未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜

文字の大きさ
上 下
23 / 58

王太子の秘密の部屋

しおりを挟む
 華麗なる未亡人を見て、貴族たちは素直に彼女の美を賛嘆する表情になり、「おお……」とどよめく。

「お父様、クローディア様は私のお友達です。彼女がお父様とお話したいとの事で、お連れした次第です」

 娘の言葉を聞き、イェールン伯爵は頷いた。

「皆さん、美しい女性からのお誘いは断れませんので、少しのあいだ失礼致します」

 彼が冗談めかして言うと、貴族たちは「それは仕方がない」と笑って送り出した。





「……で、話とは何ですかな? エイリット子爵もご一緒とは」

 アネッタと彼女の夫には別れを告げ、三人でボールルームを出たあと、別室に向かった。

 それま微笑を絶やさなかったクローディアは、不意にまじめな顔になり改めてイェールン伯爵を見る。
 彼女の雰囲気が変わったからか、イェールン伯爵も表情を引き締めた。

「ルシオ様から、イェールン伯爵は博識で人々から助言を求められ、かつ人格者であると聞き及んでおります」

「褒めすぎですよ」

 苦笑いした彼に、クローディアはまじめな顔のまま尋ねる。

「私が相談事をしたいと申し上げたとして、秘密を守った上で協力して頂けますか? 報酬をお求めなら、幾らでもお支払いします」

 どうやら内容がただの世間話ではないと分かったからか、イェールン伯爵は口ひげを手でなぞりピンと捻る。

 そして一つ息をついて言った。

「私は報酬ほしさに人の話を聞いている訳ではありません。知識があると思われているのは、趣味で幼い頃から沢山本を読んでいたからです。人と話してその知識が合っているかを確認し、また人から新たな話を聞いて別のものに興味を持つ」

 彼の言わんとする事を理解し、クローディアは頷く。

「人の数だけ話題や趣味があります。人生は生きる事そのものが勉強。読んで話して聞いての積み重ねです。私が人に頼られるようになったのは、その延長にすぎません。勿論、陛下や宰相閣下、その他、私の生業に関わる方々から助言を求められた時は、正当な報酬を得ます。ですがこのような社交の場で、報酬を得ようとは思いません」

 彼の生き方、人となりを説明されたと思い、クローディアは一度立ち上がって丁寧に淑女のお辞儀をした。

「ご無礼を申し上げました」

「いいえ、理解して頂いて何よりです」

 それでもクローディアは、人の知識というものは形のないものであっても、金を払うに値すると考えていた。

 その人がそれだけ、時間を掛けて学び、身につけた知識や技術を、簡単に人に教えるというのは、財産を無償で与えていると同義だと思っている。

 城のメイドや料理人だって、彼らの特化した技術がある。

(それでも、あくまで対価を求めず人の相談に乗っているという事は、それだけでも利があるとご存知だからなのだわ。こうは言っていても、これだけ頭の良い方が自分が一方的に搾取されるのをよしとする訳がない)

「……では、私の話を聞いて頂けますか? 秘密は守って頂けると信じています」

「ええ。それについてはご安心ください」

 確認をとったあと、クローディアはルシオに話したのと同じ内容をイェールン伯爵に打ち明けた。

 話し終えると渇きを覚えたので、葡萄酒を一杯飲む。

「……毒、ですか……」

 イェールン伯爵は呟き、難しい顔をして顎に手をやる。

「……表向き、『毒を所持している』など言いづらいですからね」

 伯爵の言葉に、ルシオも同意して頷く。

「僕は小瓶をコレクションしていますが、毒の小瓶も集めているとは表向き言わないようにしています。『綺麗な小瓶を集めるのが好き』と言っているだけなのですが、そのうち『小瓶なら毒の入った物も集めているに違いない』という感じで、噂が広がっていったのだと思います」

「皆さん、そのように面白おかしく〝想像〟して、噂を広めていくのが大好きですからね。……私も、秘密にしている方の事情を打ち明けるのは気が進みませんが、クローディア様の事情も事情ですし……。お話ししましょう」

 息をつき、イェール伯爵は重々しく口を開いた。

「……王太子殿下の鍵の掛かった秘密の部屋に、沢山の毒の小瓶が並べられているのを見せて頂いた事があります」

「王太子殿下……」

 イグナットよりずっと高位な王太子が相手なら、「毒を飲んで自害しろ」と命令されたとしても納得できる。

(どうする……。相手が王太子殿下だなんて……)

 考え込むクローディアを見て、ルシオが気遣わしげに声を掛けてくる。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】元婚約者であって家族ではありません。もう赤の他人なんですよ?

つくも茄子
ファンタジー
私、ヘスティア・スタンリー公爵令嬢は今日長年の婚約者であったヴィラン・ヤルコポル伯爵子息と婚約解消をいたしました。理由?相手の不貞行為です。婿入りの分際で愛人を連れ込もうとしたのですから当然です。幼馴染で家族同然だった相手に裏切られてショックだというのに相手は斜め上の思考回路。は!?自分が次期公爵?何の冗談です?家から出て行かない?ここは私の家です!貴男はもう赤の他人なんです! 文句があるなら法廷で決着をつけようではありませんか! 結果は当然、公爵家の圧勝。ヤルコポル伯爵家は御家断絶で一家離散。主犯のヴィランは怪しい研究施設でモルモットとしいて短い生涯を終える……はずでした。なのに何故か薬の副作用で強靭化してしまった。化け物のような『力』を手にしたヴィランは王都を襲い私達一家もそのまま儚く……にはならなかった。 目を覚ましたら幼い自分の姿が……。 何故か十二歳に巻き戻っていたのです。 最悪な未来を回避するためにヴィランとの婚約解消を!と拳を握りしめるものの婚約は継続。仕方なくヴィランの再教育を伯爵家に依頼する事に。 そこから新たな事実が出てくるのですが……本当に婚約は解消できるのでしょうか? 他サイトにも公開中。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

愛する貴方の心から消えた私は…

矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。 周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。  …彼は絶対に生きている。 そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。 だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。 「すまない、君を愛せない」 そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。 *設定はゆるいです。

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます

まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。 貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。 そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。 ☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。 ☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

炎華繚乱 ~偽妃は後宮に咲く~

悠井すみれ
キャラ文芸
昊耀国は、天より賜った《力》を持つ者たちが統べる国。後宮である天遊林では名家から選りすぐった姫たちが競い合い、皇子に選ばれるのを待っている。 強い《遠見》の力を持つ朱華は、とある家の姫の身代わりとして天遊林に入る。そしてめでたく第四皇子・炎俊の妃に選ばれるが、皇子は彼女が偽物だと見抜いていた。しかし炎俊は咎めることなく、自身の秘密を打ち明けてきた。「皇子」を名乗って帝位を狙う「彼」は、実は「女」なのだと。 お互いに秘密を握り合う仮初の「夫婦」は、次第に信頼を深めながら陰謀渦巻く後宮を生き抜いていく。 表紙は同人誌表紙メーカーで作成しました。 第6回キャラ文芸大賞応募作品です。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?

冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。 オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。 だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。 その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・ 「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」 「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

処理中です...