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触れたい人が遠い

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 リリアンナがアリカの制止を振り切り、荷物をまとめて城門の方へ向かった頃、王都駐在の騎士たちは忙しく動き回っていた。

 これから帰ってくる者たちを迎えるためだろう、と思ったリリアンナは、すぐに自分も手伝いに入る。
 その頃のリリアンナの心を支配していたのは、自分への怒りだった。
 いつ自分の力が必要になるか、先のことを何も考えていなかった。
 ディアルトがすぐに戻ってくるだろうと高をくくり、戻って来ない日々をふぬけて過ごした。
 彼が去り際に言った通り、「いつもの通り」過ごしていたら、すぐにでも戦える体を保っていられたのに。

(騎士だという自負がある癖にこの体たらく。いざという時に役に立てずにどうするのか)

 唇は引き結ばれ、眉間には深い皺が刻まれる。
 心の中でゴウゴウと怒りの炎を燃やしていたリリアンナは、「私にできることを言ってください」と言って騎士たちの中に混じった。






 やがて最初の一人が城門をくぐり、駐在の騎士たちにねぎらわれる。

 最初に戻って来た者たちは、自力で馬に乗れる元気がある面々だった。だがそのうち馬上で苦しそうにどこかを押さえている者が目立ち始め、馬を失ったのか徒歩の者も混じり始める。

 リリアンナは用意されてあった水を片手に、「ご苦労様でした」と言葉をかけ、戻って来た者たちを迎えた。
 疲弊して戻って来た者たちは、眩しいものでも見る目つきでリリアンナを見て、「ありがとうございます」と笑みを零す。中には「相変わらずお美しい」と、泣き出す者もいた。
「殿下は?」と聞きたいが、彼らがそれどころではないのはリリアンナだって分かっている。

 同盟国の水の精霊の守護があるウォーリナの術士は、回復術が使える。
 しかし術士や救護班の手が行き届かないほど、帰還した兵は負傷者で溢れ返っていた。

(きっと前線では、回復や救護が追いついていないのかもしれない)

 そこここに座り込んでいる騎士や兵士を見て唇を噛んだ時、トントンと誰かがリリアンナの背中をつついた。

「はい?」

 振り向くと、ケインツが立っている。
 微笑んだ彼が指差した先を見ると――。

「……殿下!」

 ずっと向こうに馬を引く男性の姿がある。
 目のいいリリアンナには、それがすぐ自分の馬に負傷者を乗せたディアルトだと分かった。
 その時どんな感情が湧き起こったのか、リリアンナ自身も自覚していない。

(殿下!)

 ただ足が勝手に動き、地を蹴った。
 いつもなら素晴らしいスピードで走れるのに、体力が落ちて甲冑が重い。

 ――歯がゆい。
 ――触れたい人が遠い。

 それでも腿を上げ、体中の筋肉を総動員させてリリアンナは駆けた。

「……リリィ!」

 自分に向かって真っ直ぐ駆けてくるリリアンナに気付き、ディアルトが笑顔を浮かべる。
 馬上の怪我人に一言何か告げ、彼も走りだした。

「リリィ! 元気だったかい?」

(あ……)

 あと数歩で抱き合える距離になって、リリアンナは急に足を止めた。
 周りの者も思わずいぶかしげな顔になる。
 これまでの勢いなら、飛びついて抱擁を交わしてももおかしくない。誰もがそう思っていたのに、期待していた展開にならず全員困惑顔だ。

「どうした? リリィ」

 きょとんとしているディアルトは、まばらに無精髭を生やし、頬や顔の輪郭が幾分シャープになっている。
 人前なのに「リリィ」と愛称で呼んでくる彼からは、会いたかったという雰囲気がだだ漏れていた。リリアンナだって感情のままにディアルトに抱きつき、心配した気持ちをぶつけたい。
 だがその前に、ギリギリの部分でリリアンナの理性が勝ってしまった。

(このまま抱きついてしまえば、疲弊している殿下に負担をかけてしまうわ)

 なんともリリアンナらしい律儀さを発揮し、彼女は抱きつかない代わりにどうやってディアルトを迎えるべきか一瞬考える。
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