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キスで誤魔化さないでください

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 だがバレルにリリアンナを宛がおうという話の流れを、ディアルトが許さなかった。

「妃殿下、リリアンナは私だけの護衛係です。それに先ほども申し上げた通り、この国最大の公爵家イリス家の大事な長女です。契約にないことをさせれば、そこにいるライアン閣下にも角が立ちます。何とぞ私の不在中は、リリアンナには普通のレディとしての生活を送らせてください」

 きっぱりと言ったあとディアルトが深く頭を下げ、謁見の間がシンとする。
 ライアンとはリリアンナの父で、この国の軍部の頂点に立つ男だ。
 ライアンは重鎮らしく、一連の会話に動揺した様子を見せなかった。それでもディアルトの言葉を受け、父は微かに頷いたような気がした。
 さすがにソフィアもライアンの名前を出されては強く出られないのか、頷いてみせた。

「……良いでしょう。リリアンナ、殿下が戦地に赴いている間は普通のレディとしてお過ごしなさい」
「……はい」

 ソフィアの鷹揚な声と目線に、リリアンナはすべてを押し殺して礼をする。

(ここは我慢しなければ。私の立場が犬猫のように軽く扱われたとしても、殿下の心象をこれ以上悪くしてはいけない)

「……今日はここまでだ。みな解散しろ」

 カダンが宰相に持たせていたウィンドミドルの王錫を手に持ち、ドン、と床を鐺で鳴らす。
 一旦空気が切り替わったところで、カダンはまた叔父の顔に戻って話し掛けてきた。

「ディアルト、食事でもしないか? 勿論リリアンナも一緒に」

 食事に誘われ、ディアルトはニコリと微笑んで快諾した。

「ええ、喜んで。リリアンナをドレスに着替えさせて、後ほど参ります」
「では一度解散」

 疲れを隠せないカダンの声に、ディアルトとリリアンナは一礼をして踵を返す。
 内心ディアルトに何から言ってやろうかと思っていたが、今はこの場を離れるのが先だ。

「疲れたろう。ティーブレイクを取ってから向かおうか。君のドレスも選ばないとならないし」
「…………」

 何事もなかったかのように言うディアルトが理解できない。

(なぜそんな風に振る舞えるのです? 私をあっけなく手放そうとしたくせに)

 リリアンナの心情など知らず、ディアルトは廊下を進みながらのんきな事を口にする。

「そうだなぁ……ランチだし明るめの色のドレスがいいかな。アイボリーとか薄いブルーとか。いや、でも薄いピンクでも似合うな。若草色も捨てがたい」

 好き勝手にリリアンナのドレスの色を口にするディアルトに業を煮やし、リリアンナは思わず立ち止まった。

(っこの……!)

 立ち止まったリリアンナは、気づきなさいよと言わんばかりにディアルトを睨む。

「髪の毛は三つ編みにしてまとめて……。ああ、滅多に見られない君のドレス姿、すっごく楽し……ん?」

 そこでやっと、ディアルトはリリアンナが斜め後ろにいない事に気づいたようだ。

「…………」

 形のいい唇を引き結び、リリアンナは怒った顔をしてディアルトを見つめる。

「どうした? リリアンナ」

(――私の気持ちなんて、何も分かっていない! 殿下は私を大切にする〝ふり〟をしても、私のことを理解しようとしてくださらない!)

 ディアルトが戻って来て「ん?」と覗き込んでくるが、リリアンナは大きな目を開いたまま彼を睨みつけていた。
 目力を強く保っていなければ、今にも涙が零れてしまいそうな気がする。
 静かに息を吐き、何度か呼吸を整えてから、リリアンナはできるだけ冷静に尋ねた。

「……どうして勝手に色々なことを、お一人で決められるのですか」
「じゃあ、俺の妻になってくれるかい?」

 リリアンナの手を握り、ディアルトが静かに問う。
 その態度にとうとうリリアンナはぶち切れた。

「おふざけになっている場合ですか! 大事なお体だというのに、なぜあのような安請け合いをされるのです! それに、どうして私を共に戦地に――む……っ」

 激昂したリリアンナの言葉は、最後まで紡がれなかった。

「!?」

 ディアルトに文句を叩きつけたかったのに、口が柔らかなものに塞がれている。
 不意を突かれて、鍛えられたはずのリリアンナの体が壁に押しつけられた。

 ――キスを、……されてる?

 理解した時、耐えがたい屈辱とさらなる怒りを感じた。

(っ……キスで! 誤魔化さないでください!)

 リリアンナは暴れようとしたが、ガッチリと抱き込まれてディアルトの腕から抜け出せられない。
 そのあいだもディアルトの唇はリリアンナの唇をついばみ、舐めてはチロチロとくすぐる。
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