46 / 58
祈り
しおりを挟む
「戦争では三千人ほどいた者のうち、どれだけが生き残ったの?」
クローディアの問いに、ソルは努めて淡々と答えた。
「きな臭い雰囲気を感じ、陛下たちから逃げるようにと言われてすぐバフェット領に向かった者は、旦那様に保護されました。その数は千ほどといわれています」
(生き残ったのは、たった三分の一……)
顔も見たことのない民なのに、クローディアの胸が激しく痛む。
「亡くなった二千人近くのうち、八百人近くは城の騎士たちです」
この土地で多くの血が流されたのだと思い、クローディアは足を止め、手を組んでしばし彼らのために祈った。
彼女の姿を見て、残る者たちも同様にする。
祈り終わったあと、一行は再び斜面を登り始める。
「王宮にはガルティア陛下、アリシア妃殿下が、ランティス王太子殿下と共にお過ごしでした。その他にも陛下たちの肉親も王宮に住まわれ、遠縁になる貴族たちも全員温かな関係で結ばれていました。王族と民の距離は近く、陛下は執務の間に民と共に畑を耕していらっしゃいました」
「それでは民も戦争になった時、自らも戦って抗うと思っても無理はないな」
ソルの説明を聞き、ディストが感想を述べる。
「そうなのです。民はあまりに王族とこの小さくも温かな国を愛していたため、自ら武器になる農具を持ってオスタリカとキールンの軍に反撃したそうです。私は当時、きな臭くなった当初からアリシア殿下の使いで、バフェット領より遠くに行っていました。ですから、これらの話は戦争が収まってこの地に戻ったあと、バフェット領にいる顔見知りから聞きました」
(ソルがよくバフェットの城下街に向かって、民と交流していたのは彼らとかつての親交があったからなのだわ)
深く納得したクローディアは、自身の事を聞いた。
「私とお兄様は、当時どうなっていたの?」
「アリシア殿下は、その当時出産されて間もなかったのです。ですから、クローディア殿下を連れて逃げる事を諦めました。馬車や騎士が駆る馬に乗っていたとして、出産したてのお体と乳飲み子にはあまりに過酷な旅路になります。戦争が始まり、妃殿下はいちはやく乳母にクローディア殿下を託し、他の民と共にバフェット領に避難させました。王太子殿下は当時八歳。ものの分別もきっちりついていて、王太子としての誇りも持たれていました。城に残って戦うと勇ましく仰られたそうですが、陛下の命令により騎士に抱えられエチルデを出たそうです」
「……その行方が分からない……のよね」
「はい。旦那様が仰るには、殿下はあまりに勇ましい方だったので、目を離すと一人ででもエチルデに戻ってしまうかもしれない。そう危惧した騎士は、国内の遙か遠く、もしくは国外にまで向かったのでは……と。旦那様のお力でも探し出せないぐらい遠くまで行き、エチルデの王族と周囲に気取られないように生活していれば、見つからなくても仕方がないと」
「確かに、そうね」
会った事のない兄に思いを馳せ、クローディアは溜め息をつく。
ソルの話を聞きながらも斜面を登り続けていたので、後ろを向くとかなり高い所まで来ていたのが分かる。
「宮殿からの眺めは格別ですよ。もう少しです」
ソルが微笑んで歩き始め、クローディアも続く。
「エチルデの鉱夫たちはどうなったんだ?」
ディストに訪ねられ、ソルは口を開く。
「血気盛んな鉱夫たちのほとんどは、騎士たちに混じってツルハシなどを手に戦ったそうです」
後方で、ディストが「あぁ……」と納得のいった溜め息をつくのが聞こえた。
「鉱山への入り口は王宮の中にあります。ですがそれを隠してしまえば、誰も鉱山の入り口を知る事はありません」
今まで誰も知らなかった事実を聞き、長い間鉱山やエチルデの秘法を探していたディストが、またうなるような声を出す。
「今、バフェットに元鉱夫はいるのか?」
「……数名ならいます。本当なら全員で敵に立ち向かうつもりだったようですが、全滅しまっては意味がないと、頭目と数人の者はバフェットに落ち延びました。ですが頭目は今はかなり高齢になりました。生き残りに様々な事を継承するにも、鉱山の現場であれこれ教えるには、エチルデ領への出入りは禁じられています。加えて彼らもまた、仲間が大勢死んだ土地に戻るのは辛いものがあるのでしょう」
ソルの話を聞き、クローディアは溜め息をつく。
「……殿下。もし私がエチルデ再興に向けて動き、仮に閉ざされていた鉱山を開く事ができたら、どうなさいますか?」
あと少しで宮殿というところでディストに質問をし、彼の返事を待つ。
いつもならすぐに明朗な答えを返す彼だが、今回はしばし黙っていた。
その間一行は宮殿前まで着き、クローディアは後ろを向いた。
「わぁ……」
小高い場所にいると、目の前に森が海のように広がっているのが分かる。
クローディアの問いに、ソルは努めて淡々と答えた。
「きな臭い雰囲気を感じ、陛下たちから逃げるようにと言われてすぐバフェット領に向かった者は、旦那様に保護されました。その数は千ほどといわれています」
(生き残ったのは、たった三分の一……)
顔も見たことのない民なのに、クローディアの胸が激しく痛む。
「亡くなった二千人近くのうち、八百人近くは城の騎士たちです」
この土地で多くの血が流されたのだと思い、クローディアは足を止め、手を組んでしばし彼らのために祈った。
彼女の姿を見て、残る者たちも同様にする。
祈り終わったあと、一行は再び斜面を登り始める。
「王宮にはガルティア陛下、アリシア妃殿下が、ランティス王太子殿下と共にお過ごしでした。その他にも陛下たちの肉親も王宮に住まわれ、遠縁になる貴族たちも全員温かな関係で結ばれていました。王族と民の距離は近く、陛下は執務の間に民と共に畑を耕していらっしゃいました」
「それでは民も戦争になった時、自らも戦って抗うと思っても無理はないな」
ソルの説明を聞き、ディストが感想を述べる。
「そうなのです。民はあまりに王族とこの小さくも温かな国を愛していたため、自ら武器になる農具を持ってオスタリカとキールンの軍に反撃したそうです。私は当時、きな臭くなった当初からアリシア殿下の使いで、バフェット領より遠くに行っていました。ですから、これらの話は戦争が収まってこの地に戻ったあと、バフェット領にいる顔見知りから聞きました」
(ソルがよくバフェットの城下街に向かって、民と交流していたのは彼らとかつての親交があったからなのだわ)
深く納得したクローディアは、自身の事を聞いた。
「私とお兄様は、当時どうなっていたの?」
「アリシア殿下は、その当時出産されて間もなかったのです。ですから、クローディア殿下を連れて逃げる事を諦めました。馬車や騎士が駆る馬に乗っていたとして、出産したてのお体と乳飲み子にはあまりに過酷な旅路になります。戦争が始まり、妃殿下はいちはやく乳母にクローディア殿下を託し、他の民と共にバフェット領に避難させました。王太子殿下は当時八歳。ものの分別もきっちりついていて、王太子としての誇りも持たれていました。城に残って戦うと勇ましく仰られたそうですが、陛下の命令により騎士に抱えられエチルデを出たそうです」
「……その行方が分からない……のよね」
「はい。旦那様が仰るには、殿下はあまりに勇ましい方だったので、目を離すと一人ででもエチルデに戻ってしまうかもしれない。そう危惧した騎士は、国内の遙か遠く、もしくは国外にまで向かったのでは……と。旦那様のお力でも探し出せないぐらい遠くまで行き、エチルデの王族と周囲に気取られないように生活していれば、見つからなくても仕方がないと」
「確かに、そうね」
会った事のない兄に思いを馳せ、クローディアは溜め息をつく。
ソルの話を聞きながらも斜面を登り続けていたので、後ろを向くとかなり高い所まで来ていたのが分かる。
「宮殿からの眺めは格別ですよ。もう少しです」
ソルが微笑んで歩き始め、クローディアも続く。
「エチルデの鉱夫たちはどうなったんだ?」
ディストに訪ねられ、ソルは口を開く。
「血気盛んな鉱夫たちのほとんどは、騎士たちに混じってツルハシなどを手に戦ったそうです」
後方で、ディストが「あぁ……」と納得のいった溜め息をつくのが聞こえた。
「鉱山への入り口は王宮の中にあります。ですがそれを隠してしまえば、誰も鉱山の入り口を知る事はありません」
今まで誰も知らなかった事実を聞き、長い間鉱山やエチルデの秘法を探していたディストが、またうなるような声を出す。
「今、バフェットに元鉱夫はいるのか?」
「……数名ならいます。本当なら全員で敵に立ち向かうつもりだったようですが、全滅しまっては意味がないと、頭目と数人の者はバフェットに落ち延びました。ですが頭目は今はかなり高齢になりました。生き残りに様々な事を継承するにも、鉱山の現場であれこれ教えるには、エチルデ領への出入りは禁じられています。加えて彼らもまた、仲間が大勢死んだ土地に戻るのは辛いものがあるのでしょう」
ソルの話を聞き、クローディアは溜め息をつく。
「……殿下。もし私がエチルデ再興に向けて動き、仮に閉ざされていた鉱山を開く事ができたら、どうなさいますか?」
あと少しで宮殿というところでディストに質問をし、彼の返事を待つ。
いつもならすぐに明朗な答えを返す彼だが、今回はしばし黙っていた。
その間一行は宮殿前まで着き、クローディアは後ろを向いた。
「わぁ……」
小高い場所にいると、目の前に森が海のように広がっているのが分かる。
3
お気に入りに追加
248
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
その手で、愛して。ー 空飛ぶイルカの恋物語 ー
ユーリ(佐伯瑠璃)
キャラ文芸
T-4ブルーインパルスとして生を受けた#725は専任整備士の青井翼に恋をした。彼の手の温もりが好き、その手が私に愛を教えてくれた。その手の温もりが私を人にした。
機械にだって心がある。引退を迎えて初めて知る青井への想い。
#725が引退した理由は作者の勝手な想像であり、退役後の扱いも全てフィクションです。
その後の二人で整備員を束ねている坂東三佐は、鏡野ゆう様の「今日も青空、イルカ日和」に出ておられます。お名前お借りしました。ご許可いただきありがとうございました。
※小説化になろうにも投稿しております。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
消された過去と消えた宝石
志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。
刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。
後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。
宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。
しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。
しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。
最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。
消えた宝石はどこに?
手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。
他サイトにも掲載しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACの作品を使用しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる