【R-18版】薔薇の執念~秘密を抱えた令嬢騎士は王太子のしつこい告白にほだされる

臣桜

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来ちゃった、かぁ

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 ――だが、ここは戦場の救護室だ。

 痴話喧嘩などしている場合ではない。そんなことのために、自分は王妃に刃向かって王都を出た訳ではない。
 一瞬の間で自分にそう言い聞かせると、リリアンナは努めて冷静に声を出した。

「お勤めご苦労様です。私はリリアンナ。王都より駆けつけました殿下の護衛です。後は私が引き受けますので、貴女は他の負傷者をお願いします」
「……失礼、致しました」

 ウォーリナの女性はばつの悪そうな顔で一礼をすると、リリアンナの脇を通り抜け退室していく。
 去り際の女性からフワッといい匂いがし、リリアンナは生まれて初めて同性に劣等感を覚えた。

「…………」

 はぁ、と溜め息をつき、リリアンナは少し躊躇ってからベッド横の椅子に腰掛けた。つい先ほどまで女性が座っていた温もりがあり、その音頭が惨めさを味わわせる。

 ディアルトは寝たままで、一年近くぶりに見る彼の顔はやはりやつれていた。
 顔色も悪く、目の下に寝ていても分かるクマがある。頬はこけている……という程ではないが、顔の輪郭がシャープになっていた。髪の毛も伸びているし、一応髭を整えた形跡はあるが、無精髭がある。
 ブラシを通したのか分からないディアルトの髪の毛を撫で、リリアンナは苦笑する。

「……綺麗な、女性(ひと)でしたね。女性らしくたおやかな雰囲気で……。殿下を怒鳴ったり邪険にしたり、乱暴をしなさそうな人でした」

 そう呟くと、もっと惨めになる。

「……ですが私はあの女性を見たからと言って、ここで引き下がるような殊勝な女ではありません。私は殿下に暇を命じられるまで、何があってもお側にいます」

 ディアルトの手は毛布からはみ出たままだ。
 記憶にあるより傷が増えたその手を、リリアンナは優しく握った。

「……温かい。生きておられるのですね、殿下」

 その温度に触れただけで――駄目だった。

 目の奥が熱くなり、ブワッと涙がこみ上げる。ディアルトに会いたいと思って堪えてきたこの一年の想いが、熱い雫となって頬を零れ落ちた。
 頭部に傷があるのか、ディアルトの頭には包帯が巻かれてある。毛布の下にある体は服を着ていないようで、晒された肩から胸板にかけても包帯があった。

「……あなたは、王座に座るべき人なんですから。そんな姿ではいけません」

 ディアルトの手を握って額に押し当て、リリアンナは静かに嗚咽する。彼を起こさないように涙を流し、引き攣れた呼吸をして震える唇をディアルトの手に押しつけた。
 どれだけそうしていただろうか――。

 背中を丸めジッと悲しみと再会の喜びに堪えていたリリアンナは、自分の頭をフワフワと撫でる手に気付き、顔を上げた。

「え……」

 目の前で寝ていたはずのディアルトが、ぼんやりと目を開けている。

「……リリィ?」

 寝起きのかすれ声を出し、ディアルトは片手でリリアンナの頭から耳、頬を撫でる。

「……来ちゃった、かぁー……」

 間延びした声を出し、ディアルトは溜め息をつく。
 それからゆっくり起き上がろうとするので、リリアンナは慌てて手助けをした。
 毛布がハラリと落ち、ディアルトの上半身が晒される。やはり包帯が分厚く巻かれていたが、それ以外の場所にも傷跡があり、リリアンナは思わず顔をしかめる。

「白兵戦に混じられたのですか?」

 つい、咎めるような声が出てしまった。
〝いつものように〟自分の身の安全を管理しようとする護衛の声に、ディアルトは目を細める。

「そうした方が士気が上がると判断した時は、出ていたよ。後衛にいても攻撃魔法が飛んでくることもあるし、爆発の余波で飛んできた石とか木材の破片も降る。戦場にいて無傷でいようなんて、ハナから無理なんだ」

 何でもないことのように言うディアルトが痛ましい。
 ふ……と寝室の隅に目をやると、そこには見慣れたディアルトの甲冑があった。だがそれも傷だらけで、この一年でとても使い込まれている。

「……無茶をされましたね」

 立ち上がったリリアンナは、ディアルトの頭を抱き締めた。
 傷だらけのディアルトを慰めたいという行動だったが、ディアルトはまだどこか呆けた声で、それでも〝現実〟を指摘する。
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