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ただいま!
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ミケーラから街道を進み北西に向かうと、左手に雪を抱いたエルガー山脈があり、森が見えてくる。
森の中に続く街道を賊に警戒してさらに進むと、湖が西日に煌めくのが見え、尖塔が特徴的なバフェット城のシルエットが窺える。
(帰ってきたわ)
イグナットが亡くなった冬から、春の間に〝未亡人クローディア〟の準備を整えた。
それから社交シーズンになると同時に活動を開始し、周囲から様々な感情のこもった視線を浴びた。
娼婦のように扱われ、嘲笑され、時には夫が亡くなったショックで気が触れたとも言われた。
それらを強い気持ちではね除けられたのも、すべて自分に対してよくしてくれたイグナットとソル、城の者や領民たちのためだ。
(ソル。あなたにすべてを打ち明けて謝りたい。そして一緒にイグナット様の遺書を読みましょう)
今も女家令として城を守り続けてくれている彼女に語りかけ、クローディアは第二の故郷となったバフェット領の森の匂いを嗅いでから、馬車の窓を閉めた。
「お帰りなさいませ、クローディアさま」
跳ね橋を渡った向こうには、城の者たちが総出でクローディアを出迎えてくれていた。
勿論、王太子ディストとエイリット子爵のルシオがいるからでもあり、全員正装を身に纏ってでの歓迎を表していた。
恐らく二人をもてなすための客間も、綺麗に整えられているのだろう。
「ソル、ただいま!」
御者の手を借りてステップを下りたクローディアは、第二の母のように慕っているソルに駆け寄り、抱きついた。
彼女からはいつものように、森の奥でひっそりと咲く青白い花のような、清涼感のある香りがする。
「紹介するわ。王太子殿下ディスト様と、ヘンルー伯爵家のご長男で、エイリット子爵ルシオ様よ」
クローディアが全員に二人を挨拶すると、城の者たちが恭しくお辞儀をした。
「そう畏まらないでくれ。正式な訪問ではなく、彼女の友人として訪れた気持ちでいる」
ディストの言葉を聞き、王太子殿下と聞いて緊張していた者たちの表情が少し緩む。
「殿下、城の者全員、殿下とエイリット卿のご来城を歓迎いたします。立ち話もなんですし、ひとまず城にお入りくださいませ」
ソルに言われ、ディストは「そうだな」と頷く。
そのあと、クローディアに同行していた騎士たちは、バフェット城の騎士たちに「よく帰ったな」と少し荒々しい歓迎を受けていた。
**
クローディアは一度自室に戻り、ディストたちも客間に通される。
体を休めてからソルも交えて話をしようという事で、再び集まるのは晩餐でとなった。
ずっと影のように付き従っていたラギは、休む様子も見せずクローディアの側にいる。
「せっかく城に戻ってきたんだから、ラギも自分の部屋で休めばいいのに」
「俺はお嬢の護衛ですから」
黒い装束に身を包んだラギは、相も変わらず……という様子だ。
「あなたの部屋はすぐ側じゃない。そこまで心配しなくても大丈夫よ。ラギだってこの長旅で疲れているでしょうし」
「俺の体力をお嬢と一緒にしないでください」
「もう、強情ね。分かったわ好きにして。私は少し横になって休むから、あなたも座っていて」
「分かりました」
(こういうところは素直なんだから……)
溜め息をつき心の中で呟いてから、クローディアは続き間の寝室に行って靴を脱ぎ、ベッドの上に横になった。
慣れ親しんだ寝具の匂いに落ち着いたかと思うと、彼女はあっという間に眠りの淵に落ちてしまった。
やがて食事時になり、クローディアは落ち着きのある黒いドレスを纏って晩餐室に向かった。
舞踏会で派手に振る舞っていたのはわざとなので、バフェット領に戻ってまで喪服で派手さを出す必要はない。
バフェット城の料理人が作ってくれた料理を口にすると、慣れ親しんだ味にホッと安堵する。
湖で採れた淡水魚のポワレに、メインは鹿肉のソテーに赤ワインソースを絡めたものだ。
口直しにベリーの甘酸っぱいシャーベットを食べ、全員にお茶が出される。
森の中に続く街道を賊に警戒してさらに進むと、湖が西日に煌めくのが見え、尖塔が特徴的なバフェット城のシルエットが窺える。
(帰ってきたわ)
イグナットが亡くなった冬から、春の間に〝未亡人クローディア〟の準備を整えた。
それから社交シーズンになると同時に活動を開始し、周囲から様々な感情のこもった視線を浴びた。
娼婦のように扱われ、嘲笑され、時には夫が亡くなったショックで気が触れたとも言われた。
それらを強い気持ちではね除けられたのも、すべて自分に対してよくしてくれたイグナットとソル、城の者や領民たちのためだ。
(ソル。あなたにすべてを打ち明けて謝りたい。そして一緒にイグナット様の遺書を読みましょう)
今も女家令として城を守り続けてくれている彼女に語りかけ、クローディアは第二の故郷となったバフェット領の森の匂いを嗅いでから、馬車の窓を閉めた。
「お帰りなさいませ、クローディアさま」
跳ね橋を渡った向こうには、城の者たちが総出でクローディアを出迎えてくれていた。
勿論、王太子ディストとエイリット子爵のルシオがいるからでもあり、全員正装を身に纏ってでの歓迎を表していた。
恐らく二人をもてなすための客間も、綺麗に整えられているのだろう。
「ソル、ただいま!」
御者の手を借りてステップを下りたクローディアは、第二の母のように慕っているソルに駆け寄り、抱きついた。
彼女からはいつものように、森の奥でひっそりと咲く青白い花のような、清涼感のある香りがする。
「紹介するわ。王太子殿下ディスト様と、ヘンルー伯爵家のご長男で、エイリット子爵ルシオ様よ」
クローディアが全員に二人を挨拶すると、城の者たちが恭しくお辞儀をした。
「そう畏まらないでくれ。正式な訪問ではなく、彼女の友人として訪れた気持ちでいる」
ディストの言葉を聞き、王太子殿下と聞いて緊張していた者たちの表情が少し緩む。
「殿下、城の者全員、殿下とエイリット卿のご来城を歓迎いたします。立ち話もなんですし、ひとまず城にお入りくださいませ」
ソルに言われ、ディストは「そうだな」と頷く。
そのあと、クローディアに同行していた騎士たちは、バフェット城の騎士たちに「よく帰ったな」と少し荒々しい歓迎を受けていた。
**
クローディアは一度自室に戻り、ディストたちも客間に通される。
体を休めてからソルも交えて話をしようという事で、再び集まるのは晩餐でとなった。
ずっと影のように付き従っていたラギは、休む様子も見せずクローディアの側にいる。
「せっかく城に戻ってきたんだから、ラギも自分の部屋で休めばいいのに」
「俺はお嬢の護衛ですから」
黒い装束に身を包んだラギは、相も変わらず……という様子だ。
「あなたの部屋はすぐ側じゃない。そこまで心配しなくても大丈夫よ。ラギだってこの長旅で疲れているでしょうし」
「俺の体力をお嬢と一緒にしないでください」
「もう、強情ね。分かったわ好きにして。私は少し横になって休むから、あなたも座っていて」
「分かりました」
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湖で採れた淡水魚のポワレに、メインは鹿肉のソテーに赤ワインソースを絡めたものだ。
口直しにベリーの甘酸っぱいシャーベットを食べ、全員にお茶が出される。
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