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王太子ディスト

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「まだ殿下だと決まった訳ではありませんよ」

「……そうですね」

 頷いたクローディアに対し、イェールン伯爵が申し訳なさそうな顔で告げた。

「……生前、バフェット伯は殿下と交流がありました。時に人払いをして話をする事もあったようです」

「それって……」

 ざわり、と全身に鳥肌が立つ。

 イグナットの死から今日まで、正体の分からない犯人を捜し続けてきた。
 黒いシルエットが誰なのか分からず、まるで影を相手に剣を振り回していたようなものだ。

「何を話されていたかは、私は分かりません。ですがとても深刻な話だったという事は、当時を語られる殿下の様子から窺われます」

(王太子殿下は、イグナット様と何らかの秘密を共有していた……。イグナット様の死の真相を知らないとしても、別の何かならご存知のはず)

 クローディアは自分が何をすべきかを一瞬考えたが、迷う事はしなかった。

「イェールン伯爵、もし良ければ私を殿下に紹介して頂けませんか? 未亡人となったクローディアが、個人的にご挨拶をしたいと申し上げている。そのような紹介で構いません。あとは何一つご迷惑をかけません。お願いします」

 クローディアは頭を下げ、目を閉じてイェールン伯爵の言葉を待った。

「……宜しいでしょう。殿下も恐らく、前バフェット辺境伯亡き後の、クローディア様のご様子を気にされていたはずです。今回の事情がなくても、いずれ誰かが殿下にあなたを取り次いだと思います」

「ありがとうございます」

 安心して息をつくと、イェールン伯爵が胸元の内ポケットから手帳を取りだした。

「毎日のように王都内のあちこちで舞踏会が開かれていますが、殿下が参加されるのは五日後の王宮主催のものですね。王宮主催でも、今日のように別に用事があって欠席される事もあります。日時を合わせた上で、覚悟を持って対面されると良いでしょう」

「心より感謝申し上げます」

 お辞儀をしたクローディアは、一晩で濃厚な時間を過ごしたからか、疲れを覚えた。

「クローディア様、大丈夫ですか? お疲れのようですが」

 ルシオに心配され、クローディアは微笑んだ。

「お気遣いありがとうございます。それでは、お言葉に甘えて今日は辞する事にします」

「玄関までお送りしますよ」

「ありがとうございます」

 ルシオに手を差し出され、クローディアは彼にエスコートされて立ち上がる。

 改めてイェールン伯爵に礼を言ってから、クローディアは廊下で待機していたラギと合流し、玄関に向かった。



**



 後日イェールン伯爵から、王太子ディストの都合を付けられたと手紙が届いた。

 手紙に書かれてあった日時は一週間後の日中で、宮殿で共に食事を取り、そのあとお茶を飲みながら話を……という旨が書かれてあった。

 クローディアはラギと相談しながら、王太子が黒幕であった場合や、そうでない場合など、様々な状況を想定した。

 その上で自分が言うべき言葉と相手に教えるべきでない情報などを纏め、当日を迎えた。





「殿下、今回はお招きありがとうございます」

 今日もクローディアは喪服ドレスを着ている。

 が、夜にある舞踏会ではないので、黒いデイドレスに頭にはレースのヴェールという出で立ちだった。
 化粧も舞踏会用ほど濃くないが、〝魔性の未亡人〟の印象を覆さないようある程度の派手さは保っている。

「君がイグナットの妻、クローディアか。噂は聞いていたし、舞踏会で見かけた事もある。興味を持っていたので、会えて良かった」

 王太子ディストは金髪碧眼の美男子で、近くでまみえると身長もスラリと高い。

 その上衣服越しにも鍛えられた体躯が分かり、挨拶をする距離では香水のいい香りがした。
 声は低く艶やかで、青い瞳で見つめられ話し掛けられたら、大抵の女性ならすぐに恋に落ちるだろう。

 けれどクローディアは腹に一物ある未亡人なので、逆に彼を誘惑してやろうという微笑みを浮かべている。

 挨拶が終わったあと、クローディアとディスト、そしてイェールン伯爵は昼餐の席についた。

 ラギとディストの従者であるレンという男性も同じ部屋にいるが、彼らは室内の隅にあるソファセットに座っていた。
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