69 / 109
無い物ねだり
しおりを挟む
リリアンナがファイアナの軍をあらかた片付け、撤退まで追い込んで砦に戻ったのは、昼頃だった。
彼女の帰還に、砦中の騎士と兵士が声を上げ、地が轟くほどの騒ぎになる。
「俺らの英雄だ!」
「英雄リーズベット様の娘は、やっぱり英雄だった!」
「俺たちには戦女神がついてるぞぉ!」
皆が口々にリリアンナを褒め称えるなか、彼女は困ったように笑って手を振っていた。
髪の一筋も乱れておらず、いつも通り美しいのがより士気を高める。
砦の前まで戻ってきたリリアンナが馬から下りると、ドッと詰め寄った騎士たちが彼女を胴上げにした。
「ま……っ、待ってください! まだ戦に勝った訳では……っ」
戸惑うリリアンナの言うことを聞かず、興奮状態の騎士たちは彼女を天高く放り投げる。胴上げに伴って、リリアンナに触れられるのも嬉しいのだろう。
「ちょ……っ、お前たち、やめるんだ! リリィは俺の……っ」
屋上まで行ってリリアンナの勇士を見守っていたディアルトは、足を引きずっているため地上に戻るのが遅かった。
ディアルトがやっと砦前まで着いた頃には、リリアンナは既に狂乱と言ってもいいほどの渦中にいる。
「はぁー……。やれやれ……」
リリアンナを他の男の誰にも触らせたくないディアルトは、「仕方がない」というように苦笑いをした。
「凄い女性ですね」
ディアルトの隣から声がし、横を見るとウォーリナの治癒術士シェラが立っていた。
リリアンナが彼女に嫉妬していたのを思い出し、ディアルトはシェラから一歩離れる。
「私も……あんな風に堂々と光り輝く女性になってみたかったです。私にできるのは、傷を癒やすことだけですから」
一躍英雄となったリリアンナを見て、シェラは眩しそうに目を細める。
それを聞いて、ディアルトはリリアンナの気持ちを考えた。リリアンナもきっと、「なれるなら粛々としたレディになってみたいです」と言うだろう。
お互い、無い物ねだりなのだ。
「ディアルト様?」
ディアルトがシェラを見て意味深に微笑んでいるので、シェラがいぶかしげな顔をする。
そんな彼女に、ディアルトは微笑んだ。
「それ、リリアンナに直接言ってみたらどうだ? きっと彼女も似たようなことを考えているかもしれないから」
「……そう、ですか?」
二人の視線の先ではリリアンナようやっと胴上げから解放され、捨て犬のような顔でジッとこちらを見ていた。
「リリアンナ! おいで!」
だがディアルトが声をかけると、リリアンナはパッと表情を明るくし、軽やかに走って主の元へ戻って来た。
やっと胴上げから解放されたかと思えば、ディアルトは例のシェラという女性と話している。
何だか親密そうな雰囲気なので声を掛けるのも、近寄るのもはばかられた。
けれどこちらに気づいたディアルトが「おいで」と言ってくれたので、リリアンナは素直に彼に駆け寄った。
本当は誰よりも一番に、ディアルトに勝ちの報告をしたかったのだ。
「殿下、無事お役目を果たしました。これで明日の作戦の決行も、許可してくださいますね?」
「分かったよ。それより今はちゃんと休みなさい。怪我はしてないか?」
「はい、大丈夫です」
一通りディアルトと会話をしてから、リリアンナはシェラに向き直りペコリと頭を下げた。
「殿下を手厚く看病して頂き、ありがとうございます。殿下の護衛として、厚く御礼申し上げます」
本当はシェラという女性に対して、嫉妬混じりのモヤモヤとした感情がある。
彼女が自分より女性らしい姿や雰囲気をしていることもあり、リリアンナは必要以上に自分を卑下し、シェラと比べてしまっていた。
だが荒野でディアルトにバラを捧げられ、自分が抱えていた秘密も打ち明けた。
ディアルトの深い愛情を惜しみなく受け、もうこれ以上自分が悩む必要はないと気持ちを切り替えたのだ。
まだシェラに対して燻る気持ちは正直あるが、彼女がいたからディアルトが助かったのは事実だ。
恋愛的なあれこれと、治癒術士が王太子の怪我を治してくれたという事実は、切り離して考えるべき。リリアンナはそう判断した。
彼女の帰還に、砦中の騎士と兵士が声を上げ、地が轟くほどの騒ぎになる。
「俺らの英雄だ!」
「英雄リーズベット様の娘は、やっぱり英雄だった!」
「俺たちには戦女神がついてるぞぉ!」
皆が口々にリリアンナを褒め称えるなか、彼女は困ったように笑って手を振っていた。
髪の一筋も乱れておらず、いつも通り美しいのがより士気を高める。
砦の前まで戻ってきたリリアンナが馬から下りると、ドッと詰め寄った騎士たちが彼女を胴上げにした。
「ま……っ、待ってください! まだ戦に勝った訳では……っ」
戸惑うリリアンナの言うことを聞かず、興奮状態の騎士たちは彼女を天高く放り投げる。胴上げに伴って、リリアンナに触れられるのも嬉しいのだろう。
「ちょ……っ、お前たち、やめるんだ! リリィは俺の……っ」
屋上まで行ってリリアンナの勇士を見守っていたディアルトは、足を引きずっているため地上に戻るのが遅かった。
ディアルトがやっと砦前まで着いた頃には、リリアンナは既に狂乱と言ってもいいほどの渦中にいる。
「はぁー……。やれやれ……」
リリアンナを他の男の誰にも触らせたくないディアルトは、「仕方がない」というように苦笑いをした。
「凄い女性ですね」
ディアルトの隣から声がし、横を見るとウォーリナの治癒術士シェラが立っていた。
リリアンナが彼女に嫉妬していたのを思い出し、ディアルトはシェラから一歩離れる。
「私も……あんな風に堂々と光り輝く女性になってみたかったです。私にできるのは、傷を癒やすことだけですから」
一躍英雄となったリリアンナを見て、シェラは眩しそうに目を細める。
それを聞いて、ディアルトはリリアンナの気持ちを考えた。リリアンナもきっと、「なれるなら粛々としたレディになってみたいです」と言うだろう。
お互い、無い物ねだりなのだ。
「ディアルト様?」
ディアルトがシェラを見て意味深に微笑んでいるので、シェラがいぶかしげな顔をする。
そんな彼女に、ディアルトは微笑んだ。
「それ、リリアンナに直接言ってみたらどうだ? きっと彼女も似たようなことを考えているかもしれないから」
「……そう、ですか?」
二人の視線の先ではリリアンナようやっと胴上げから解放され、捨て犬のような顔でジッとこちらを見ていた。
「リリアンナ! おいで!」
だがディアルトが声をかけると、リリアンナはパッと表情を明るくし、軽やかに走って主の元へ戻って来た。
やっと胴上げから解放されたかと思えば、ディアルトは例のシェラという女性と話している。
何だか親密そうな雰囲気なので声を掛けるのも、近寄るのもはばかられた。
けれどこちらに気づいたディアルトが「おいで」と言ってくれたので、リリアンナは素直に彼に駆け寄った。
本当は誰よりも一番に、ディアルトに勝ちの報告をしたかったのだ。
「殿下、無事お役目を果たしました。これで明日の作戦の決行も、許可してくださいますね?」
「分かったよ。それより今はちゃんと休みなさい。怪我はしてないか?」
「はい、大丈夫です」
一通りディアルトと会話をしてから、リリアンナはシェラに向き直りペコリと頭を下げた。
「殿下を手厚く看病して頂き、ありがとうございます。殿下の護衛として、厚く御礼申し上げます」
本当はシェラという女性に対して、嫉妬混じりのモヤモヤとした感情がある。
彼女が自分より女性らしい姿や雰囲気をしていることもあり、リリアンナは必要以上に自分を卑下し、シェラと比べてしまっていた。
だが荒野でディアルトにバラを捧げられ、自分が抱えていた秘密も打ち明けた。
ディアルトの深い愛情を惜しみなく受け、もうこれ以上自分が悩む必要はないと気持ちを切り替えたのだ。
まだシェラに対して燻る気持ちは正直あるが、彼女がいたからディアルトが助かったのは事実だ。
恋愛的なあれこれと、治癒術士が王太子の怪我を治してくれたという事実は、切り離して考えるべき。リリアンナはそう判断した。
3
お気に入りに追加
471
あなたにおすすめの小説


「君を愛するつもりはない」と言ったら、泣いて喜ばれた
菱田もな
恋愛
完璧令嬢と名高い公爵家の一人娘シャーロットとの婚約が決まった第二皇子オズワルド。しかし、これは政略結婚で、婚約にもシャーロット自身にも全く興味がない。初めての顔合わせの場で「悪いが、君を愛するつもりはない」とはっきり告げたオズワルドに、シャーロットはなぜか歓喜の涙を浮かべて…?
※他サイトでも掲載中しております。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。

蔑ろにされた王妃と見限られた国王
奏千歌
恋愛
※最初に公開したプロット版はカクヨムで公開しています
国王陛下には愛する女性がいた。
彼女は陛下の初恋の相手で、陛下はずっと彼女を想い続けて、そして大切にしていた。
私は、そんな陛下と結婚した。
国と王家のために、私達は結婚しなければならなかったから、結婚すれば陛下も少しは変わるのではと期待していた。
でも結果は……私の理想を打ち砕くものだった。
そしてもう一つ。
私も陛下も知らないことがあった。
彼女のことを。彼女の正体を。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。
五月ふう
恋愛
リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。
「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」
今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。
「そう……。」
マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。
明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。
リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。
「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」
ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。
「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」
「ちっ……」
ポールは顔をしかめて舌打ちをした。
「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」
ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。
だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。
二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。
「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
【完結】お飾りの妻からの挑戦状
おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。
「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」
しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ……
◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています
◇全18話で完結予定
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる