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廃王国
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小鳥の囀りがどこからか聞こえ、木立に反射する。
馬を進めながら周囲をゆっくり見ていると、視界のどこかで素早く動く小動物の姿も目視できた。
エチルデに続く道は石畳の街道になっているが、その左右には朽ちて半ば腐葉土になりかけている枯れ葉で満ちている。
馬の蹄に踏まれ、土の水分を吸って濡れた枯れ葉が、微かな水音を立てた。
のどかな光景だけを見れば、ただのピクニックとも言えたかもしれない。
(けれどこの奥には、私の生まれ故郷があるのだわ)
つい自然の美しさに呆けてしまいそうになるが、クローディアは気を引き締めた。
やがて行く手に倒木などが多くなってきた。
普段バフェットの民が立ち入る場所なら、森番がきちんと森の管理をしている。
いざ森林火災が発生した場合、倒木などがあれば人が逃げ遅れる場合があるかもしれない。
あらゆる事を想定し、イグナットは森番によそ者が立ち入らないよう見張るほか、整備も頼んでいた。
だが決められた区域以外は、エチルデの〝ため〟に、あえて自然のままにしていた。
「ここより先は道が険しくなります」
ソルが言い、クローディアは「分かったわ。気を付ける」と返事をする。
やがて先頭を行く騎士たちが腰に取り付けていた、剪定ばさみを取り出し始めた。
行く手を鬱蒼と茂る木々の葉が遮り、それをはさみで切り落とし、後続が通りやすいようにしながら進んでゆく。
勿論、隊列の速度も落ちる。
鬱蒼としているからか森全体が暗くなったように思え、周りに皆がいるから心配する事はないが、ほんの少しだけ気持ちに陰りができた。
自分の生まれ故郷に行くというのに、この先にあるのは廃墟……というイメージしかない。
ミケーラに帰る時のワクワクした気持ちとは雲泥の差だ。
つい沈みがちになる気分を、クローディアは必死に鼓舞する。
(故郷が沢山あるのはいい事じゃない。ミケーラにバフェットにエチルデ。私には三つも故郷があるわ)
前向きに考え、時々ディストとルシオの会話に参加しながら進み、約一時間半ほど経っただろうか。
「そろそろです」
ソルが言い、木立の向こうに開けた場所が見えた。
クローディアは思わず、服の上からペンダントを握った。
目の前を遮っていた枝が切り落とされ、先頭の騎士たちの向こうが見える。
馬を進めると、エルガー山脈に繋がる勾配の上に、青白く美しい宮殿が見えた。
その下に、なだらかで幅広な丘陵に沿って城下街が続いていた。
山麓にある国らしく、街の建物は丸太を使った素朴な物が多い。その悉くが焼けて黒くなり、または激しく燃えて形を失っていた。
残っている部分には飛んできた種子が発芽し、丸太の中に根を食い込ませて家を緑化させている。
小国とはいえ、かつて人々が住み活気に満ちていただろう王国は、いまや完全に沈黙している。
普段何気なく見ている城や街というものが、完全に〝死んでいる〟姿を見るのは、胸にくるものがあった。
「…………」
風が吹き、焼けた建物の屋根からぶら下がっている木材が揺れる。
クローディアはザワリと鳥肌を立てさせ、馬から下りた。
何も言わず馬を引いて歩き出す彼女を、誰も止めない。
残る物たちもクローディアに合わせ、徒歩で失われた王国の中を歩いた。
「エチルデ王国は、人口三千人ほどの国でした。エルガー山脈の玄関口であり、勿論高山にある宝石が国を支える一大産業です。他、林業や狩猟による革、毛皮製品や細工物の山地、そして岩塩やハーブなども多く産出していました。農牧も盛んで、山際の草を食べた家畜は良いミルクを出したものです」
ソルが二十年前の事を思い出し、感傷に浸りながら、けれどしっかりと現実を見据えながら説明する。
全員で斜面の上にある宮殿に向かう途中、ソルは国内のどこに何があったのかなどの説明をしてくれた。
斜面にある街並みの中心に、大きな通りがある。通りの左右には階段があり、中央は馬車や馬が行き来できる広さがあった。
エルガー山脈の頂は雪を被り、雪解け水が川となってエチルデ王国を通り、最終的にバフェット領にある湖に注いでいる。
その川も上手く生活用水となるよう整備されていたようだが、今は設備もすべて破壊されている。
なので現在ではバフェット領のほうで水量などを調節していた。
馬を進めながら周囲をゆっくり見ていると、視界のどこかで素早く動く小動物の姿も目視できた。
エチルデに続く道は石畳の街道になっているが、その左右には朽ちて半ば腐葉土になりかけている枯れ葉で満ちている。
馬の蹄に踏まれ、土の水分を吸って濡れた枯れ葉が、微かな水音を立てた。
のどかな光景だけを見れば、ただのピクニックとも言えたかもしれない。
(けれどこの奥には、私の生まれ故郷があるのだわ)
つい自然の美しさに呆けてしまいそうになるが、クローディアは気を引き締めた。
やがて行く手に倒木などが多くなってきた。
普段バフェットの民が立ち入る場所なら、森番がきちんと森の管理をしている。
いざ森林火災が発生した場合、倒木などがあれば人が逃げ遅れる場合があるかもしれない。
あらゆる事を想定し、イグナットは森番によそ者が立ち入らないよう見張るほか、整備も頼んでいた。
だが決められた区域以外は、エチルデの〝ため〟に、あえて自然のままにしていた。
「ここより先は道が険しくなります」
ソルが言い、クローディアは「分かったわ。気を付ける」と返事をする。
やがて先頭を行く騎士たちが腰に取り付けていた、剪定ばさみを取り出し始めた。
行く手を鬱蒼と茂る木々の葉が遮り、それをはさみで切り落とし、後続が通りやすいようにしながら進んでゆく。
勿論、隊列の速度も落ちる。
鬱蒼としているからか森全体が暗くなったように思え、周りに皆がいるから心配する事はないが、ほんの少しだけ気持ちに陰りができた。
自分の生まれ故郷に行くというのに、この先にあるのは廃墟……というイメージしかない。
ミケーラに帰る時のワクワクした気持ちとは雲泥の差だ。
つい沈みがちになる気分を、クローディアは必死に鼓舞する。
(故郷が沢山あるのはいい事じゃない。ミケーラにバフェットにエチルデ。私には三つも故郷があるわ)
前向きに考え、時々ディストとルシオの会話に参加しながら進み、約一時間半ほど経っただろうか。
「そろそろです」
ソルが言い、木立の向こうに開けた場所が見えた。
クローディアは思わず、服の上からペンダントを握った。
目の前を遮っていた枝が切り落とされ、先頭の騎士たちの向こうが見える。
馬を進めると、エルガー山脈に繋がる勾配の上に、青白く美しい宮殿が見えた。
その下に、なだらかで幅広な丘陵に沿って城下街が続いていた。
山麓にある国らしく、街の建物は丸太を使った素朴な物が多い。その悉くが焼けて黒くなり、または激しく燃えて形を失っていた。
残っている部分には飛んできた種子が発芽し、丸太の中に根を食い込ませて家を緑化させている。
小国とはいえ、かつて人々が住み活気に満ちていただろう王国は、いまや完全に沈黙している。
普段何気なく見ている城や街というものが、完全に〝死んでいる〟姿を見るのは、胸にくるものがあった。
「…………」
風が吹き、焼けた建物の屋根からぶら下がっている木材が揺れる。
クローディアはザワリと鳥肌を立てさせ、馬から下りた。
何も言わず馬を引いて歩き出す彼女を、誰も止めない。
残る物たちもクローディアに合わせ、徒歩で失われた王国の中を歩いた。
「エチルデ王国は、人口三千人ほどの国でした。エルガー山脈の玄関口であり、勿論高山にある宝石が国を支える一大産業です。他、林業や狩猟による革、毛皮製品や細工物の山地、そして岩塩やハーブなども多く産出していました。農牧も盛んで、山際の草を食べた家畜は良いミルクを出したものです」
ソルが二十年前の事を思い出し、感傷に浸りながら、けれどしっかりと現実を見据えながら説明する。
全員で斜面の上にある宮殿に向かう途中、ソルは国内のどこに何があったのかなどの説明をしてくれた。
斜面にある街並みの中心に、大きな通りがある。通りの左右には階段があり、中央は馬車や馬が行き来できる広さがあった。
エルガー山脈の頂は雪を被り、雪解け水が川となってエチルデ王国を通り、最終的にバフェット領にある湖に注いでいる。
その川も上手く生活用水となるよう整備されていたようだが、今は設備もすべて破壊されている。
なので現在ではバフェット領のほうで水量などを調節していた。
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