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足手まといです

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 同時刻、砂上。

「……今の女は……」

 豪奢な馬車の中で、ファイアナの王カンヅェルは目を瞬かせていた。
 急に強い精霊の力がグングン近づいてきたかと思うと、目の前に絶世の美女の幻がフワッと浮き上がった。
 あちらも驚いたような顔をしていたので、こちらに気付かれるのは予想外だったのだろう。
 とっさにカンヅェルを守る火の精霊が働き、追い払ったが――。

「俺に干渉してくるほどなら、同等の使い手か」

 唸るように低く言い、長い脚を伸ばしながらカンヅェルは腕を組む。

 燃えるような赤い髪、それに日に焼けた肌に逞しい体。男ながらに色気がだだ漏れるカンヅェルは、国王でありながら独身の三十歳だ。
 周囲にそろそろ結婚をと言われながら、ついつい女遊びが収まらない。
 父の代から戦争が続いていて、カンヅェルは十三年前に即位した。

 戦争のさなか話し合いのテーブルで因縁の争いが起こり、カンヅェルの父とウィンドミドルの前国王、そしてその護衛の女騎士が亡くなった。
 その後にカンヅェルは新国王としてファイアナを治め、ウィンドミドルは先王の弟が治めている。

「……火の意志は、父が亡くなって俺に宿った。風の意志は先王が死んで、今の国王に受け継がれているはずだがな……」

 しかし今感じた巨大な力は、自分と比べてもなんら遜色のないものだ。
 目を眇めて考え込むカンヅェルは、水晶のアミュレットが嵌まった額を、トントンと指で打っていた。

**

「では、応援部隊の本陣が到着するまで、私が時間を稼ぎます」

 きっぱりと自分の意志を言いのけるリリアンナがいるのは、会議室だ。

 リリアンナのゴリ押しに、ディアルトは手で額を押さえてしかめっ面をしていた。
 もちろんディアルトがいる手前、騎士団長をはじめ上層部の面々も、リリアンナの案に最初は反対していた。しかしリリアンナの意見も正しいと言えば正しい。
 いわく、本陣が辿り着いて総力戦になるまでは、元気で力が有り余っているリリアンナが出て、他の騎士や兵士たちの力を温存しておくと言うのだ。
 リリアンナが文字通り一人だけ戦場に出るのではなく、彼女が選んだ精鋭が陣を組む。
 総力戦の時もリリアンナは自分が一番に切り込むつもりでいて、その予行練習として明日戦っておきたいと言うのだ。

「だからリリアンナ。それは君の負担が大きすぎる」
「殿下は私を何だと思っておられるのですか! お飾りの護衛と思えば大間違いです!」

 ディアルトが意見しても、一度王妃の前で歯向かう勇気を得たリリアンナは怯まない。リリアンナはもともと勝ち気で意志の強いだったが、ディアルトは正直リリアンナが〝変わった〟瞬間を見ておらず、謁見の間でのあの瞬間にも立ち会っていないので戸惑い顔だ。

「いいですか? 私は疲弊した一個師団を優に上回る力を持っています。それを使わないでおくのは、我ながら宝の持ち腐れと思います」
「リリアンナ。君が強いは知っているが、あまり過信すると身の破滅になるぞ」

 首を振るディアルトに、逆にリリアンナがかぶりを振る。

「いいえ。過信ではありません。私は力を解放すれば、本当にそれぐらいの力を持っているのです」
「だとしたらそれは……。王の器になる規模だろ」

 誰かが呟いた言葉を聞きつつ、リリアンナはこれ以上ない真剣な顔で地図を睨む。

「……殿下。どうか私を信じてください。私はあなたに勝利をお約束します」

 懇願するリリアンナの声に、会議室の椅子に座ったディアルトは両手を組んで額につけた。俯くような姿勢でフー……と長く重たい溜め息をつき、しばらく沈黙する。
 会議室にいる上層部の軍人たちも、正直リリアンナの言葉を信じていいのか分からないという顔をしていた。
 やがてディアルトがハァッと息を吐ききり、顔を上げた。

「……駄目だった時に備えて、控えの部隊を用意する。君が無茶をしないように、俺も同行する。これが条件だ」

 低い声で告げるディアルトに、今度はリリアンナが渋面になった。

「殿下は砦にいらしてください」
「リリアンナ」
「……足手まといです」

 シン……と水を打ったように場が静まりかえり、気まずい空気になる。
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