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ランティス
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「曲?」
ルシオが尋ね、クローディアは胸を高鳴らせながら頷いた。
「このペンダントなのですが、私が生まれた時から持っている物で、開けるとオルゴールにより曲が流れるのです」
そう言ってディストとルシオの前でペンダントを開けようとしたのだが――。
ヒュンッと空を切る音がしたかと思うと、いつの間にかクローディアの前に立ちはだかったラギが抜剣し、ディストとルシオに向けて剣を突きつけていた。
「ラギ!?」
あまりに無礼な振る舞いに、クローディアは驚いて剣を持ったラギの腕を掴む。
剣の切っ先を突きつけられ、ディストとルシオは緊張した顔であとずさり、ずっと付いてきたレンや、彼らの護衛の騎士たちも抜剣した。
「何事ですか!」
王太子を守って前に出るレンが、険しい声を出しラギを睨む。
ソルも何も言えず、全員が緊張してラギの反応を待った。
「……お嬢。この者たちは本当に信頼できるのですか?」
ラギの低い声に、クローディアは驚きに鼓動を速めながらも、しっかりと頷く。
「できるわ。さっき、宮殿前での殿下のお話を聞いたでしょう? 殿下がもし私を利用してエチルデの秘宝を求めていたのなら、聡いこの方ならもっと別の手を打たれていたはずだわ。それに、ここまで親身になって協力してくださり、『戦争の愚かさを知っている』と仰ったのに、この方が私を裏切るなんて思えない。思いたくもないわ」
クローディアはディストとルシオの前に立ち、ラギに向き合って両腕を広げる。
「ルシオ様の事も、私は信頼しています。初めは遊び半分で目立つ未亡人の相手をしてやろうという、やや軽薄な理由だったとは思います。ですがそのあと、ルシオ様は時間も手間もかかる私の目的に、何一つ文句を言わず付き合ってくださったわ。それに、私に対して途中で何一つ悪い事をしなかった。女性として手を出す事も、バフェット伯から財産を受け取った者として、口説き落としてお金をむしり取ってやろうという動きも、何も見せなかった。彼はただ、善意と好奇心だけでここまで付いてきてくださったと信じているわ」
クローディアは真っ正面からラギの琥珀色の目を見つめ、訴える。
彼女の言葉のあと、ディストが両手を挙げ一歩進み出た。
「どうか信じてほしい。確かにこの状況で、何が起こるか分からず、二十年秘められたエチルデの謎が解けると思い、少し興奮してしまった。だが私はクローディアに対し好意を持っている。彼女の賢さや勇気に敬服し、ここまで協力してきた。今後彼女がエチルデの王女として国を復興するとしても、先ほど言ったように全面的に協力したいと思っている」
ディストは両手を挙げたまま、さらに一歩前に出て、ラギの剣の切っ先を己の前にする。
「クローディアを長年見守り続けた護衛として、君は兄にも似た感情で彼女を心配しているだろう。それは理解する。ミケーラの騎士や、ルーフェン子爵から、クローディアの事を頼まれたのだろう。……だが、信じてほしい」
告げて、ディストもまた、偽りのない目でラギをまっすぐ見つめる。
「僕の事も信じてほしい。確かに初めは、クローディアが仰ったように不純な動機で近付いた。だが彼女は〝女性〟という括りだけで見るには、興味深すぎる存在だ。ただ嫁いで子を産むだけの存在としての女性ではなく、一人の人間として賢さや的確な冗談を言うセンス、茶目っ気のある部分や大胆な勇気に惹かれた。今では、彼女の親友になりたいと思っている。そのためには、彼女の周りの者に認められたいと思っている。君もその一人だ。……どうか、信じてくれ」
ルシオもディスト同様に、敵意はないと示すために両手を挙げ、すみれ色の目でラギを見つめる。
ラギは微動だにせず剣を突きつけたまま、二人を見定めるように交互に見た。
「ラギ、お願い。急にどうしたの? 今まで私のやる事を何でも見守ってくれたじゃない」
クローディアはラギの黒い装束を両手で握り、彼の体を揺さぶる。
そうしてようやく、ラギは大きな溜め息をついて剣を下ろした。
「……〝お前〟の選択を信じよう」
「え……?」
今まで自分の事を「お嬢」と呼び続けたラギが、急に「お前」と言いだし、クローディアは目を丸くする。
そんな彼女の前で、剣を鞘に収めたラギは、自身の胸元からペンダントを取りだした。
「あ……!」
ぞわり、と全身に鳥肌が立ち、言い知れぬ震えが全身を駆け抜けた。
ラギが手にしているのは、クローディアが持っているのとまったく同じ形をした青いペンダントだ。
そして、そこにはクローディアの物にはない、雄山羊の模様が描かれていた。
「……ラ……ギ?」
クローディアは目をまん丸にしたまま、ずっと自分の側にいた護衛の名を呼ぶ。
そんな彼女を抱き寄せ、ラギは琥珀色の目を細めて微笑み、己の名を口にした。
「俺は、ランティス」
「――――っ」
行方知れずだったエチルデ王太子の名前が護衛の口から出て、クローディアは思わずその場にへたり込みかけた。
――が、その腰をしっかりとラギ――ランティスが支える。
ルシオが尋ね、クローディアは胸を高鳴らせながら頷いた。
「このペンダントなのですが、私が生まれた時から持っている物で、開けるとオルゴールにより曲が流れるのです」
そう言ってディストとルシオの前でペンダントを開けようとしたのだが――。
ヒュンッと空を切る音がしたかと思うと、いつの間にかクローディアの前に立ちはだかったラギが抜剣し、ディストとルシオに向けて剣を突きつけていた。
「ラギ!?」
あまりに無礼な振る舞いに、クローディアは驚いて剣を持ったラギの腕を掴む。
剣の切っ先を突きつけられ、ディストとルシオは緊張した顔であとずさり、ずっと付いてきたレンや、彼らの護衛の騎士たちも抜剣した。
「何事ですか!」
王太子を守って前に出るレンが、険しい声を出しラギを睨む。
ソルも何も言えず、全員が緊張してラギの反応を待った。
「……お嬢。この者たちは本当に信頼できるのですか?」
ラギの低い声に、クローディアは驚きに鼓動を速めながらも、しっかりと頷く。
「できるわ。さっき、宮殿前での殿下のお話を聞いたでしょう? 殿下がもし私を利用してエチルデの秘宝を求めていたのなら、聡いこの方ならもっと別の手を打たれていたはずだわ。それに、ここまで親身になって協力してくださり、『戦争の愚かさを知っている』と仰ったのに、この方が私を裏切るなんて思えない。思いたくもないわ」
クローディアはディストとルシオの前に立ち、ラギに向き合って両腕を広げる。
「ルシオ様の事も、私は信頼しています。初めは遊び半分で目立つ未亡人の相手をしてやろうという、やや軽薄な理由だったとは思います。ですがそのあと、ルシオ様は時間も手間もかかる私の目的に、何一つ文句を言わず付き合ってくださったわ。それに、私に対して途中で何一つ悪い事をしなかった。女性として手を出す事も、バフェット伯から財産を受け取った者として、口説き落としてお金をむしり取ってやろうという動きも、何も見せなかった。彼はただ、善意と好奇心だけでここまで付いてきてくださったと信じているわ」
クローディアは真っ正面からラギの琥珀色の目を見つめ、訴える。
彼女の言葉のあと、ディストが両手を挙げ一歩進み出た。
「どうか信じてほしい。確かにこの状況で、何が起こるか分からず、二十年秘められたエチルデの謎が解けると思い、少し興奮してしまった。だが私はクローディアに対し好意を持っている。彼女の賢さや勇気に敬服し、ここまで協力してきた。今後彼女がエチルデの王女として国を復興するとしても、先ほど言ったように全面的に協力したいと思っている」
ディストは両手を挙げたまま、さらに一歩前に出て、ラギの剣の切っ先を己の前にする。
「クローディアを長年見守り続けた護衛として、君は兄にも似た感情で彼女を心配しているだろう。それは理解する。ミケーラの騎士や、ルーフェン子爵から、クローディアの事を頼まれたのだろう。……だが、信じてほしい」
告げて、ディストもまた、偽りのない目でラギをまっすぐ見つめる。
「僕の事も信じてほしい。確かに初めは、クローディアが仰ったように不純な動機で近付いた。だが彼女は〝女性〟という括りだけで見るには、興味深すぎる存在だ。ただ嫁いで子を産むだけの存在としての女性ではなく、一人の人間として賢さや的確な冗談を言うセンス、茶目っ気のある部分や大胆な勇気に惹かれた。今では、彼女の親友になりたいと思っている。そのためには、彼女の周りの者に認められたいと思っている。君もその一人だ。……どうか、信じてくれ」
ルシオもディスト同様に、敵意はないと示すために両手を挙げ、すみれ色の目でラギを見つめる。
ラギは微動だにせず剣を突きつけたまま、二人を見定めるように交互に見た。
「ラギ、お願い。急にどうしたの? 今まで私のやる事を何でも見守ってくれたじゃない」
クローディアはラギの黒い装束を両手で握り、彼の体を揺さぶる。
そうしてようやく、ラギは大きな溜め息をついて剣を下ろした。
「……〝お前〟の選択を信じよう」
「え……?」
今まで自分の事を「お嬢」と呼び続けたラギが、急に「お前」と言いだし、クローディアは目を丸くする。
そんな彼女の前で、剣を鞘に収めたラギは、自身の胸元からペンダントを取りだした。
「あ……!」
ぞわり、と全身に鳥肌が立ち、言い知れぬ震えが全身を駆け抜けた。
ラギが手にしているのは、クローディアが持っているのとまったく同じ形をした青いペンダントだ。
そして、そこにはクローディアの物にはない、雄山羊の模様が描かれていた。
「……ラ……ギ?」
クローディアは目をまん丸にしたまま、ずっと自分の側にいた護衛の名を呼ぶ。
そんな彼女を抱き寄せ、ラギは琥珀色の目を細めて微笑み、己の名を口にした。
「俺は、ランティス」
「――――っ」
行方知れずだったエチルデ王太子の名前が護衛の口から出て、クローディアは思わずその場にへたり込みかけた。
――が、その腰をしっかりとラギ――ランティスが支える。
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