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一陣の風が吹き抜けた後
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カダンは自身の子供たちを、不自由させず育てたつもりだと思っている。だが教育に関してはソフィアに一任してしまった。
子供が育ってゆく過程で、信頼を置く臣下から「王子殿下たちと王女殿下は、それぞれ進みたい道があるようです」と秘密裏に聞き知った。
果たして高度な教育は、子のためなのだろうか。
子が本当にやりたいことをやらせるのが、親としてあるべき姿ではないのか。
ある程度の教育を受けさせたあと、三人の子供はもう自分で様々なことを判断できる歳になっている。
バレルに王座への執着がないのも知っているし、ナターシャが暇さえあればペンを握り何かを書いているのも知っている。オリオが「早く戦争が終わって、もっと便利な文化になるよう研究がしたい」とぼやいているのも分かっている。
「未来は子供たちが握っています。我々がすべきは、子供たちのために平和な国を守ることではありませんか?」
ライアンの隣に、リーズベットが立っているような気がする。
太陽のように明るい笑顔を持つ、国の英雄。
強くカリスマ的な存在だった兄といつも一緒にいて、彼を守って戦死した美しい女性。
――かつて、彼女に憧れていた時代があった。
そして目の前には、若い時の彼女そっくりのリリアンナがいる。
愛しい人を救いたいと、彼女が全身全霊で叫んでいる。
若いころ兄とリーズベットの死を知って絶望した自分は、何もできなかった。しかし仮にも国王である今なら、自分にしかできないことがある。
決意し、カダンは静かに口を開いた。
「リリアンナの意見を取り入れよう。責任はすべて私が持つ」
「陛下!」
ソフィアの声に、カダンはやっと妻を見た。
「王妃の発言権を、しばらく剥奪する。君は少し好きにやりすぎた。私が大切にするのは自分の子供たちだけではない。兄が残した正当な王の血を、私は守る役目がある。それに今は仮の王であったとしても、私は国を守る責任がある」
今までまともに妻を見ようとしなかったせいか、自分の妻は美しいままに見えるが、同時にとても歪んだ顔をしているようにも見えた。
眉間に皺が寄り、目が釣り上がり、雰囲気がギラギラとしている。
結婚した当時は、もっと自分に寄り添ってくれた女性だったはずなのだが――。
「陛下、わたくしは……!」
「ソフィア。君には確認しなければならないことが沢山ある。私の耳にも入った、ディアルトの身に起きた数々の事故。ディアルトの食事に毒物が混入し、体調を崩した何回かの出来事。それらの裏付けに、君にも立ち会ってもらう」
今までは「自分の妻だから」と思って、決して見ようとしなかった『箱』の中身。
カダンはやっとその蓋に手をかけ、汚物が詰まった中身を見る勇気を出した。
それがかりそめにも王座に座っている自分ができる、最後の責務だ。
「陛下……」
呆然としたソフィアを尻目に、カダンはライアンに告げる。
「イリス家のライアンに命じる。先の会議で妥当とした数の騎士と兵を、今すぐに前線に向かわせよ。リリアンナはそれと共に前線に赴き、王子ディアルトを連れて戻ってくるように」
「はっ」
「はい!」
王らしい威厳に満ちた声に、ライアンとリリアンナは同時に返事をして踵を鳴らした。
「すぐに向かいます!」
リリアンナの声は、爽やかな風と共に謁見の間に響き渡った。そして彼女は荷物を持ち、ブーツの音を高らかにその場を去ってゆく。
一陣の風が吹き抜けた後は、新しい空気に変わるのだ。
子供が育ってゆく過程で、信頼を置く臣下から「王子殿下たちと王女殿下は、それぞれ進みたい道があるようです」と秘密裏に聞き知った。
果たして高度な教育は、子のためなのだろうか。
子が本当にやりたいことをやらせるのが、親としてあるべき姿ではないのか。
ある程度の教育を受けさせたあと、三人の子供はもう自分で様々なことを判断できる歳になっている。
バレルに王座への執着がないのも知っているし、ナターシャが暇さえあればペンを握り何かを書いているのも知っている。オリオが「早く戦争が終わって、もっと便利な文化になるよう研究がしたい」とぼやいているのも分かっている。
「未来は子供たちが握っています。我々がすべきは、子供たちのために平和な国を守ることではありませんか?」
ライアンの隣に、リーズベットが立っているような気がする。
太陽のように明るい笑顔を持つ、国の英雄。
強くカリスマ的な存在だった兄といつも一緒にいて、彼を守って戦死した美しい女性。
――かつて、彼女に憧れていた時代があった。
そして目の前には、若い時の彼女そっくりのリリアンナがいる。
愛しい人を救いたいと、彼女が全身全霊で叫んでいる。
若いころ兄とリーズベットの死を知って絶望した自分は、何もできなかった。しかし仮にも国王である今なら、自分にしかできないことがある。
決意し、カダンは静かに口を開いた。
「リリアンナの意見を取り入れよう。責任はすべて私が持つ」
「陛下!」
ソフィアの声に、カダンはやっと妻を見た。
「王妃の発言権を、しばらく剥奪する。君は少し好きにやりすぎた。私が大切にするのは自分の子供たちだけではない。兄が残した正当な王の血を、私は守る役目がある。それに今は仮の王であったとしても、私は国を守る責任がある」
今までまともに妻を見ようとしなかったせいか、自分の妻は美しいままに見えるが、同時にとても歪んだ顔をしているようにも見えた。
眉間に皺が寄り、目が釣り上がり、雰囲気がギラギラとしている。
結婚した当時は、もっと自分に寄り添ってくれた女性だったはずなのだが――。
「陛下、わたくしは……!」
「ソフィア。君には確認しなければならないことが沢山ある。私の耳にも入った、ディアルトの身に起きた数々の事故。ディアルトの食事に毒物が混入し、体調を崩した何回かの出来事。それらの裏付けに、君にも立ち会ってもらう」
今までは「自分の妻だから」と思って、決して見ようとしなかった『箱』の中身。
カダンはやっとその蓋に手をかけ、汚物が詰まった中身を見る勇気を出した。
それがかりそめにも王座に座っている自分ができる、最後の責務だ。
「陛下……」
呆然としたソフィアを尻目に、カダンはライアンに告げる。
「イリス家のライアンに命じる。先の会議で妥当とした数の騎士と兵を、今すぐに前線に向かわせよ。リリアンナはそれと共に前線に赴き、王子ディアルトを連れて戻ってくるように」
「はっ」
「はい!」
王らしい威厳に満ちた声に、ライアンとリリアンナは同時に返事をして踵を鳴らした。
「すぐに向かいます!」
リリアンナの声は、爽やかな風と共に謁見の間に響き渡った。そして彼女は荷物を持ち、ブーツの音を高らかにその場を去ってゆく。
一陣の風が吹き抜けた後は、新しい空気に変わるのだ。
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