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なんて醜いのかしら
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「あれ? もしかして匂うかな? 一応清潔にしていたんだけど」
だがディアルトは別のことを気にし、クンクンと自分の腕を上げて体臭を確認しだす。
「そうじゃない……です。お疲れかと思って」
思わず苦笑したリリアンナは、ディアルトが担いでいた荷物を受け取ろうと一歩進む。
「……痩せたね」
そんなリリアンナにディアルトが声を掛け、切なそうに笑う。
「……申し訳ございません。体調管理が至りませんでした」
言葉のまま、リリアンナはまっすぐに自分の至らなさを詫びる。
ディアルトが心配しているのは個人としてのリリアンナだとしても、まず護衛である自分が不抜けていたことを主人に詫びたかった。
「心配してた?」
「……はい」
けれど次の問いには、リリアンナという個人としてコクンと頷く。
立ち止まっている二人の横を、隊列がゆっくりと通ってゆく。
いつもなら嫉妬混じりのブーイングを上げるのに、騎士たちは優しい眼差しで二人を見守っている。
「おいで」
主人を前に喜びを表現していいか迷っている忠犬のようなリリアンナの前で、ディアルトが「抱きついていいんだよ」と両腕を広げた。
リリアンナは少し迷ってから――、今まで我慢していたものを開放するかのように、どっとディアルトに抱きついた。
(殿下の……匂い)
彼の甲冑とアンダーウェアから、ディアルトの体臭と微かな汗の匂いがする。だが決して不快さはなく、リリアンナは自分を変態だろうかと悩みつつも密かに彼の体臭を堪能する。
今だけは大勢の前で抱き締められても、ディアルトを怒鳴りつける気力はない。
「リリィ、会いたかった」
「……心配、していました」
久しぶりにディアルトを抱き締めると、彼もまた体型が変わっているような気がした。やつれているとはまた違うが、体がより引き締まり無駄な肉がなくなっている雰囲気がある。
「ちゃんと食べないと駄目だよ? 大事な体なんだから」
「……身ごもっているようなことを言わないでください」
思わず言い返したリリアンナに、ディアルトはいつものように柔らかく笑った。
「ふふ。いつものリリィだ」
「殿下はお怪我を召されていませんか?」
「ああ、大丈夫。多少やつれているが、ピンピンしてるよ」
そう言ってディアルトはリリアンナを離し、穏やかに笑う。
(あ……)
いつものように笑ったつもりのディアルトの中に、リリアンナは様々な感情を見いだし、何があったのか想像する。
ディアルトは傷ついた顔をしていた。だがそれをリリアンナに悟られないように、懸命にいつもの優しさや飄々とした雰囲気で誤魔化そうとしている。
彼が赴いた場所――戦地で恐らくとても厳しい命のやり取りがあったのだろう。
王太子であるディアルトが、白兵戦を強いられたとは思いたくない。ディアルト以外の騎士や一般兵は、全員精霊術を行使できる。おまけに後方には術に特化した術士がいて、肉弾戦の騎士たちを常にサポートしているはずだ。
リリアンナの十九歳の弟も、術士として戦地にいる。
ある程度の身分を持つ者は、砦や後方で安全を約束されている。だがその砦の中にはもちろん怪我を負った者が寝かされる救護室などもあるのだろう。ウォーリナの治癒術士がいたとしても、全員を救える訳ではない。
手の間からすり抜けた命もあったのだろう。
(殿下がご無事なことについては、喜びたい。……でも)
ディアルトは精霊術を使えないからこそ、より戦地で自分の無力さを嘆いたのではないだろうか。
「……約束、守ってくださったのですね」
だがリリアンナはディアルトが傷ついていることを理解していても、彼の無事を喜びたかった
(殿下が抱えているものを知りながら、約束を守って無事に帰ってきてくださったことを喜ぶ私は、なんて醜いのかしら)
――同時に、自己嫌悪が募る。
「結婚してくれる?」
そんなリリアンナの心中を察し、励ますかのようにディアルトが軽く求婚してくる。
「まだ諦めていらっしゃらないのですね」
「当たり前だ。俺はリリィと結婚するまで諦めないぞ」
そう言ったディアルトに手を差し出され、リリアンナは彼の手を握り返す。
だがディアルトは別のことを気にし、クンクンと自分の腕を上げて体臭を確認しだす。
「そうじゃない……です。お疲れかと思って」
思わず苦笑したリリアンナは、ディアルトが担いでいた荷物を受け取ろうと一歩進む。
「……痩せたね」
そんなリリアンナにディアルトが声を掛け、切なそうに笑う。
「……申し訳ございません。体調管理が至りませんでした」
言葉のまま、リリアンナはまっすぐに自分の至らなさを詫びる。
ディアルトが心配しているのは個人としてのリリアンナだとしても、まず護衛である自分が不抜けていたことを主人に詫びたかった。
「心配してた?」
「……はい」
けれど次の問いには、リリアンナという個人としてコクンと頷く。
立ち止まっている二人の横を、隊列がゆっくりと通ってゆく。
いつもなら嫉妬混じりのブーイングを上げるのに、騎士たちは優しい眼差しで二人を見守っている。
「おいで」
主人を前に喜びを表現していいか迷っている忠犬のようなリリアンナの前で、ディアルトが「抱きついていいんだよ」と両腕を広げた。
リリアンナは少し迷ってから――、今まで我慢していたものを開放するかのように、どっとディアルトに抱きついた。
(殿下の……匂い)
彼の甲冑とアンダーウェアから、ディアルトの体臭と微かな汗の匂いがする。だが決して不快さはなく、リリアンナは自分を変態だろうかと悩みつつも密かに彼の体臭を堪能する。
今だけは大勢の前で抱き締められても、ディアルトを怒鳴りつける気力はない。
「リリィ、会いたかった」
「……心配、していました」
久しぶりにディアルトを抱き締めると、彼もまた体型が変わっているような気がした。やつれているとはまた違うが、体がより引き締まり無駄な肉がなくなっている雰囲気がある。
「ちゃんと食べないと駄目だよ? 大事な体なんだから」
「……身ごもっているようなことを言わないでください」
思わず言い返したリリアンナに、ディアルトはいつものように柔らかく笑った。
「ふふ。いつものリリィだ」
「殿下はお怪我を召されていませんか?」
「ああ、大丈夫。多少やつれているが、ピンピンしてるよ」
そう言ってディアルトはリリアンナを離し、穏やかに笑う。
(あ……)
いつものように笑ったつもりのディアルトの中に、リリアンナは様々な感情を見いだし、何があったのか想像する。
ディアルトは傷ついた顔をしていた。だがそれをリリアンナに悟られないように、懸命にいつもの優しさや飄々とした雰囲気で誤魔化そうとしている。
彼が赴いた場所――戦地で恐らくとても厳しい命のやり取りがあったのだろう。
王太子であるディアルトが、白兵戦を強いられたとは思いたくない。ディアルト以外の騎士や一般兵は、全員精霊術を行使できる。おまけに後方には術に特化した術士がいて、肉弾戦の騎士たちを常にサポートしているはずだ。
リリアンナの十九歳の弟も、術士として戦地にいる。
ある程度の身分を持つ者は、砦や後方で安全を約束されている。だがその砦の中にはもちろん怪我を負った者が寝かされる救護室などもあるのだろう。ウォーリナの治癒術士がいたとしても、全員を救える訳ではない。
手の間からすり抜けた命もあったのだろう。
(殿下がご無事なことについては、喜びたい。……でも)
ディアルトは精霊術を使えないからこそ、より戦地で自分の無力さを嘆いたのではないだろうか。
「……約束、守ってくださったのですね」
だがリリアンナはディアルトが傷ついていることを理解していても、彼の無事を喜びたかった
(殿下が抱えているものを知りながら、約束を守って無事に帰ってきてくださったことを喜ぶ私は、なんて醜いのかしら)
――同時に、自己嫌悪が募る。
「結婚してくれる?」
そんなリリアンナの心中を察し、励ますかのようにディアルトが軽く求婚してくる。
「まだ諦めていらっしゃらないのですね」
「当たり前だ。俺はリリィと結婚するまで諦めないぞ」
そう言ったディアルトに手を差し出され、リリアンナは彼の手を握り返す。
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