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イグナットの寝室

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 強張った顔をしているクローディアを見て、向かいに座ったディストが口を開いた。

「突然王族の自覚を持てと言われても、無理があるだろう。君は今までルーフェン子爵家の令嬢としてよくやってきたと思う。これから少しずつエチルデの王族という自覚を持ち、なすべき事を考えるといい」

「はい。ありがとうございます」

 王族の理解者が現れ、クローディアは安堵する。

「君の国がなくなった責任は、何分の一かはハーティリアにもある。勿論、一番罪が重いのは攻めてきたオスタリカとキールンだがな。その意味もあり、君がもし今後エチルデ領に住まいを移し、自治領としたいと復興を願うなら、父上に話をしてみたいと思う」

「はい。正直、まだそこまでは考えられていないのですが、バフェット領の女城主としてすべき事をした上で、ゆっくり考えていきたいと思います」

 動揺する気持ちはあるが、ここで慌てても仕方がない。

 クローディアの体は一つしかないのに、様々な肩書きや立場がドドッと重圧となって襲いかかろうとしている。

「その前に、前バフェット辺境伯の遺言を見たらどうでしょう?」

 ルシオが提案し、クローディアは「そうですね」と頷く。

「ソルへの手紙もあると書いてあったわ。イグナット様の寝室に行きましょう」

「はい」

 ソルは立ち上がり、クローディアは三人やラギ、レンと共にイグナットの寝室に向かう。

 夏場でもひんやりとしている城の中に、複数人の足音がやけに大きく響く。

 その途中、クローディアはソルに詫びた。

「ソル、イグナット様が亡くなられた時は、あなたの深い悲しみも苦しみも知らずに、『悲しいのは一人だけじゃない』など言ってごめんなさい」

「いいえ、気になさらないでください。あの時の私は我を失っていました。私に対してあの時厳しく言ってくださる存在は、奥様しかいませんでした。あの時叱ってくださって、私は本当に助かったと思っているのです。今はこうして変わらず城で旦那様が愛した城を守り、奥様……殿下にお仕えする事ができるのですから」

「そう言ってもらえて少し気持ちが楽になったわ。お互い境遇は違えど、イグナット様を失って悲しんでいるのは同じと思っているの。これからは、残された私たちで何ができるのか一緒に考えていきましょう」

「はい」

 しっかりと気持ちを確認し合いながら、狭い階段を上がってゆく。さらに廊下を進んだ奥に、イグナットの寝室が見えた。

 彼が亡くなってから、この部屋を訪れる事はほぼなくなってしまった。

 葬儀が終わったあとは、イグナットの思い出に浸るために数度訪れて放心し、それも空しくなるばかりだと悟ったあとは、近付くのもやめてしまった。

 ドアの前に立ち、クローディアはしばし呼吸を整える。

 いつもこのドアを開けたら、イグナットが眠っているベッドがすぐに目に入り、彼が微笑んで「よく来てくれましたね」と起き上がってくれた。

(それももう、ないのだわ)

 心の中で呟き、クローディアはドアノブに手を掛けた。

 ドアを開けると、使っていない部屋のヒヤリとした空気が肌に触れる。

 室内には勿論灯りはついておらず、夜なので真っ暗だ。家具が日光で傷まないようカーテンが閉められているので、より暗い。

「灯りを付けますね」

 身についた習性なのか、ソルがすぐに動いて室内のランプやシャンデリアに灯りをつけてゆく。
 室内が明るくなってホッとするものの、空気はいまだ冷えたままだ。

 ソルが灯りを付けている間、ラギが動いて暖炉に火を付けてくれていた。

「ベッドの裏と言っていたわ」

 イグナットのベッドは天蓋のない物で、カーテンを開けると日差しを浴びられるようになっていた。

 だから動かすにしても四柱式の天蓋ベッドよりは楽だ。

「よし、じゃあ俺たちが動かそう。男たちは手伝ってくれ」

 ディストが進み出て、ルシオ、ラギ、レンが手伝うためにベッドに近付いた。

「ところで、裏ってマットレスの裏という意味かしら? それともヘッドボードの裏?」

 クローディアが改めて首を傾げると、ラギがボソッと突っ込む。

「そんなの、ベッドを動かしちまえばいい話でしょう」

「確かにそうね」

 クローディアが頷いたあと、男四人が「せーの!」とイグナットのベッドを持ち上げた。

「そっちに傾かせる」

 手前側を持っていたディストが言い、向こう側にいるラギとレンが「承知しました」と返事をする。

「レン殿は向こう側に回って、持ち上げに加わってもらえますか? 俺はこちら側で支えます」

「分かりました」

 ラギに言われ、レンはベッドを回り込んでディスト、ルシオの加勢をする。

 やがてずっしりとしたベッドが真横になった。
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