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結婚だけはできないのです
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(いつからこんな風に、殿下がいなければ何もできない女になってしまったのかしら)
ずっと前から弱い自分がいることにうっすらと気付いていた。
――騎士だから主に忠実で当たり前。
――王家の守り手であるイリス家の誇りと矜持を守る。
――主を守り切れない守り手は、家の恥。
そんな風に「騎士だから、護衛だから、王家の守り手だから」と自分に理由をつけていたけれど――。本当は盲目的な恋心に気付くのが怖かっただけだ。
(私は……腑抜けになってしまっている。殿下にご心配をおかけし、シアナ陛下にもご心配をおかけして……。守るつもりが、守られている)
好物のオレンジのムースも、どこか味気なく感じられる。
「……まぁ、今のは例えばの話だけどね。俺はちゃんと戻ってくるから、その時は今まで通りの生活を送ろう」
「そう、……ですね」
力なく微笑んだリリアンナを見て、シアナが優しく笑い声を掛けた。
「リリアンナは泊まっていくのですって? 食べ終わったら二人でゆっくりなさい」
「はい!」
リリアンナの代わりにディアルトが元気に返事をし、女性二人が呆れた笑いを浮かべる。
夕食が終わった後、二人はディアルトの部屋に向かった。
**
「……これで、本当にいいのですか? 逆に寝づらくないですか?」
大きなベッドには山ほどクッションがある。夜着に着替えたリリアンナはクッションに体を預け、横座りをしていた。
そしてディアルトはその腰に抱きつくようにして、魅惑的な太腿に顔を載せている。
「ん、これがいい」
「……まったく。子供なのですから」
呆れつつもディアルトの髪を撫でると、彼が太腿に頬ずりをする。
おまけに彼の手はいたずらに動き、リリアンナの太腿や膝をまさぐり、ネグリジェの隙間から手を入れようとしていた。
「おいたが過ぎると殴りますよ?」
「『叩きますよ?』じゃなくて『殴りますよ?』が、君らしいね」
「殿下は多少ボコボコにしても、差し支えのない方だと思っております」
「酷いな」
サラリと酷いことを言っても、ディアルトは笑うだけだ。
「母は、『貞操の危機を感じたら、相手が誰であろうが全力で歯向かいなさい』と言っていました。母も相手が国王陛下であろうと、そうしていたようです」
「あぁ……」
自分の父親と国の英雄だったリーズベットを思い出したのか、ディアルトが生ぬるく笑う。
彼がもう少し若く、ウィリアが存命の頃、父王から「若い日の苦い恋愛の思い出」として、リーズベットに迫っては返り討ちにあった話をされていたようだ。もちろんそれは、シアナとの縁談が舞い込む以前の話である。
「結婚したあかつきには、そういうことがないよう祈るばかりだよ」
「ですから……」
(結婚だけはできないのです)
そう言おうとして、リリアンナは口を噤んだ。
(反抗する言葉は殿下の癒やしにならないわ。私は殿下を優しく受け止めて、甘やかしてさしあげなければいけない)
「いい匂いだな。リリィ」
リリアンナの腰に顔を埋め、ディアルトが思い切り匂いを吸い込む。
「殿下は安定の変態ですね」
リリアンナは呆れ顔になり、溜め息をついてディアルトの髪を指で梳った。
「リリィ、髪が伸びたね」
薄目を開いたディアルトが、おろしてあるリリアンナの金髪を手に取る。絹糸のように細くしなやかな髪は、騎士団の男たちが一度は触れたいと望んでいるものだ。
「殿下が……。長い方が好みだと仰ったのではないですか」
「そうだよ。だから、言葉の通り伸ばしてくれているのが嬉しい」
毛先がクルリとカールしているリリアンナの髪を手に取り、ディアルトはその香りを嗅いでから口づける。
バラの香油で指通りがよくされていて、リリアンナの髪はサラサラでいい匂いがする。
リリアンナが騎士でありながらも淑女であるのを忘れないのは、ひとえにディアルトに女性だと思われたいからだ。
彼に対しては「私は護衛です」の一点張りだというのに、リリアンナはこういう点で二律背反な面を見せる。
ずっと前から弱い自分がいることにうっすらと気付いていた。
――騎士だから主に忠実で当たり前。
――王家の守り手であるイリス家の誇りと矜持を守る。
――主を守り切れない守り手は、家の恥。
そんな風に「騎士だから、護衛だから、王家の守り手だから」と自分に理由をつけていたけれど――。本当は盲目的な恋心に気付くのが怖かっただけだ。
(私は……腑抜けになってしまっている。殿下にご心配をおかけし、シアナ陛下にもご心配をおかけして……。守るつもりが、守られている)
好物のオレンジのムースも、どこか味気なく感じられる。
「……まぁ、今のは例えばの話だけどね。俺はちゃんと戻ってくるから、その時は今まで通りの生活を送ろう」
「そう、……ですね」
力なく微笑んだリリアンナを見て、シアナが優しく笑い声を掛けた。
「リリアンナは泊まっていくのですって? 食べ終わったら二人でゆっくりなさい」
「はい!」
リリアンナの代わりにディアルトが元気に返事をし、女性二人が呆れた笑いを浮かべる。
夕食が終わった後、二人はディアルトの部屋に向かった。
**
「……これで、本当にいいのですか? 逆に寝づらくないですか?」
大きなベッドには山ほどクッションがある。夜着に着替えたリリアンナはクッションに体を預け、横座りをしていた。
そしてディアルトはその腰に抱きつくようにして、魅惑的な太腿に顔を載せている。
「ん、これがいい」
「……まったく。子供なのですから」
呆れつつもディアルトの髪を撫でると、彼が太腿に頬ずりをする。
おまけに彼の手はいたずらに動き、リリアンナの太腿や膝をまさぐり、ネグリジェの隙間から手を入れようとしていた。
「おいたが過ぎると殴りますよ?」
「『叩きますよ?』じゃなくて『殴りますよ?』が、君らしいね」
「殿下は多少ボコボコにしても、差し支えのない方だと思っております」
「酷いな」
サラリと酷いことを言っても、ディアルトは笑うだけだ。
「母は、『貞操の危機を感じたら、相手が誰であろうが全力で歯向かいなさい』と言っていました。母も相手が国王陛下であろうと、そうしていたようです」
「あぁ……」
自分の父親と国の英雄だったリーズベットを思い出したのか、ディアルトが生ぬるく笑う。
彼がもう少し若く、ウィリアが存命の頃、父王から「若い日の苦い恋愛の思い出」として、リーズベットに迫っては返り討ちにあった話をされていたようだ。もちろんそれは、シアナとの縁談が舞い込む以前の話である。
「結婚したあかつきには、そういうことがないよう祈るばかりだよ」
「ですから……」
(結婚だけはできないのです)
そう言おうとして、リリアンナは口を噤んだ。
(反抗する言葉は殿下の癒やしにならないわ。私は殿下を優しく受け止めて、甘やかしてさしあげなければいけない)
「いい匂いだな。リリィ」
リリアンナの腰に顔を埋め、ディアルトが思い切り匂いを吸い込む。
「殿下は安定の変態ですね」
リリアンナは呆れ顔になり、溜め息をついてディアルトの髪を指で梳った。
「リリィ、髪が伸びたね」
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リリアンナが騎士でありながらも淑女であるのを忘れないのは、ひとえにディアルトに女性だと思われたいからだ。
彼に対しては「私は護衛です」の一点張りだというのに、リリアンナはこういう点で二律背反な面を見せる。
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