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バカだなぁ

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(……私は、……何てことを……)

 ディアルトは起き上がり、手をついて座る場所をずらしてリリアンナの傍らに座り直した。ポン、とリリアンナの膝に触れ、いつもなら膝当てに守られているそこをポンポンと撫でる。

「リリィ。俺は人生に無駄なことなんて一つもないと思っている。運命の悪戯があって、他人から見れば無為に過ごす時間があったとしよう。だがそれもまた、俺を培う大事な時間になると思っている」

 どこまでも前向きなディアルトの言葉に、リリアンナは打ちのめされる。
 自分がディアルトの力を奪ってしまったからと言って、リリアンナは心のどこかで「殿下はお可哀想なお方」と決めつけてしまっていた。
 その気持ちはリリアンナの忠誠心を揺るぎないものにしたかもしれない。
 だが同時に、好きな人の誇りや矜持を根本から否定する思いだ。

「……申し訳、ございません……でした」

 項垂れるリリアンナの頭を、ディアルトはポンポンと優しく撫でた。

「君の護衛を受けて王宮で過ごした十二年間、俺はとても幸せだった。大好きな女の子が俺だけを見てくれるんだ。毎日俺のために起きて、俺のために色々考えて。俺のために怒ったり、笑ったりしてくれる。そんな愛情に溢れた日々を、俺は不幸だと思わない」
「……っ、でん、……か」

 どこまでも優しく愛情に満ちた言葉に、リリアンナは肩を震わせ熱い涙を零していた。
 自分を正当化するためにディアルトに『不幸』のレッテルを貼ってしまっていたリリアンナに比べ、ディアルトはどこまでも純粋な気持ちで包み込んでくれる。
 彼の優しさや包容力に触れるたび、リリアンナは自分がとても恥ずかしくなった。

 日々懸命にディアルトのために生きているつもりでも、気が付けば彼の両手に包まれ、彼の掌の上で奮闘しているだけなのだ。
 悲しくなるほど優しいディアルトの愛に、――リリアンナは首を横に振りボロボロと涙を零す。

「っどうしてあなたは……、そこまで……っ」

 止めどなく涙が溢れ、頬を伝っては顎から滴ってディアルトの手の上に落ちる。

「もしかして、リリィが俺の求婚に応えてくれなかったのは、これが原因か? 俺に対して『申し訳ない』って思っていたから、『自分は相応しくない』なんて思ってた?」

 そこまで見透かされ、リリアンナはもう何も言えない。
 少女のように嗚咽し、無言で頷く。

「……バカだなぁ。どうしてそこで遠慮するんだ? 君は俺のことが好きなんだろ? だったら自分の心に素直になって、応えてくれないと」

 頭が撫でられ、心地いい声が耳朶を打つ。

「確かに俺は生まれた時は精霊を見ることができていた。でも五歳の時。……君が生まれた日に、体中からすべての力を失った」

(やっぱり……)

 リリアンナの肩が、ヒクッと震える。

「でもそれは、決して君のせいなんかじゃない。精霊が君を選んだんだ。父を守っていた風の意志は、きっと父が強く想っていたリーズベットさんを通じ、君に辿り着いたんだろう」
「でも……っ」

 何か言いかけたリリアンナの唇に、ディアルトはそっと指を押しつけ黙らせた。

「風の意志は、『守りたい』という気持ちの強い者を選ぶ。代々それは国を思う国王に継がれてきたが、俺の父は国を思うよりリーズベットさんを想う気持ちのほうがが強かったようだ」
「…………」

 ただただ、居たたまれない。

 ウィリアにはシアナという妻がいる。それなのにディアルトは自分の父がリーズベットを想っていたことを、肯定している言葉を言うのだ。

「私の母さえ、先王陛下をお守りしていなければ……っ」

 子供がいやいやをするように首を振るリリアンナを、ディアルトはただ優しく慰める。

「父はちゃんと母と俺を愛していた。でもそれ以上に、リーズベットさんを強く想っていた。それは異性を思う愛情よりも、もっと深いものだったんだろう。共に戦場を駆け抜けたからこそ、信頼と共に自分の力を与えてもいいと思ったんだろう。それに父は母を信頼し、宮殿や俺の教育や成長も任せていた。母も俺も、のびのびと自由な父が好きだったし、自ら動いて国のために働く父とリーズベットさんが好きだった」

 家族としての信頼があったとしても、リリアンナがディアルトから王になるための力を奪い、リーズベットがウィリアの命を守りきれなかったのは確かだ。

「殿下が王座につけるのなら、私はこの力も命も! 差し出せるのに……!」

(どうして私の体に風の意志が宿ったの!? 殿下を王太子のままにしておく力など、欲しくなかった!)

 悲痛に叫んで、リリアンナは肩を震わせる。
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