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お前は私たちの本当の子ではない
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「連絡もせずすまない」
ディストの言葉に、マグレーは「めっそうもございません」と歓迎の意を表す。
「ひとまず、中にお入りください」
城主に招かれ、一行はそびえ立つ城の入り口に向かった。
「クローディア、元気そうで何よりだ」
応接室まで行くと、すぐに執事がお茶を淹れてくれ、父が声を掛けてくる。
「はい、お父様もお母様も、他の皆も健勝で何よりです」
クローディアは嫁入りしても大丈夫ですよと言わんばかりに、淑女の気品溢れる笑みを零す。
メイドが運んできた焼き菓子も、城の料理人が作ってくれた馴染み深い物だ。
思わず頬が緩むクローディアを、ディストとルシオは「年相応の顔をするんだな」と微笑ましく見守っていた。
「殿下もエイリット卿も、ようこそミケーラへ。荒野に覆われた土地ですが、都市は活気があり民も良い者ばかりです。どうぞごゆるりと滞在なさってください」
マグレーから挨拶され、ディストとルシオは軽く会釈をする。
その後、クローディアがバフェット領に嫁いでからの話になり、やがてイグナットが亡くなったという流れになると、全員やや暗い面持ちになる。
この場にいる全員に、「秘密にしてほしい」と前置きした上で、クローディアはイグナットが自ら毒を飲んだ事、その毒を渡したのはディストであった事などを話した。
「その上で、お父様にお聞きしたいのです。自死を覚悟していたイグナット様が、この時期になって私を妻にと望んだのはなぜですか? 『恩がある』と仰っていましたが、その内容を詳しく話してほしいのです」
クローディアは背筋を伸ばし、まっすぐ父を見る。
彼女はいまだ、黒いデイドレスを身に纏っていた。
「私はイグナット様の死の原因を解明するまで、寡婦として喪服を着続けるつもりです」
覚悟のほどを口にし、クローディアはエメラルドグリーンの目で父を見据えた。
しばらく沈黙が落ち、マグレーは口を閉ざしていた。
アガットは事情を知っているのか分からないが、もし知っていたのだとしても、すべて夫の言う通りにしていたのだろう。
荒野を通る強めの風が吹き、遠くから尖塔の屋根に取り付けられた、風鳴りの笛が甲高い音を立てるのが聞こえた。
風の強さを測るためののぼりと共に、風鳴りの笛は音でもって城の者に風の強さを教える。
城は石造りであるため、夏期でも内部はひんやりとしているので、通年暖炉では火を焚いている。
今の風を受けて煙突内に風が吹き込み、ボゥッと炎が大きくなったのを、クローディアはぼんやりと見た。
室温を保つためのタペストリーも、見慣れた柄だ。
懐かしさを胸いっぱいに感じながらも、クローディアは〝イグナットの妻〟として自分がここにいる現実を味わう。
皆が沈黙しているあいだ、室内に置かれてある時計の秒針が、チッ、チッ、チッ……と時を刻んでゆく音が聞こえる。
やがてマグレーは溜め息をつき、口を開いた。
「……クローディア。真実を話すには、お前につらい現実を伝えなければいけない」
何かあるだろうと思っていたので、ある程度の覚悟はできている。
「構いません」
きっぱり言い切ったクローディアの言葉を聞き、ディストは微かに笑んだ。
「分かった」
返事をしたマグレーの膝に、隣に座っている母がそっと手を添えた。
その手を握り、父はクローディアに現実を突きつける。
「クローディア、お前は私たちの本当の子ではない」
「…………!」
思わず震えたクローディアの手を、隣からルシオが握ってきた。
同時に、ディストも反対側の彼女の手を握る。
――一人じゃない。
勇気をもらったクローディアは、口内に溜まった唾を嚥下し、ひとつ深呼吸をする。
「……どういう、……事でしょうか」
声も微かに震えてしまったが、取り乱さなかった自分を褒めてやりたい気持ちになった。
目と鼻の奥がツンとし、泣いてしまいそうになる。
だがもう無邪気でいられる少女時代は終わった。
クローディアは今はイグナットの妻で、優しくしてくれた彼の死の謎を解き明かす使命がある。
たとえ、彼がそれを望んでいなかったとしても。
「お前が生まれた時、既知の仲であるバフェット辺境伯から『一生に一度の頼みがある』と手紙があり、私はバフェット領に向かった。当時は戦争が終わった直後で、彼はとても忙しくしていた」
クローディアはある予感を抱いていやな汗をかきながらも、黙ってマグレーの言葉を聞いていた。
ディストの言葉に、マグレーは「めっそうもございません」と歓迎の意を表す。
「ひとまず、中にお入りください」
城主に招かれ、一行はそびえ立つ城の入り口に向かった。
「クローディア、元気そうで何よりだ」
応接室まで行くと、すぐに執事がお茶を淹れてくれ、父が声を掛けてくる。
「はい、お父様もお母様も、他の皆も健勝で何よりです」
クローディアは嫁入りしても大丈夫ですよと言わんばかりに、淑女の気品溢れる笑みを零す。
メイドが運んできた焼き菓子も、城の料理人が作ってくれた馴染み深い物だ。
思わず頬が緩むクローディアを、ディストとルシオは「年相応の顔をするんだな」と微笑ましく見守っていた。
「殿下もエイリット卿も、ようこそミケーラへ。荒野に覆われた土地ですが、都市は活気があり民も良い者ばかりです。どうぞごゆるりと滞在なさってください」
マグレーから挨拶され、ディストとルシオは軽く会釈をする。
その後、クローディアがバフェット領に嫁いでからの話になり、やがてイグナットが亡くなったという流れになると、全員やや暗い面持ちになる。
この場にいる全員に、「秘密にしてほしい」と前置きした上で、クローディアはイグナットが自ら毒を飲んだ事、その毒を渡したのはディストであった事などを話した。
「その上で、お父様にお聞きしたいのです。自死を覚悟していたイグナット様が、この時期になって私を妻にと望んだのはなぜですか? 『恩がある』と仰っていましたが、その内容を詳しく話してほしいのです」
クローディアは背筋を伸ばし、まっすぐ父を見る。
彼女はいまだ、黒いデイドレスを身に纏っていた。
「私はイグナット様の死の原因を解明するまで、寡婦として喪服を着続けるつもりです」
覚悟のほどを口にし、クローディアはエメラルドグリーンの目で父を見据えた。
しばらく沈黙が落ち、マグレーは口を閉ざしていた。
アガットは事情を知っているのか分からないが、もし知っていたのだとしても、すべて夫の言う通りにしていたのだろう。
荒野を通る強めの風が吹き、遠くから尖塔の屋根に取り付けられた、風鳴りの笛が甲高い音を立てるのが聞こえた。
風の強さを測るためののぼりと共に、風鳴りの笛は音でもって城の者に風の強さを教える。
城は石造りであるため、夏期でも内部はひんやりとしているので、通年暖炉では火を焚いている。
今の風を受けて煙突内に風が吹き込み、ボゥッと炎が大きくなったのを、クローディアはぼんやりと見た。
室温を保つためのタペストリーも、見慣れた柄だ。
懐かしさを胸いっぱいに感じながらも、クローディアは〝イグナットの妻〟として自分がここにいる現実を味わう。
皆が沈黙しているあいだ、室内に置かれてある時計の秒針が、チッ、チッ、チッ……と時を刻んでゆく音が聞こえる。
やがてマグレーは溜め息をつき、口を開いた。
「……クローディア。真実を話すには、お前につらい現実を伝えなければいけない」
何かあるだろうと思っていたので、ある程度の覚悟はできている。
「構いません」
きっぱり言い切ったクローディアの言葉を聞き、ディストは微かに笑んだ。
「分かった」
返事をしたマグレーの膝に、隣に座っている母がそっと手を添えた。
その手を握り、父はクローディアに現実を突きつける。
「クローディア、お前は私たちの本当の子ではない」
「…………!」
思わず震えたクローディアの手を、隣からルシオが握ってきた。
同時に、ディストも反対側の彼女の手を握る。
――一人じゃない。
勇気をもらったクローディアは、口内に溜まった唾を嚥下し、ひとつ深呼吸をする。
「……どういう、……事でしょうか」
声も微かに震えてしまったが、取り乱さなかった自分を褒めてやりたい気持ちになった。
目と鼻の奥がツンとし、泣いてしまいそうになる。
だがもう無邪気でいられる少女時代は終わった。
クローディアは今はイグナットの妻で、優しくしてくれた彼の死の謎を解き明かす使命がある。
たとえ、彼がそれを望んでいなかったとしても。
「お前が生まれた時、既知の仲であるバフェット辺境伯から『一生に一度の頼みがある』と手紙があり、私はバフェット領に向かった。当時は戦争が終わった直後で、彼はとても忙しくしていた」
クローディアはある予感を抱いていやな汗をかきながらも、黙ってマグレーの言葉を聞いていた。
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