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殿下は、私の何がいいのですか?

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 リリアンナだってディアルトのその瞳を美しいと思うし、彼にこれほどの想いをぶつけられて内心動揺していない訳がない。

「……殿下は、私の何がいいのですか?」
「全部!」

 思わず僅かに反応を見せると、ディアルトは百倍ほどの勢いでパンッと答える。
 迷いのない反応に、リリアンナは思わず目を眇めた。

「……殿下、やはり私をからかわれておいでで?」

 猫が様子を窺うように、リリアンナが下からジロリと睨め上げる。

「からかってない。君はすべてが素晴らしい。容姿が美しいのは勿論だし、強いし頭がいい。君が騎士団に入った十二歳の時から、俺はずっと君を見ていた」
「…………」

 リリアンナの母・リーズベットが亡くなったのは、彼女が八歳の時だ。

 リーズベットはディアルトの父で先王ウィリアを警護し、やはり戦死した。
 普通の少女だったリリアンナは、母の死を知ったあと泣き暮れ、そして母の後を継ぐと決意したのだ。
 現在ウィンドミドルは、隣国の火の国ファイアナが起こす戦争に巻き込まれていた。
 その対応に忙しいのにも加え、ディアルトは王家の中でやや複雑な立場にあるため、その命を狙われる事も少なくない。

 よってリリアンナが常にディアルトの側にいて、身辺警護を務めている。
 リリアンナはじっとディアルトを見据え、彼の気持ちを冷静に分析する。

「殿下。恐れながら殿下のお気持ちは、鳥の雛が初めて目に入った者を親と見る刷り込みに似ているのでは? 四六時中側にいる私なら、親密な気持ちになって当然です。加えて何度もお助けすることがありましたし、吊り橋効果もあるでしょう。殿下は一国の王太子なのですから、もう少しご自身のお気持ちを大切にされてください」

 自分の想いを分析された挙げ句否定されたディアルトは、じと目になってリリアンナを見る。

「……君はいつもそうだな。俺が毎日『ありがとう』と言っても『仕事ですから』ばかり。『欲しい物はあるか?』と訊いても『警護の給与はもらっています』。俺は君の口から、女性らしい可愛らしい言葉を聞いてみたい」

 やっと差し出していたバラを引っ込め、ディアルトは手の中で一輪の薔薇をクルクルと弄ぶ。
 が、今度はリリアンナが物申すという目つきで、ディアルトに反撃した。
「女性らしい」という言葉が逆鱗――というほどでもないが、リリアンナの心に引っかかったのだ。

「果たして殿下が仰る〝女性らしい〟というのは、どのような態度を指すのでしょうね? 刺客が現れたら『怖ぁい』と言って殿下の後ろに隠れたらいいのでしょうか? 殿下から甘いセリフを言われて、頬を染め目を潤ませればいいのでしょうか? 果たしてそれは、殿下が望む私の姿なのですか?」

「怖ぁい」と言う時も、リリアンナはこれ以上ない真顔だ。

「う……。いや、それは……。確かに君らしさが損なわれてしまう……、な」
「でしょう。想像するに、殿下は今のままの私を好きになってくださったのかと存じます。悔し紛れとはいえ、本意でないことを仰るのは得策ではないかと」

 静かに言い、リリアンナは涼しげな視線をバラ園にやる。身辺警護をしているので、周囲を確認するその目つきは真剣だ。
 同時に、〝いつもの仕草〟をすることで動揺した心を落ち着かせようとしていた。

「俺が君を好きだという気持ちは、認めてくれるのか?」

 それでもディアルトは諦めない。

「……はぁ。好意を持ってくださっているということは、自覚しております」

 リリアンナは溜め息を隠そうとしない。

「俺の妻になる気は?」
「ございません。そろそろ戻らなければ、夕食に遅れてしまいます」

 にべもなく言ってからリリアンナは歩き始め、ディアルトもそれに続く。

「俺は第一王位継承者で良かったな。こうして君に、ずっと一緒にいてもらう権利を得たんだから」
「母は先王陛下をお守りしきれませんでした。私は母に憧れていますが、同じ轍は踏みません。どうぞご安心を」

 夕暮れ時の空は、ラベンダー色から赤紫へとグラデーションに染まっていた。
 果てしなく広い王宮の敷地には、中央の太陽宮殿の他、対角線に四つの宮がある。
 その一つである月の離宮には、ディアルトとその母シアナが暮らしている。
 星の離宮には国王とその家族が生活し、花の離宮は王位継承者の身辺警護をする者――リリアンナの住まいとなっている。
 これからリリアンナはディアルトを月の離宮まで送り、一日の護衛を終えようとしていた。

「君が毎日努力しているのは、俺も知っている。……というか、騎士たちに混じって体を鍛えているのを毎日見ているからね。リリアンナのことは信頼しているし、何も心配していない。だが俺は、未来の王の立場で君を家族として守りたい」
「私は殿下には不釣り合いです。殿下にはもっと、華々しく女性らしい、家庭に入るに向いた方がお似合いかと存じます」

 赤光に白銀の鎧を光らせたリリアンナは、しゃなりとして美しい。一歩ごとに揺れる長いポニーテールも、品の良い動きをしている。
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