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無い物ねだり

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 リリアンナがファイアナの軍をあらかた片付け、撤退まで追い込んで砦に戻ったのは、昼頃だった。
 彼女の帰還に、砦中の騎士と兵士が声を上げ、地が轟くほどの騒ぎになる。

「俺らの英雄だ!」
「英雄リーズベット様の娘は、やっぱり英雄だった!」
「俺たちには戦女神がついてるぞぉ!」

 皆が口々にリリアンナを褒め称えるなか、彼女は困ったように笑って手を振っていた。
 髪の一筋も乱れておらず、いつも通り美しいのがより士気を高める。
 砦の前まで戻ってきたリリアンナが馬から下りると、ドッと詰め寄った騎士たちが彼女を胴上げにした。

「ま……っ、待ってください! まだ戦に勝った訳では……っ」

 戸惑うリリアンナの言うことを聞かず、興奮状態の騎士たちは彼女を天高く放り投げる。胴上げに伴って、リリアンナに触れられるのも嬉しいのだろう。

「ちょ……っ、お前たち、やめるんだ! リリィは俺の……っ」

 屋上まで行ってリリアンナの勇士を見守っていたディアルトは、足を引きずっているため地上に戻るのが遅かった。
 ディアルトがやっと砦前まで着いた頃には、リリアンナは既に狂乱と言ってもいいほどの渦中にいる。

「はぁー……。やれやれ……」

 リリアンナを他の男の誰にも触らせたくないディアルトは、「仕方がない」というように苦笑いをした。

「凄い女性ですね」

 ディアルトの隣から声がし、横を見るとウォーリナの治癒術士シェラが立っていた。
 リリアンナが彼女に嫉妬していたのを思い出し、ディアルトはシェラから一歩離れる。

「私も……あんな風に堂々と光り輝く女性になってみたかったです。私にできるのは、傷を癒やすことだけですから」

 一躍英雄となったリリアンナを見て、シェラは眩しそうに目を細める。
 それを聞いて、ディアルトはリリアンナの気持ちを考えた。リリアンナもきっと、「なれるなら粛々としたレディになってみたいです」と言うだろう。
 お互い、無い物ねだりなのだ。

「ディアルト様?」

 ディアルトがシェラを見て意味深に微笑んでいるので、シェラがいぶかしげな顔をする。
 そんな彼女に、ディアルトは微笑んだ。

「それ、リリアンナに直接言ってみたらどうだ? きっと彼女も似たようなことを考えているかもしれないから」
「……そう、ですか?」

 二人の視線の先ではリリアンナようやっと胴上げから解放され、捨て犬のような顔でジッとこちらを見ていた。

「リリアンナ! おいで!」

 だがディアルトが声をかけると、リリアンナはパッと表情を明るくし、軽やかに走って主の元へ戻って来た。




 やっと胴上げから解放されたかと思えば、ディアルトは例のシェラという女性と話している。
 何だか親密そうな雰囲気なので声を掛けるのも、近寄るのもはばかられた。

 けれどこちらに気づいたディアルトが「おいで」と言ってくれたので、リリアンナは素直に彼に駆け寄った。
 本当は誰よりも一番に、ディアルトに勝ちの報告をしたかったのだ。

「殿下、無事お役目を果たしました。これで明日の作戦の決行も、許可してくださいますね?」
「分かったよ。それより今はちゃんと休みなさい。怪我はしてないか?」
「はい、大丈夫です」

 一通りディアルトと会話をしてから、リリアンナはシェラに向き直りペコリと頭を下げた。

「殿下を手厚く看病して頂き、ありがとうございます。殿下の護衛として、厚く御礼申し上げます」

 本当はシェラという女性に対して、嫉妬混じりのモヤモヤとした感情がある。
 彼女が自分より女性らしい姿や雰囲気をしていることもあり、リリアンナは必要以上に自分を卑下し、シェラと比べてしまっていた。
 だが荒野でディアルトにバラを捧げられ、自分が抱えていた秘密も打ち明けた。
 ディアルトの深い愛情を惜しみなく受け、もうこれ以上自分が悩む必要はないと気持ちを切り替えたのだ。

 まだシェラに対して燻る気持ちは正直あるが、彼女がいたからディアルトが助かったのは事実だ。
 恋愛的なあれこれと、治癒術士が王太子の怪我を治してくれたという事実は、切り離して考えるべき。リリアンナはそう判断した。
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