとカンヅェルを見据える。

「そうだ。お前の名は? ウィンドミドルの美しき守護者よ」

 威風堂々。

 そんな言葉が相応しいカンヅェルは、不敵に笑う。
 浅黒い肌に金色の目。粗野という言葉が似合いそうな男らしく荒削りな顔の輪郭。そして燃えるような赤髪は少し伸び気味で、風に煽られバサバサと舞っている。
 頭部には革紐が巻かれ、カンヅェルの額で水晶のアミュレットが日差しを浴びて反射していた。
 黒い体にフィットしたインナーの上に着た、目に鮮やかな赤い柄物の羽織が風になびく。同時に手首や首、額にあるアクセサリーが、カンヅェルという男に似合わない繊細な音をたてた。

「ウィンドミドルの軍事統括を担う公爵家。イリス家の長女リリアンナと申します。カンヅェル陛下には、是非とも話し合いのテーブルに着いて頂きたく存じます」

 カンヅェルをじっと見つめたままリリアンナが頭を下げると、彼は周囲に響き渡るような笑い声を上げた。

「はははは! 我が軍の兵士を天高く吹き飛ばしておいて、よく言う!」

 笑いというものは、普通その場の空気を和ませるものだ。
 けれどカンヅェルの獰猛とも言える笑い声は、リリアンナに更なる緊張をもたらした。
 カンヅェルが大きく口を開いて哄笑する様は、動物が本来威嚇するために口を大きく開くのに似ている。
 笑っているのに相手を威圧するという、王者の威厳と貫禄があった。

「戦争ですから」

 引くつもりもなくリリアンナが言葉を返すと、カンヅェルはニヤリと凄みのある笑みを浮かべる。

「そうだな。俺の親父が始めた、よく意味の分からん戦争だ」
「……カンヅェル陛下は、この戦争に意義を認めていらっしゃらないと?」

 リリアンナが不可解そうな顔をすると、彼は泰然自若という態度を崩さず答える。

「そりゃあな。他国の緑や水が羨ましいのなら、和平を結んで隣国に観光に行けばいい。資源そのものが羨ましいなら、貿易を盛んにすればいい。観光ついでに自国のアピールをすれば、周囲からもファイアナに人が来るだろう。ファイアナには金をはじめ、様々な鉱山資源という強みがあるからな」
「! ではなぜ今すぐにでも和平を結ばないのです! いたずらに戦争を続けていても、互いに不利益にしかならないとご存知のはずです!」

(戦争さえなければ、殿下が怪我を負うこともなかった。お母様もウィリア陛下も亡くならずに済んだのに!)

 そう思うと、リリアンナは悔しくて堪らない。
 歯を食いしばり、激しく睨みつける先、カンヅェルは尊大な態度でリリアンナを見ている。

「俺は一応王だ。先王を殺されておきながら、和平を結びましょうとこちらから言えるものか。お前らとて同じだろう。同じ場所で両国とも王を失った。領土拡大やらよりも、ずっと根深い確執だぞ」
「それは……」

 核心を突かれてリリアンナは言葉に窮する。

「言われてみれば、私たちも生まれた時から戦争が続いていたから、戦うのが当たり前と思っていた節がありました。私はファイアナという国の誰か……ではなく、ファイアナという国を憎く思っている所もあります。私の母を奪い、大事な殿下の父君を奪いました。ですが、憎しみは憎しみを生むということも知っています。いま私たちの代で戦争を終わらせなければ、次の代が苦しみます。私は自分の子に、こんな思いをさせたくありません」

 空に立ったまま、苦しみを堪えてリリアンナは正直に告げる。
 自分の憎しみも悲しみも、決して誤魔化そうとしない。
 それをちゃんと認めなければ、綺麗事だけではこのカンヅェルという男は動かないような気がしたからだ。
 その前に、リリアンナは自分の心を誤魔化すのがとても苦手だ。
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