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恥ずかしい

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 ブワッと汗が出て、動悸がおかしくなる。バクバクと心臓が口から出そうになるのに、憎たらしいディアルトはつらっとしてカダンに向かって笑いかけているのだ。

(殿下……っ。あ、あとで覚えてらっしゃい)

 羞恥に頬を赤くしながらも、リリアンナは必死に背筋を伸ばす。

「はは! ディアルトは変わらないな。いつもお前は口を開けばリリアンナの事ばかりだ。お陰で王宮ではお前とリリアンナは公認の仲のようになっているぞ? リリアンナ、お前はディアルトをどう思っているのだ?」

(えぇっ!? 私にその話題を振るのですか!?)

 カダンに話題を振られ、リリアンナはポニーテールが逆立ちそうなほど動揺する。その場にいる全員がリリアンナに注目するのが分かり、新たにふつふつと汗が出てくる。

 まるで公開処刑だ。

 それでもリリアンナは長年を通して身につけた『護衛』としての表情を貼り付け、冷たい視線をディアルトに向けた。

「……陛下、お戯れを。私は一介の護衛係に過ぎません」
「だ、そうだ。ディアルト」
「そんなぁ。こんだけ一緒にいるのに、俺の気持ちは伝わってないのかなぁ」

 笑いを含んだ声でカダンが言い、ディアルトもわざと情けない声を出す。周りもクスクスと笑っていて、恥ずかしくて堪らない。

(恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい恥ずかしい!!)

 リリアンナはディアルトのことを見ず、直立不動で前を向いている。だがその心は嵐のように荒れ狂っていた。

「なんだぁ……。陛下の前でならいつもと違う返事を聞かせてくれると思ったのに、やっぱり駄目だったか」

 残念そうに言ったディアルトの声に、周囲からクスクスと静かな笑い声が起こる。
 一連の茶番……とも取れる身内のやり取りに周りが笑ってくれるのは、ディアルトが〝半分〟は王宮の者に受け入れられている証拠であった。
 やがて和やかな空気になったところで、カダンが本題を切り出してきた。

「それで……、ディアルト。王座に座る決意はできたか?」

 その途端ソフィアがさらに厳しい顔になり、彼女を擁護する大臣や貴族たちがわざとらしい咳払いをする。
 カダンが見守るような、試すような目でディアルトを見つめる先、彼は穏やかな表情で首を横に振った。

「いいえ。いまだ精霊を見られない私は、王座に座れません。精霊に守護されているウィンドミドルの玉座にすわるべきは、守護の強い者と決まっています。ファイアナとの戦もまだ収まっていない今、先王の時より共に戦略を練っていらした陛下が引き続きお座りになるべきと思っております」
「それは――、ご自身が無能であるとお認めになった。……と取って宜しいですね?」

 突如張り上げられた女性の声が謁見の間に響き、高い天井にワンワンと反響した。
 全員がハッとしてそちらを見れば、ソフィアが勝ち誇った顔でディアルトを見下ろしている。

「ソフィア」

 すぐにカダンが妻を諫める。
 しかしディアルトは「無能」呼ばわりされても気を悪くした様子は見せず、穏やかに返事をした。

「……そうですね、妃殿下。無能と取られても仕方ありません」

 高圧的なソフィアにさして反抗もせず、穏やかに対応するディアルトを、リリアンナは思わず安寧な家畜のように思う。

(なぜそこで言い返さないのです! 殿下は誰よりも努力をされ、政治の事も勉学も人並み外れた知識を持たれているのに! 精霊を見られないだけで、なぜこんな言われ方をされなければ……!)

 リリアンナはギュッと拳を握り、革手袋に包まれた手をワナワナと震わせる。

「では! 王座につくつもりのない殿下は、戦地に赴かれてはいかがです? 王太子として戦況を把握し、現地の騎士や兵士たちの士気を上げるのも立派なお役目かと思います。もしかしたらファイアナから、休戦ないし停戦が申し込まれるかもしれません。その時は殿下が前線にいらっしゃれば、何かのお役に立つかもしれませんわよ?」

 尊大なソフィアの言葉にカダンの眉間に深い皺ができ、深い溜め息が漏れる。
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