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王太子の秘密の部屋

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 華麗なる未亡人を見て、貴族たちは素直に彼女の美を賛嘆する表情になり、「おお……」とどよめく。

「お父様、クローディア様は私のお友達です。彼女がお父様とお話したいとの事で、お連れした次第です」

 娘の言葉を聞き、イェールン伯爵は頷いた。

「皆さん、美しい女性からのお誘いは断れませんので、少しのあいだ失礼致します」

 彼が冗談めかして言うと、貴族たちは「それは仕方がない」と笑って送り出した。





「……で、話とは何ですかな? エイリット子爵もご一緒とは」

 アネッタと彼女の夫には別れを告げ、三人でボールルームを出たあと、別室に向かった。

 それま微笑を絶やさなかったクローディアは、不意にまじめな顔になり改めてイェールン伯爵を見る。
 彼女の雰囲気が変わったからか、イェールン伯爵も表情を引き締めた。

「ルシオ様から、イェールン伯爵は博識で人々から助言を求められ、かつ人格者であると聞き及んでおります」

「褒めすぎですよ」

 苦笑いした彼に、クローディアはまじめな顔のまま尋ねる。

「私が相談事をしたいと申し上げたとして、秘密を守った上で協力して頂けますか? 報酬をお求めなら、幾らでもお支払いします」

 どうやら内容がただの世間話ではないと分かったからか、イェールン伯爵は口ひげを手でなぞりピンと捻る。

 そして一つ息をついて言った。

「私は報酬ほしさに人の話を聞いている訳ではありません。知識があると思われているのは、趣味で幼い頃から沢山本を読んでいたからです。人と話してその知識が合っているかを確認し、また人から新たな話を聞いて別のものに興味を持つ」

 彼の言わんとする事を理解し、クローディアは頷く。

「人の数だけ話題や趣味があります。人生は生きる事そのものが勉強。読んで話して聞いての積み重ねです。私が人に頼られるようになったのは、その延長にすぎません。勿論、陛下や宰相閣下、その他、私の生業に関わる方々から助言を求められた時は、正当な報酬を得ます。ですがこのような社交の場で、報酬を得ようとは思いません」

 彼の生き方、人となりを説明されたと思い、クローディアは一度立ち上がって丁寧に淑女のお辞儀をした。

「ご無礼を申し上げました」

「いいえ、理解して頂いて何よりです」

 それでもクローディアは、人の知識というものは形のないものであっても、金を払うに値すると考えていた。

 その人がそれだけ、時間を掛けて学び、身につけた知識や技術を、簡単に人に教えるというのは、財産を無償で与えていると同義だと思っている。

 城のメイドや料理人だって、彼らの特化した技術がある。

(それでも、あくまで対価を求めず人の相談に乗っているという事は、それだけでも利があるとご存知だからなのだわ。こうは言っていても、これだけ頭の良い方が自分が一方的に搾取されるのをよしとする訳がない)

「……では、私の話を聞いて頂けますか? 秘密は守って頂けると信じています」

「ええ。それについてはご安心ください」

 確認をとったあと、クローディアはルシオに話したのと同じ内容をイェールン伯爵に打ち明けた。

 話し終えると渇きを覚えたので、葡萄酒を一杯飲む。

「……毒、ですか……」

 イェールン伯爵は呟き、難しい顔をして顎に手をやる。

「……表向き、『毒を所持している』など言いづらいですからね」

 伯爵の言葉に、ルシオも同意して頷く。

「僕は小瓶をコレクションしていますが、毒の小瓶も集めているとは表向き言わないようにしています。『綺麗な小瓶を集めるのが好き』と言っているだけなのですが、そのうち『小瓶なら毒の入った物も集めているに違いない』という感じで、噂が広がっていったのだと思います」

「皆さん、そのように面白おかしく〝想像〟して、噂を広めていくのが大好きですからね。……私も、秘密にしている方の事情を打ち明けるのは気が進みませんが、クローディア様の事情も事情ですし……。お話ししましょう」

 息をつき、イェール伯爵は重々しく口を開いた。

「……王太子殿下の鍵の掛かった秘密の部屋に、沢山の毒の小瓶が並べられているのを見せて頂いた事があります」

「王太子殿下……」

 イグナットよりずっと高位な王太子が相手なら、「毒を飲んで自害しろ」と命令されたとしても納得できる。

(どうする……。相手が王太子殿下だなんて……)

 考え込むクローディアを見て、ルシオが気遣わしげに声を掛けてくる。
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