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『いつも一緒にいよう』
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ディアルトが起きてシアナと共に朝食を取るのを見守り、リリアンナは主と一緒に中央宮殿に向かった。
謁見の間で、身ぎれいになったディアルトがカダンに報告をする。
「前線は私が思っていたより、ずっと酷い状況でした。ファイアナは四大精霊の中で最も高い攻撃力を誇る、火の精霊に守護されています。その火力は言わずもがなで、負傷者は火傷や爆発の余波での被害が大きいです」
謁見の間には王妃ソフィアと三人の王子と王女が前回同様にいる。大臣や貴族たちに混じって、リリアンナの父ライアンもいた。
「火の精霊に一番効果のある水の精霊は、ウォーリナからの援軍しかいません。その多くは負傷者を癒やす治癒術士で、水の攻撃ができる術士まで及びません。ウォーリナとしても、自軍の多くを動かすのは不安なのでしょう」
ディアルトの凛とした声はドーム状の空間に響き、その場にいる者の耳を打つ。
幾分やつれながらも、たっぷり休んだディアルトには気迫がある。
明日には彼はまた死地へ戻らなければいけない。その前に、少しでも前線の状況を分かってもらい、何とか対策をと訴えているのだ。
「我が風の国は、力の使いようによっては火の軍に効果的な勝ち方ができます。自然の風の向きを味方につけ、圧倒的な力があれば向かってくる火をすべて吹き返し、カウンターで全滅させることができます。いま足りないのは、その術士です。国内に駐屯させるべき人員は分かっていますが、もう少し前線に向かわせる術士を増やせないでしょうか?」
要望を口にし、ディアルトはカダンを見つめる。
王座に座っているカダンは、額に指先をやってしばらく考えていた。
やがて、苦しそうに答える。
「言いたいことは分かるつもりだ。だが私もこの場ですぐに返事をすることはできない。軍会議を行い、各地の駐屯兵の数などをすり合わせ相談しなければいけない」
本当ならカダンとて、ディアルトの訴えを聞き入れてやりたいのだろう。
だが王という存在は権限を持つ立場でありながら、様々なことを一人では決定できない。不可能ということではないが、それをしてしまえば「暴政」と言う者が現れる。
苦悩する王を前に、ディアルトは爽やかな笑みを浮かべた。
「分かっております。どうぞお早いご決断を。それまで私たちは、前線で堪えていますから」
「自分たちは戦いながら耐え忍ぶから、その間に上の方で決めることを決めて欲しい」と、ディアルトは目で訴える。
それにカダンが静かに、だが重々しく頷いた時――。
「殿下はまた前線に戻られるようで、わたくし感動で涙が出てしまいそうです」
例の芝居がかった口調でソフィアが声を張り、謁見の間中の人間の視線を集めた。
「この戦争が終わるまで、殿下は責任を持って前線でのお役目を果たしてくださるのですね。わたくしは殿下の国を思う気持ちに胸を打たれ、感動しております」
ソフィアの言葉に、リリアンナは唇を噛んだ。
誰もディアルトが戦争が終わるまで前線にいるなど、言っていない。
ここでソフィアが余計なことを言えば、またディアルトの立場が悪くなってしまう。
(――そんなに。……そんなに殿下が疎ましいのですか? 王妃殿下)
あまりの悔しさに、目の奥が熱くなって涙が零れそうだった。
グッと握りしめた拳は震え、リリアンナは大理石の床に敷かれた赤い絨毯を見つめる。
この場で大声を出し、思っていたことをすべて声にすれば良かったのかもしれない。
ただ、あまりに忠臣すぎるリリアンナは、自分が声を上げることでディアルトの立場が悪くなることを恐れた。
そして翌日、ディアルトは入れ替えの騎士たちと一緒に前線に戻っていった。
去り際にリリアンナに九本のバラ――『いつも一緒にいよう』という想いを残して。
謁見の間で、身ぎれいになったディアルトがカダンに報告をする。
「前線は私が思っていたより、ずっと酷い状況でした。ファイアナは四大精霊の中で最も高い攻撃力を誇る、火の精霊に守護されています。その火力は言わずもがなで、負傷者は火傷や爆発の余波での被害が大きいです」
謁見の間には王妃ソフィアと三人の王子と王女が前回同様にいる。大臣や貴族たちに混じって、リリアンナの父ライアンもいた。
「火の精霊に一番効果のある水の精霊は、ウォーリナからの援軍しかいません。その多くは負傷者を癒やす治癒術士で、水の攻撃ができる術士まで及びません。ウォーリナとしても、自軍の多くを動かすのは不安なのでしょう」
ディアルトの凛とした声はドーム状の空間に響き、その場にいる者の耳を打つ。
幾分やつれながらも、たっぷり休んだディアルトには気迫がある。
明日には彼はまた死地へ戻らなければいけない。その前に、少しでも前線の状況を分かってもらい、何とか対策をと訴えているのだ。
「我が風の国は、力の使いようによっては火の軍に効果的な勝ち方ができます。自然の風の向きを味方につけ、圧倒的な力があれば向かってくる火をすべて吹き返し、カウンターで全滅させることができます。いま足りないのは、その術士です。国内に駐屯させるべき人員は分かっていますが、もう少し前線に向かわせる術士を増やせないでしょうか?」
要望を口にし、ディアルトはカダンを見つめる。
王座に座っているカダンは、額に指先をやってしばらく考えていた。
やがて、苦しそうに答える。
「言いたいことは分かるつもりだ。だが私もこの場ですぐに返事をすることはできない。軍会議を行い、各地の駐屯兵の数などをすり合わせ相談しなければいけない」
本当ならカダンとて、ディアルトの訴えを聞き入れてやりたいのだろう。
だが王という存在は権限を持つ立場でありながら、様々なことを一人では決定できない。不可能ということではないが、それをしてしまえば「暴政」と言う者が現れる。
苦悩する王を前に、ディアルトは爽やかな笑みを浮かべた。
「分かっております。どうぞお早いご決断を。それまで私たちは、前線で堪えていますから」
「自分たちは戦いながら耐え忍ぶから、その間に上の方で決めることを決めて欲しい」と、ディアルトは目で訴える。
それにカダンが静かに、だが重々しく頷いた時――。
「殿下はまた前線に戻られるようで、わたくし感動で涙が出てしまいそうです」
例の芝居がかった口調でソフィアが声を張り、謁見の間中の人間の視線を集めた。
「この戦争が終わるまで、殿下は責任を持って前線でのお役目を果たしてくださるのですね。わたくしは殿下の国を思う気持ちに胸を打たれ、感動しております」
ソフィアの言葉に、リリアンナは唇を噛んだ。
誰もディアルトが戦争が終わるまで前線にいるなど、言っていない。
ここでソフィアが余計なことを言えば、またディアルトの立場が悪くなってしまう。
(――そんなに。……そんなに殿下が疎ましいのですか? 王妃殿下)
あまりの悔しさに、目の奥が熱くなって涙が零れそうだった。
グッと握りしめた拳は震え、リリアンナは大理石の床に敷かれた赤い絨毯を見つめる。
この場で大声を出し、思っていたことをすべて声にすれば良かったのかもしれない。
ただ、あまりに忠臣すぎるリリアンナは、自分が声を上げることでディアルトの立場が悪くなることを恐れた。
そして翌日、ディアルトは入れ替えの騎士たちと一緒に前線に戻っていった。
去り際にリリアンナに九本のバラ――『いつも一緒にいよう』という想いを残して。
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