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私はもう、バフェット辺境伯夫人なのよ
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「君の噂も耳にしていた。美丈夫で立ち回りも上手いと」
「ははっ、立ち回りが上手いというのは、のらりくらりと逃げ回っていると同義とも言えますが」
ルシオは自分の噂が王太子に届いているのも気にせず、開き直った様子で笑う。
「君もクローディアを見て『面白い』と思ったクチだろう?」
「仰る通りです。なかなか引き出しが多く、話しがいのある女性です」
「まぁ、お二人とも私を珍獣のように仰るのですね」
珍獣という言葉を聞き、二人は噴き出して横を向いた。
肩を揺らし笑いを噛み殺している姿を見て、クローディアは笑いの沸点が似ていると思っていた。
王太子と小旅行をとなったので、初めはどんなに緊張するものかと思っていたが、意外と楽しい旅路になりそうだ。
王都からミケーラまでは一週間ほどかかり、その途中で寄った宿場町でも、クローディアは楽しく過ごす事ができた。
泊まった宿は貴族専用の所で、寝具や調度品などは高級な物を用いている。
クローディアは勿論一部屋を使わせてもらっていたが、一人で食事というのは味気ないので、一階にある食堂でディスト、ルシオと共にとった。
他の貴族たちもいるかもしれなく、ディストとルシオの顔を知っている者がいればややこしくなるので、食事は衝立の中でとらせてもらった。
目的が目的でなければ、土産物なども買って楽しい旅路になっただろう。
だがクローディアにはまじめに考えなければいけない事があり、イグナットの死や喪われたかもしれないソルの命もかかっている。
表向き笑顔で過ごしつつも、ミケーラに近付くにつれ、真剣な顔をする時間が多くなっていった。
**
思い詰めて緊張しているというのに、荒野の向こうにミケーラ城のシルエットを見つけた時は、懐かしさに思わず笑顔が漏れた。
荒野のただなかにあるミケーラへは、城の姿が遠く見えてから二日で着いた。
都市をグルリと囲んでいる城壁をくぐる時は、勿論門番を通さなければいけない。
王太子がいる一行なので、お忍びとはいえ身分を明かす物を見せれば疑われず通れるだろう。
だがクローディアは故郷に戻る事ができたのが嬉しく、思わず馬車から降りて門番に向かって走った。
「久しぶりね!」
今や夜会の時の化粧もしていないクローディアは、二年前までこの都市にいたのとほぼ同じ姿だ。
「姫様!」
門番は目を丸くし、思わず笑顔になって昔のようにクローディアの腰を掴むと高い高いをした。
「きゃあっ! やめてちょうだい! 皆見てるわ!」
「ははっ! すまんすまん」
未亡人になった身なのに、大の男に子供のように抱えられていては堪らない。
「私はもう、バフェット辺境伯夫人なのよ」
ツンと顎をそびやかして言うと、門番は「夫人でも姫様は姫様だよ」と豪快に笑った。
「それはそうと、今回は知らせもなく帰ってごめんなさい。同行しているのは王太子殿下と、エイリット子爵ルシオ様なの」
「何だって?」
大物の名前が出て来て、門番は目を丸くする。
「姫様も随分出世したもんだな。護衛たちの人数などもきちんと確認した上で通すから、もう少し待ってな」
「分かったわ。お仕事宜しくね」
馴染みの顔と会話ができて満足したクローディアは、自分が乗っていた馬車に戻った。
その後、本物の王太子である事などはクローディアのお墨付きなので、積み荷や人数などの点検が終わったあと、一行は都市の中に入る事ができた。
**
まっすぐミケーラ城まで行くと、門番から先に連絡がいっていたのか、城門前に騎士たちや城の使用人、そして父マグレーに母アガット、弟妹が迎えに出ていた。
「お姉様!」
妹が喜色満面にクローディアに駆け寄り、抱きついてくる。
弟は十代後半なので人前で妹のように喜びを表す事はしないが、笑顔でクローディアと妹を見守っていた。
両親や使用人、騎士たちはディストとルシオの姿を見て、丁寧にお辞儀をして敬意を表していた。
「ははっ、立ち回りが上手いというのは、のらりくらりと逃げ回っていると同義とも言えますが」
ルシオは自分の噂が王太子に届いているのも気にせず、開き直った様子で笑う。
「君もクローディアを見て『面白い』と思ったクチだろう?」
「仰る通りです。なかなか引き出しが多く、話しがいのある女性です」
「まぁ、お二人とも私を珍獣のように仰るのですね」
珍獣という言葉を聞き、二人は噴き出して横を向いた。
肩を揺らし笑いを噛み殺している姿を見て、クローディアは笑いの沸点が似ていると思っていた。
王太子と小旅行をとなったので、初めはどんなに緊張するものかと思っていたが、意外と楽しい旅路になりそうだ。
王都からミケーラまでは一週間ほどかかり、その途中で寄った宿場町でも、クローディアは楽しく過ごす事ができた。
泊まった宿は貴族専用の所で、寝具や調度品などは高級な物を用いている。
クローディアは勿論一部屋を使わせてもらっていたが、一人で食事というのは味気ないので、一階にある食堂でディスト、ルシオと共にとった。
他の貴族たちもいるかもしれなく、ディストとルシオの顔を知っている者がいればややこしくなるので、食事は衝立の中でとらせてもらった。
目的が目的でなければ、土産物なども買って楽しい旅路になっただろう。
だがクローディアにはまじめに考えなければいけない事があり、イグナットの死や喪われたかもしれないソルの命もかかっている。
表向き笑顔で過ごしつつも、ミケーラに近付くにつれ、真剣な顔をする時間が多くなっていった。
**
思い詰めて緊張しているというのに、荒野の向こうにミケーラ城のシルエットを見つけた時は、懐かしさに思わず笑顔が漏れた。
荒野のただなかにあるミケーラへは、城の姿が遠く見えてから二日で着いた。
都市をグルリと囲んでいる城壁をくぐる時は、勿論門番を通さなければいけない。
王太子がいる一行なので、お忍びとはいえ身分を明かす物を見せれば疑われず通れるだろう。
だがクローディアは故郷に戻る事ができたのが嬉しく、思わず馬車から降りて門番に向かって走った。
「久しぶりね!」
今や夜会の時の化粧もしていないクローディアは、二年前までこの都市にいたのとほぼ同じ姿だ。
「姫様!」
門番は目を丸くし、思わず笑顔になって昔のようにクローディアの腰を掴むと高い高いをした。
「きゃあっ! やめてちょうだい! 皆見てるわ!」
「ははっ! すまんすまん」
未亡人になった身なのに、大の男に子供のように抱えられていては堪らない。
「私はもう、バフェット辺境伯夫人なのよ」
ツンと顎をそびやかして言うと、門番は「夫人でも姫様は姫様だよ」と豪快に笑った。
「それはそうと、今回は知らせもなく帰ってごめんなさい。同行しているのは王太子殿下と、エイリット子爵ルシオ様なの」
「何だって?」
大物の名前が出て来て、門番は目を丸くする。
「姫様も随分出世したもんだな。護衛たちの人数などもきちんと確認した上で通すから、もう少し待ってな」
「分かったわ。お仕事宜しくね」
馴染みの顔と会話ができて満足したクローディアは、自分が乗っていた馬車に戻った。
その後、本物の王太子である事などはクローディアのお墨付きなので、積み荷や人数などの点検が終わったあと、一行は都市の中に入る事ができた。
**
まっすぐミケーラ城まで行くと、門番から先に連絡がいっていたのか、城門前に騎士たちや城の使用人、そして父マグレーに母アガット、弟妹が迎えに出ていた。
「お姉様!」
妹が喜色満面にクローディアに駆け寄り、抱きついてくる。
弟は十代後半なので人前で妹のように喜びを表す事はしないが、笑顔でクローディアと妹を見守っていた。
両親や使用人、騎士たちはディストとルシオの姿を見て、丁寧にお辞儀をして敬意を表していた。
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