上 下
11 / 109

お気持ちがどこかよそへ行っていますよ

しおりを挟む
 騎士たちの攻撃をその身に浴びてきた盾は、衝撃を吸う素材でできている。だがディアルトの重たい一撃を喰らう度に、盾の裏側の骨組みは軋むような音をたてていた。

「…………」

 ベンチに座ったまま、リリアンナはじっとディアルトを見守る。長い脚を組んだまま、リリアンナは指で自分の腿を軽く打っていた。

 トン、トトン、トトトン、トン、トトン。

 それは、ディアルトの攻撃のリズムとピッタリ重なっている。
 長い間ディアルトと行動を共にし、リリアンナは彼の癖から何もかもを知っている。
 様子を窺っている時のリズムも、乗ってきた時のリズムも、ラッシュを浴びせている時のリズム、仕上げのリズムも、何もかも。
 すべて長年聞き続けてきた音楽のように、リリアンナの体に刻み込まれている。
 雨音などを聞いている中で知ったリズムがあると、〝その時〟のディアルトの表情を思い出すほどだ。

(……殿下、今日はあまり集中力がないような……。どこか気持ちが明後日の方向を向いているわ)

 リズムを聞き分け、リリアンナは内心首を傾げる。

(後で訊いてみましょう。主の心身の健康を知るのも、護衛係の役目だし)

 やがて凄まじいラッシュの後に仕上げの連続蹴りを二発喰らわせ、ディアルトの体が温まった。

「ケインツ、ありがとう」
「どういたしまして」

 汗を拭きつつディアルトは笑い、剣を持って待っているリリアンナの方へ歩いてくる。

「リリアンナ、剣稽古をしようか」
「はい」

 ディアルトはリリアンナから長剣を受け取り、スラリと抜く。リリアンナもレイピアを抜き、二人は打ち合いができるだけ広い場所へ移動していった。
 ディアルトはヘルムを被り、リリアンナは風の精霊の加護を纏い、強固な鎧代わりにする。こうすることで、リリアンナは超軽装でありながら、高い防御力を誇っていた。
 向かい合い一礼をしてから、軽く剣の切っ先を合わせる。

(……これ、いつも切っ先でキスしてる気持ちになるのよね)

 真剣での練習だというのに、思わずリリアンナはそんなことを考えていた。

「殿下、参ります」

 しかし気持ちを取り直し、グリーンの瞳に挑戦的な光を宿すとリリアンナは先制一撃を繰り出した。
 ビュッと空気を切り裂く音がし、とっさにディアルトが体をずらした肩当ての先に、切っ先がかすった。同時にディアルトも鋭い突きを入れ、リリアンナが後方にジャンプして躱したのを追撃する。

「相変わらずリリアンナ様の初撃はえぐいな」
「美貌にボーッとして、あの一撃に沈んだ奴が何人いるか……」
「だが女王蜂の一撃を受けられるのは、名誉なことだぞ。相手すらできない奴のみじめさを思えば……」

 周囲で休んでいる騎士たちが好き勝手なことを言うが、リリアンナの耳には入らない。
 目の前のディアルトにのみ集中していると、彼が中段の突きを入れてきた。リリアンナは体を猫のようにしならせて躱し、カウンターでビュッとレイピアで突く。

(殿下、いつもならこんなに簡単に躱せるような突きはしないのに……)

 彼の心許ない心情が太刀筋で分かってしまい、リリアンナは怒ったような声で発破を掛ける。

「殿下、お気持ちがどこかよそへ行っていますよ!」

 その後はリリアンナの猛攻となた。
 騎士たちが〝地獄の突き〟と呼ぶ、レイピアの連続突きが繰り出され、ディアルトはそれを剣でいなしながら後退する羽目になる。

「私を目の前にして、他のことを考えるのはやめて頂きましょうか! 実戦でそのように呆けていれば、殿下のお命がありませんよ!」

 緑の目に怒りすら燃やし、目付役のようにリリアンナは説教をした。
 互いの刀身すら見えない、残像だけの世界で二人の熱は高まっていた。リリアンナはディアルトだけを見て、彼もまたリリアンナしか見ていない。
 風を切る音と金属音が続く合間に、ディアルトの声がする。

「その時は――」
「出るぞ」

 誰かがボソッと呟いた。

 瞬間、バチィッ! と雷が爆ぜるような音がし、周囲に突風が吹き抜けていった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

赤ずきんちゃんと狼獣人の甘々な初夜

真木
ファンタジー
純真な赤ずきんちゃんが狼獣人にみつかって、ぱくっと食べられちゃう、そんな甘々な初夜の物語。

イケメン社長と私が結婚!?初めての『気持ちイイ』を体に教え込まれる!?

すずなり。
恋愛
ある日、彼氏が自分の住んでるアパートを引き払い、勝手に『同棲』を求めてきた。 「お前が働いてるんだから俺は家にいる。」 家事をするわけでもなく、食費をくれるわけでもなく・・・デートもしない。 「私は母親じゃない・・・!」 そう言って家を飛び出した。 夜遅く、何も持たず、靴も履かず・・・一人で泣きながら歩いてるとこを保護してくれた一人の人。 「何があった?送ってく。」 それはいつも仕事場のカフェに来てくれる常連さんだった。 「俺と・・・結婚してほしい。」 「!?」 突然の結婚の申し込み。彼のことは何も知らなかったけど・・・惹かれるのに時間はかからない。 かっこよくて・・優しくて・・・紳士な彼は私を心から愛してくれる。 そんな彼に、私は想いを返したい。 「俺に・・・全てを見せて。」 苦手意識の強かった『営み』。 彼の手によって私の感じ方が変わっていく・・・。 「いあぁぁぁっ・・!!」 「感じやすいんだな・・・。」 ※お話は全て想像の世界のものです。現実世界とはなんら関係ありません。 ※お話の中に出てくる病気、治療法などは想像のものとしてご覧ください。 ※誤字脱字、表現不足は重々承知しております。日々精進してまいりますので温かく見ていただけると嬉しいです。 ※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・すみません。 それではお楽しみください。すずなり。

病気になって芸能界から消えたアイドル。退院し、復学先の高校には昔の仕事仲間が居たけれど、彼女は俺だと気付かない

月島日向
ライト文芸
俺、日生遼、本名、竹中祐は2年前に病に倒れた。 人気絶頂だった『Cherry’s』のリーダーをやめた。 2年間の闘病生活に一区切りし、久しぶりに高校に通うことになった。けど、誰も俺の事を元アイドルだとは思わない。薬で細くなった手足。そんな細身の体にアンバランスなムーンフェイス(薬の副作用で顔だけが大きくなる事) 。 誰も俺に気付いてはくれない。そう。 2年間、連絡をくれ続け、俺が無視してきた彼女さえも。 もう、全部どうでもよく感じた。

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

【R18】深層のご令嬢は、婚約破棄して愛しのお兄様に花弁を散らされる

奏音 美都
恋愛
バトワール財閥の令嬢であるクリスティーナは血の繋がらない兄、ウィンストンを密かに慕っていた。だが、貴族院議員であり、ノルウェールズ侯爵家の三男であるコンラッドとの婚姻話が持ち上がり、バトワール財閥、ひいては会社の経営に携わる兄のために、お見合いを受ける覚悟をする。 だが、今目の前では兄のウィンストンに迫られていた。 「ノルウェールズ侯爵の御曹司とのお見合いが決まったって聞いたんだが、本当なのか?」」  どう尋ねる兄の真意は……

若社長な旦那様は欲望に正直~新妻が可愛すぎて仕事が手につかない~

雪宮凛
恋愛
「来週からしばらく、在宅ワークをすることになった」 夕食時、突如告げられた夫の言葉に驚く静香。だけど、大好きな旦那様のために、少しでも良い仕事環境を整えようと奮闘する。 そんな健気な妻の姿を目の当たりにした夫の至は、仕事中にも関わらずムラムラしてしまい――。 全3話 ※タグにご注意ください/ムーンライトノベルズより転載

処理中です...