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罪悪感
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「本当なら君が訪ねてきた時に、すぐ教えてやりたい気持ちはあった。だが君は時の人で、加えて悪目立ちして何を考えているか分からなかった。それゆえ、イグナットの死を知りたがる真意を測れずにいた。純粋に夫の死を悼んでゆえの行動とはいえ、すぐにすべて教えてやれなくてすまない」
「いいえ、こうして真実を知る事ができたのですから、もうこれ以上苦しまれないでください。殿下もおつらかったでしょう」
「君ほどではない」
ディストはゆるりと首を左右に振り、ぬるくなったお茶に手を伸ばした。
「それで、バフェット城にいるソルという女性は、エチルデ王妃の侍女だったと……?」
ルシオがソルの存在を持ち出し、クローディアは重たい溜め息をつく。
「ソルがイグナット様に拾われたのは、十五年前と言っていました。殿下から毒を賜ったのが十年前。恐らくソルは当時の事も知っていたのかもしれませんね」
主人に忠実なソルを思い浮かべ、クローディアは気持ちが重たくなる。
彼女こそ、自分よりももっと傷つき、長い間苦しみ続けた一番の被害者なのかもしれない。
「手紙には彼女の事を書いてあるか?」
途中でディストに毒の話を聞いたため、手紙を読む作業は止まってしまっていた。
「もう少し、読み進めてみますね」
「ああ」
クローディアは次の手紙を開いた。
先ほどの手紙は、イグナットが毒を飲み始めたところで終わっていたので、もしかしたらソルの事が書かれているかもしれない。そう思いながら、クローディアはイグナットの字を追う。
『君には私のもう一つの罪を告白しておきたい。私は五年前にソルという名前の女性と、アペッソという街で出会った。見た事のある女性だと思い、部下に彼女の事を調べさせれば、彼女はエチルデ王妃の侍女だと分かった。ソルは戦争になるのを察した王妃に、あらかじめ時間がかかる使いに出されたようだ。そして一か月経つまで戻ってはいけないとも言われていた。その間にエチルデを巡る戦争が始まり、ソルは慌てて祖国に戻ろうとした。だがその頃にはすでにバフェット領で通行禁止が始まっていて、彼女は結局主人に再びまみえる事はなかった。』
(やっぱり、イグナット様はソルの事をご存知の上で側に置いていた……)
少しずつパズルのピースが集まって、正解の場所に当てはめられていくイメージが脳裏に浮かび上がる。
手紙はなおも続く。
『帰る場所を失ったソルは、バフェット領に近いアペッソに住み始め、そこで家庭教師などをして生計を立てていたようだ。女性が一人で暮らすにはままならず、街の男と結婚したがそれも上手くいかなくなったらしい。戦争が終わったあと、彼女は一度旧エチルデ領に向かったそうだが、そこにはもう誰もいなかった。失意のまま、彼女は行く当てもなくまたアペッソに戻った。その話を聞き、このままではいけないと思った私は、彼女の仕事ができそうな面に惹かれたと言い訳をし、バフェットに迎え入れた。』
(当時のイグナット様は、エチルデ王妃の侍女が生きて目の前にいると分かった時、どんな気持ちになったのかしら)
想像しただけで、彼がより罪悪感を感じて己を責めただろう事が分かる。
『ソルは私に恩を感じ、敬愛してくれた。自分はアリシア殿下の侍女だったと打ち明け、私に戦争についての話を聞きたがった。あの戦の被害者でもあるソルに、バフェット辺境伯でありながら事実を伏せている訳にもいかない。私は王と王妃が亡くなり、王太子と王女も行方不明だと話した。それから、アリシア殿下から預かっていた手紙を彼女に渡した。』
『別に逃がした王太子と王女とどこかで会ったら、また仕えてほしい』という手紙だ。
『その手紙を読んだソルに、私はクローディア殿下の事を伏せてしまった。当時五歳のクローディア殿下のもとにソルが現れて、どう影響するのか考えてみた。今のクローディア殿下は、君たちを本当の両親と思って日々楽しく過ごしているだろう。そこにソルが現れ、戦火に失われた国の王女だと言えば、必ず殿下は混乱される。』
イグナットの主張を知り、クローディアは確かにその通りだと思った。
五歳のクローディアは両親や騎士たちが大好きで、生まれたばかりの弟に夢中だった。
そこにソルが現れ、「あなた様だけがエチルデ再興の希望です」など言われようものなら、クローディアは戸惑って恐れを成しただろう。
『クローディア殿下には、ただ健やかに育って頂きたい。殿下が正しく物事を判断する年齢になるまで、私はバフェット領を守り抜くつもり……だった。ソルを引き取ったのは、責任からもあった。だが彼女が私を敬ってくれるほど、私の中で罪悪感が膨れ上がっていった。』
(ソルを引き取ったのは、イグナット様にとって諸刃の刃だったのだわ。せめてエチルデの難民となった彼女を自分が助けたいと思う気持ちと、彼女をそのような身にさせてしまった罪悪感……。)
不意に、クローディアはミケーラで過ごしていた時の事を思い出した。
両親、弟と連れ立って狩りに行き、騎士達助けも得て弟は大きななウサギを狩った。
が、そのあとに子ウサギたちを見つけ、罪悪感に駆られた弟は、その子ウサギたちをミケーラ城に連れ帰って飼うと言い出したのだ。
その時、父がとても厳しく言い含めた。
「いいえ、こうして真実を知る事ができたのですから、もうこれ以上苦しまれないでください。殿下もおつらかったでしょう」
「君ほどではない」
ディストはゆるりと首を左右に振り、ぬるくなったお茶に手を伸ばした。
「それで、バフェット城にいるソルという女性は、エチルデ王妃の侍女だったと……?」
ルシオがソルの存在を持ち出し、クローディアは重たい溜め息をつく。
「ソルがイグナット様に拾われたのは、十五年前と言っていました。殿下から毒を賜ったのが十年前。恐らくソルは当時の事も知っていたのかもしれませんね」
主人に忠実なソルを思い浮かべ、クローディアは気持ちが重たくなる。
彼女こそ、自分よりももっと傷つき、長い間苦しみ続けた一番の被害者なのかもしれない。
「手紙には彼女の事を書いてあるか?」
途中でディストに毒の話を聞いたため、手紙を読む作業は止まってしまっていた。
「もう少し、読み進めてみますね」
「ああ」
クローディアは次の手紙を開いた。
先ほどの手紙は、イグナットが毒を飲み始めたところで終わっていたので、もしかしたらソルの事が書かれているかもしれない。そう思いながら、クローディアはイグナットの字を追う。
『君には私のもう一つの罪を告白しておきたい。私は五年前にソルという名前の女性と、アペッソという街で出会った。見た事のある女性だと思い、部下に彼女の事を調べさせれば、彼女はエチルデ王妃の侍女だと分かった。ソルは戦争になるのを察した王妃に、あらかじめ時間がかかる使いに出されたようだ。そして一か月経つまで戻ってはいけないとも言われていた。その間にエチルデを巡る戦争が始まり、ソルは慌てて祖国に戻ろうとした。だがその頃にはすでにバフェット領で通行禁止が始まっていて、彼女は結局主人に再びまみえる事はなかった。』
(やっぱり、イグナット様はソルの事をご存知の上で側に置いていた……)
少しずつパズルのピースが集まって、正解の場所に当てはめられていくイメージが脳裏に浮かび上がる。
手紙はなおも続く。
『帰る場所を失ったソルは、バフェット領に近いアペッソに住み始め、そこで家庭教師などをして生計を立てていたようだ。女性が一人で暮らすにはままならず、街の男と結婚したがそれも上手くいかなくなったらしい。戦争が終わったあと、彼女は一度旧エチルデ領に向かったそうだが、そこにはもう誰もいなかった。失意のまま、彼女は行く当てもなくまたアペッソに戻った。その話を聞き、このままではいけないと思った私は、彼女の仕事ができそうな面に惹かれたと言い訳をし、バフェットに迎え入れた。』
(当時のイグナット様は、エチルデ王妃の侍女が生きて目の前にいると分かった時、どんな気持ちになったのかしら)
想像しただけで、彼がより罪悪感を感じて己を責めただろう事が分かる。
『ソルは私に恩を感じ、敬愛してくれた。自分はアリシア殿下の侍女だったと打ち明け、私に戦争についての話を聞きたがった。あの戦の被害者でもあるソルに、バフェット辺境伯でありながら事実を伏せている訳にもいかない。私は王と王妃が亡くなり、王太子と王女も行方不明だと話した。それから、アリシア殿下から預かっていた手紙を彼女に渡した。』
『別に逃がした王太子と王女とどこかで会ったら、また仕えてほしい』という手紙だ。
『その手紙を読んだソルに、私はクローディア殿下の事を伏せてしまった。当時五歳のクローディア殿下のもとにソルが現れて、どう影響するのか考えてみた。今のクローディア殿下は、君たちを本当の両親と思って日々楽しく過ごしているだろう。そこにソルが現れ、戦火に失われた国の王女だと言えば、必ず殿下は混乱される。』
イグナットの主張を知り、クローディアは確かにその通りだと思った。
五歳のクローディアは両親や騎士たちが大好きで、生まれたばかりの弟に夢中だった。
そこにソルが現れ、「あなた様だけがエチルデ再興の希望です」など言われようものなら、クローディアは戸惑って恐れを成しただろう。
『クローディア殿下には、ただ健やかに育って頂きたい。殿下が正しく物事を判断する年齢になるまで、私はバフェット領を守り抜くつもり……だった。ソルを引き取ったのは、責任からもあった。だが彼女が私を敬ってくれるほど、私の中で罪悪感が膨れ上がっていった。』
(ソルを引き取ったのは、イグナット様にとって諸刃の刃だったのだわ。せめてエチルデの難民となった彼女を自分が助けたいと思う気持ちと、彼女をそのような身にさせてしまった罪悪感……。)
不意に、クローディアはミケーラで過ごしていた時の事を思い出した。
両親、弟と連れ立って狩りに行き、騎士達助けも得て弟は大きななウサギを狩った。
が、そのあとに子ウサギたちを見つけ、罪悪感に駆られた弟は、その子ウサギたちをミケーラ城に連れ帰って飼うと言い出したのだ。
その時、父がとても厳しく言い含めた。
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