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人たらし

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 シェラの前で直立不動になり、きっちりと腰を折ってお辞儀をしたあと、リリアンナはまっすぐに彼女を見つめた。
 シェラはリリアンナに見つめられ、青い瞳を動揺で揺らし、目を泳がせる。

「……いいえ。私こそきちんとご挨拶ができず、大変失礼致しました。私はウォーリナの治癒術士官、シェラと申します。昨日は大変失礼を致しました」

 蚊の鳴くような声でシェラが返事をする。
 彼女の気持ちを察するしかできないが、シェラも少しはばつの悪い思いをしているのだろうか。

(だとしたら、これ以上彼女に恥を掻かせるような真似をしてはいけないわ)

 例え恋敵であっても、リリアンナの中に「必要以上に相手にみじめな思いをさせる」という選択肢はない。

「殿下は膝の下が裂けていたとか。貴女がいなければ、今は歩くことすら叶わなかったと思います。殿下の護衛として、心より感謝を申し上げます」

 胸に手を当て、リリアンナはスッとシェラの前に跪いた。
 そしてシェラを見上げ、彼女に向かって微笑んだ。

「遠方から同盟国に駆けつけ、人数が少ないなか本当にご苦労様です。私には貴女のように傷を癒やすことはできません。ですから、心より貴女を尊敬申し上げます」

 美しい女騎士に跪かれ、シェラの顔がみるみる赤くなった。

「え? い、い、いえっ。と、とんでもない!」

 リリアンナに向かってときめいてしまったシェラは、何度も首を傾げながら、「私は仕事がありますので、失礼致します!」と言って砦の方へ走って行ってしまった。

「……行ってしまわれました。私、何か失礼なことを……?」

 きちんと礼を言って、可能ならシェラと仲良くなりたいと思っていたのだが、彼女は走って逃げてしまった。
 シェラの行動が不可解で首を傾げると、ディアルトが快活に笑う。

「ははっ。君は相変わらず、人たらしだな。さ、中に入ろう。またファイアナの陣が整ったら、見張りが教えてくれる。君はしっかり休んだ方がいい」

 ディアルトにポンと背中を叩かれ、主が砦に向かって歩き出したので、リリアンナも彼に合わせた。
 ディアルトはまだ足を引きずっているので、彼の歩調に合わせて歩きながら気遣う。

「足、まだ痛いですか?」
「ちょっとね。でも、すぐ治るから大丈夫」
「そう仰るなら、あまり歩き回らない方がいいかと存じます」
「戦地に来てまで塩対応はいいよ」
「すみません。いつも通りのお返事をしただけなのですが」

 いつものように会話をしている二人は、一変して活気に満ちた騎士や兵士たちから生暖かい視線を送られていた。

**

 砦に入ったリリアンナは、ディアルトと共に共同スペースの食堂まで行き、水を飲む。

「姉上、大した英雄になりましたね」

 椅子に座っているリリアンナの耳に、ハキハキとした青年の声が飛び込んだ。

「リオン!」

 自分を「姉上」と呼ぶのは、後にも先にも一人しかいない。
 振り向きざまに立ち上がると、目の前には金髪に金色がかったグリーンの瞳と、リリアンナに色味がそっくりの青年がいる。
 美形でありながら活発そうな表情に、やや疲れを滲ませているものの、リリアンナの弟は元気そうだ。
 記憶にあるより少し逞しくなったように見える弟の全身を確認し、リリアンナはガバッとリオンに抱きついた。

「昨日の朝到着したのに、どうして会えなかったのかしら? 元気だった?」
「俺は俺で忙しかったんですよ。体調はまぁまぁです。屋敷の食事が恋しいですけどね」

 リオンはリリアンナの背中をポンポンと叩き、快活に笑う。
 白兵戦の者たちと違って、リオンは術士として戦地に来ている。その服装も軽装で、防具の類いはいっさいつけていない。
 十九歳だが長身一家なだけあり、身長は一八〇cmを越えている。しかしディアルトほど筋肉はなく、痩身と言ってもいい。
 国にいれば、リリアンナを慕うレディたちから可愛がられすぎて、やや年上女性恐怖症の気もある。もちろん姉は除外だ。

「しかし殿下も、姉上が到着してご本心では安堵していらっしゃるでしょう」

 リリアンナたちが座っていた場所にリオンも混ざり、気軽な様子でディアルトに話しかける。
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