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真実を話す
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城に戻ってから料理長に城の者全員用にご馳走を用意してほしいと告げ、それから食料を仕入れるために城下街に使いもやった。
キッチンで忙しく料理が作られている傍ら、クローディアは他の者と協力して大広間にテーブルの用意をした。
やがて夕食時には騎士も含む全員が大広間に集まり、前に立っているクローディアが何を言うのか待っていた。
「イグナット様が亡くなられてから、私は悪名高い〝魔性の未亡人〟として王都の舞踏会に出たわ」
天真爛漫なクローディアの口から〝魔性の未亡人〟と聞き、全員がドッと笑う。
「勿論、色んな事を言われたけれど、私は気にしなかった。そんな状況でも、ディスト王太子殿下やルシオ様など、味方になってくれる人が現れたわ」
クローディアが二人を示すと、彼らが会釈をする。
「そしてイグナット様がなぜ毒を飲まれていたのかを、探る旅が始まった……。結局、イグナット様はご自身がエチルデ王家を滅ぼしてしまったも同然と自責の念に駆られ、とある方より毒を受け取り自ら長期間にわたり服毒されていたと分かったわ」
慕っていたイグナットの死因を知り、城の者たちがどよめく。
クローディアはディストが責められるのを避け、イグナットに毒を与えたのが何者かという事は明かさないと決めていた。
また、ソルがイグナットに飲ませていた事実も同様だ。
「イグナット様に毒を渡された方も、あんな良い方の自死を手伝う事はできないと、初めは頑なに拒んでいたそうなの。でもイグナット様のご意志は固かった。……守るべきエチルデも奥様もご子息も失ったイグナット様は、すべてに絶望されていた。その方も泣いて縋られて、身を裂く思いで毒を渡したのでしょう。だから私は、その方を責める気持ちにはならないわ」
クローディアが凛とした表情のまま言い切ったからか、亡き主人を慕っていた者たちも口を挟む様子はなかった。
「私は、バフェットのこれからを考えていきたいの」
明るい声音に変え、クローディアは笑みを浮かべる。
そして傍らに控えていたランティスに合図を送り、自分の隣に立ってもらう。
「真実を巡るこの旅の中で、私は自分が何者であったのかを知ったわ」
次の言葉を求める沢山の視線を浴びながら、クローディアは少し緊張して口を開く。
「……私は、ルーフェン子爵の娘ではなかったの」
大広間の中がどよめき、誰かが「奥様の話を聞くんだ!」と声を上げた。
すぐに鎮まった全員に向け、クローディアは少し固い表情で笑う。
「私は、二十年前に滅んだエチルデの王女クローディア。そしてずっと私の側にいてくれたラギは……、エチルデのランティス王太子殿下……なの」
今度こそ全員が口々に何かを言い、動揺を隠せずにいる。
クローディアの隣にソルが立ち、手を挙げて皆を黙らせた。
「奥様が仰られている事は事実です。私は旦那様の遺言書をこの目で読みました。ルーフェン子爵のもとにも、生前旦那様が残された沢山の手紙と、証拠となる文面があったそうです。この方々は紛れもないエチルデ王家の生き残りです。私は旦那様の遺志を継ぎ、エチルデ王家の方々を支えていきたいと思っています」
十五年この城にいたソルに言われれば、全員信じざるを得ない。
呆然とした表情で、メイドの一人が挙手をして口を開いた。
「この城と領地はどうなるのですか?」
「当面、私はイグナット様のご遺志を継いで、バフェット女辺境伯としてこの地を統治していきたいと思っているわ。イグナット様は執務を引き継ぐための、かなり詳細な文面を残してくださった。それを見て、力が及ばないかもしれないけれど、頑張っていきたい。皆やバフェット領の民をおざなりにするなんてあり得ないから、安心して」
まず自分たちの安全が保証され、城の者たちは安堵した表情を浮かべる。
「その上で、ディスト王太子殿下を通じてハーティリア王国に指示を求めます。このままでは祖国は歴史の中に埋もれ、消えてしまう。まだ私たちや、城下街にいるエチルデの民が生きているのに、エチルデ再興を諦めたくないの。独立したいとは言わないし、決めていない。ハーティリアの助けを得た上で国を元の姿に戻し、それから少しずつ色々な事を進めていきたいわ」
これからすぐに何かが急変する訳ではないと知り、城の者たちも落ち着きを取り戻したようだ。
「お願いします! エチルデにもう一度息を吹き返したいと願う私たちに、力を貸してください。辺境伯としての仕事はきちんとします。頼りないかもしれないけど、精一杯頑張ります。私が暮らすこのバフェットと、生まれた土地を共に愛させてください!」
クローディアは躊躇わず頭を下げた。
それに倣い、ランティスも口を開く。
「今まで身の上を偽っていてすまない。長年お嬢を見守ってきた護衛として、エチルデの王太子として、俺からも頼む」
低く艶やかな声が大広間に凛と響き、長身の彼が美しく頭を下げる。
黒髪の兄妹が助力を請う姿を見て、誰かが最初に拍手をした。
すぐ近くから聞こえたので、ディストかルシオだったかもしれない。
だが構わずクローディアは頭を下げ続けた。
隣にいるソルも拍手をし、その輪が広がっていく。
キッチンで忙しく料理が作られている傍ら、クローディアは他の者と協力して大広間にテーブルの用意をした。
やがて夕食時には騎士も含む全員が大広間に集まり、前に立っているクローディアが何を言うのか待っていた。
「イグナット様が亡くなられてから、私は悪名高い〝魔性の未亡人〟として王都の舞踏会に出たわ」
天真爛漫なクローディアの口から〝魔性の未亡人〟と聞き、全員がドッと笑う。
「勿論、色んな事を言われたけれど、私は気にしなかった。そんな状況でも、ディスト王太子殿下やルシオ様など、味方になってくれる人が現れたわ」
クローディアが二人を示すと、彼らが会釈をする。
「そしてイグナット様がなぜ毒を飲まれていたのかを、探る旅が始まった……。結局、イグナット様はご自身がエチルデ王家を滅ぼしてしまったも同然と自責の念に駆られ、とある方より毒を受け取り自ら長期間にわたり服毒されていたと分かったわ」
慕っていたイグナットの死因を知り、城の者たちがどよめく。
クローディアはディストが責められるのを避け、イグナットに毒を与えたのが何者かという事は明かさないと決めていた。
また、ソルがイグナットに飲ませていた事実も同様だ。
「イグナット様に毒を渡された方も、あんな良い方の自死を手伝う事はできないと、初めは頑なに拒んでいたそうなの。でもイグナット様のご意志は固かった。……守るべきエチルデも奥様もご子息も失ったイグナット様は、すべてに絶望されていた。その方も泣いて縋られて、身を裂く思いで毒を渡したのでしょう。だから私は、その方を責める気持ちにはならないわ」
クローディアが凛とした表情のまま言い切ったからか、亡き主人を慕っていた者たちも口を挟む様子はなかった。
「私は、バフェットのこれからを考えていきたいの」
明るい声音に変え、クローディアは笑みを浮かべる。
そして傍らに控えていたランティスに合図を送り、自分の隣に立ってもらう。
「真実を巡るこの旅の中で、私は自分が何者であったのかを知ったわ」
次の言葉を求める沢山の視線を浴びながら、クローディアは少し緊張して口を開く。
「……私は、ルーフェン子爵の娘ではなかったの」
大広間の中がどよめき、誰かが「奥様の話を聞くんだ!」と声を上げた。
すぐに鎮まった全員に向け、クローディアは少し固い表情で笑う。
「私は、二十年前に滅んだエチルデの王女クローディア。そしてずっと私の側にいてくれたラギは……、エチルデのランティス王太子殿下……なの」
今度こそ全員が口々に何かを言い、動揺を隠せずにいる。
クローディアの隣にソルが立ち、手を挙げて皆を黙らせた。
「奥様が仰られている事は事実です。私は旦那様の遺言書をこの目で読みました。ルーフェン子爵のもとにも、生前旦那様が残された沢山の手紙と、証拠となる文面があったそうです。この方々は紛れもないエチルデ王家の生き残りです。私は旦那様の遺志を継ぎ、エチルデ王家の方々を支えていきたいと思っています」
十五年この城にいたソルに言われれば、全員信じざるを得ない。
呆然とした表情で、メイドの一人が挙手をして口を開いた。
「この城と領地はどうなるのですか?」
「当面、私はイグナット様のご遺志を継いで、バフェット女辺境伯としてこの地を統治していきたいと思っているわ。イグナット様は執務を引き継ぐための、かなり詳細な文面を残してくださった。それを見て、力が及ばないかもしれないけれど、頑張っていきたい。皆やバフェット領の民をおざなりにするなんてあり得ないから、安心して」
まず自分たちの安全が保証され、城の者たちは安堵した表情を浮かべる。
「その上で、ディスト王太子殿下を通じてハーティリア王国に指示を求めます。このままでは祖国は歴史の中に埋もれ、消えてしまう。まだ私たちや、城下街にいるエチルデの民が生きているのに、エチルデ再興を諦めたくないの。独立したいとは言わないし、決めていない。ハーティリアの助けを得た上で国を元の姿に戻し、それから少しずつ色々な事を進めていきたいわ」
これからすぐに何かが急変する訳ではないと知り、城の者たちも落ち着きを取り戻したようだ。
「お願いします! エチルデにもう一度息を吹き返したいと願う私たちに、力を貸してください。辺境伯としての仕事はきちんとします。頼りないかもしれないけど、精一杯頑張ります。私が暮らすこのバフェットと、生まれた土地を共に愛させてください!」
クローディアは躊躇わず頭を下げた。
それに倣い、ランティスも口を開く。
「今まで身の上を偽っていてすまない。長年お嬢を見守ってきた護衛として、エチルデの王太子として、俺からも頼む」
低く艶やかな声が大広間に凛と響き、長身の彼が美しく頭を下げる。
黒髪の兄妹が助力を請う姿を見て、誰かが最初に拍手をした。
すぐ近くから聞こえたので、ディストかルシオだったかもしれない。
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