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恐れながら

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 向かうのは中央宮殿。

 中央宮殿では、週の最初に戦地からの伝令により定期報告が行われる。謁見の間で戦況を報告し、書記官が軍会議にかけるための筆記をとる。貴族たちも参加し、今後ウィンドミドルの軍をどう動かしていくか、全員で考えるための集まりだ。
 その場にリリアンナは侵入するつもりだった。

 幸いイリス家の長女であり王家の守り手であるリリアンナは、そういう場に入っても咎められない立場だ。
 性別を問わず言うのなら、公爵家の長子で腕利きの騎士。そして王家の守り手。それだけでもリリアンナの発言力は大きい。

 重量のある荷物を背負い、リリアンナはしっかりと地を踏みしめて歩く。
 その日は曇りだったが、リリアンナの心は凪いでいた。

(私の心は今まで曇りだった。この空を晴らすような結果を手に提げて、必ず戻って来てみせる)

 やがて中央宮殿へ着くと、衛兵たちがリリアンナの姿を見て背筋を伸ばした。だが彼らはリリアンナが大きな荷物を持っているのを見て、怪訝そうな顔をする。

「ご苦労様です」

 挨拶をして二人の間を通り、リリアンナは勝手知ったる道を歩いていく。
 宮殿内部のどこを見ても、ディアルトとの思い出ばかりだ。
 彼の前線行きが決まった後、キスをされた廊下の柱を見てリリアンナは唇を引き結ぶ。
 謁見の間の前まで着くと、衛兵がやはり不思議そうな顔をしてリリアンナを見た。

「リリアンナ様。本日ご予定が?」

 主であるディアルトがいないのだから、彼らがリリアンナの来訪を疑問に思うのも無理はない。だがリリアンナは静かに笑い、いつもと変わりなく振る舞う。

「ええ。陛下に申し上げることがありまして、参りました」

 王都の軍部関係者は全員、リリアンナに絶対的な信頼を寄せている。衛兵たちも彼女がカダンに用があると言うのなら、その通りなのだろうと判断した。

「それでは、どうぞお入りください。現在報告が行われておりますので、お静かに」
「ありがとうございます」

 少し中の様子を窺い、衛兵は内部にいる者に合図をした。
 すると扉が細く開き、リリアンナはその間から身を滑り込ませた。
 謁見の間はいつもの面々が揃っていて、いつもディアルトと自分がいる場所には、軽装備の伝達部員が跪いていた。

「先週の死者は七名。重傷者は十五名。アイリーン砦はまだ我が軍が駐屯し守っていますが、危うい日には第一の壕まで敵が迫りました。このままでは勢いと数で劣った日は、壕を超される恐れもあります」

 シンとした空間に伝達部員の声が響き、秘書官がサラサラとペンを走らせる音がする。
 入ってきたリリアンナを「何の用だ?」という目で見る者たちがいたが、声にすることはなかった。
 伝達部員の報告が一通り終わったあと、相変わらず頭痛持ちのような顔をしているカダンが「ご苦労」とねぎらう。

「あの……、陛下。前線にいらっしゃる殿下から、応援はまだかとの催促が……」

 最後に伝達部員が恐る恐るというようにつけ加えると、高圧的なソフィアの声がした。

「軍会議では、まだ決定が出ておりません。満場一致の決が出ていないのに、大事な戦力を出す訳には参りません」

 高らかなソフィアの声にカダンの眉間の皺は一層深くなる。王子と王女たちは、それぞれ興味なさそうにどこかをぼんやり見ていた。
 ここだ、と思ったリリアンナはスッと息を吸い込み、腹の底から声を出す。

「恐れながら王妃殿下。それはまことでしょうか?」

 声を上げたリリアンナに、謁見の間にいた全員がざわついて彼女に注目した。
 その場に荷物を置き、リリアンナは跪いている伝達部員の所まで進み出る。
 ライアンは娘の様子を、その場から動かずじっと見守っていた。

「私が独自に手に入れた情報では、ほぼ八割以上の者が内心では前線に応援を送るべきと思っていると聞きました。それが王妃殿下の圧力で、自分が思っていることを口に出せず嫌々反対している。そう聞き及びましたが」

 今までのリリアンナはどこかへいった。そこには自分の望むままに口を開き、行動することを決めた意志ある人がいる。
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