19 / 58
私、ふしだらな女になるわ!
しおりを挟む
「気にしないでください。子についてはもう吹っ切れているのです。三十歳になる前、まだお元気だった旦那様がアペッソを訪れられ、食堂にいた私に話し掛けてくださいました。身の上話などをしている間に、バフェット領に来ないかとお誘いを受け、第二の人生を決めました」
「教えてくれてありがとう」
ソルはさらに続ける。
「旦那様とは、それから十五年のお付き合いです。初めは慣れない事も多かったですが、周囲に優しくしてもらえて馴染んでいきました。旦那様と衝突する事もありませんでしたし、他の使用人とも関係は良好だったと思います」
「……そうね。私がここに来てからも、同じ印象だわ」
結婚すると姑からいびられるという話を周囲から聞いていたので、バフェットに来てからの自分の環境がとても恵まれていると自覚していた。
もしかしたら裏があるのでは? と思っていたが、今の話を聞く限りこの城にはドロドロとした人間関係はないのだろうと思っている。
「……この城の者たちと、イグナット様は何ら問題のない関係だった。……ならやはり、外部の者の影響が強いわね」
クローディアは腕を組み、低く呟く。
「……王都にいる貴族たちなら、何か事情を知っているかしら?」
「……かもしれません。確証はありませんが、このバフェットの地にいる者たちより、情報が多く流れているでしょう。意外と、事件があったその土地よりも、外部のほうが事情を知っているという事はありますし」
ソルの言葉を聞き、クローディアは決意した。
「……ねぇ、ソル。私、やりたい事があるの。相談に乗ってもらってもいい?」
まっすぐ彼女を見つめると、ソルはまだ憔悴しきった表情だったが、強い意思を持ったクローディアを眩しそうに見て微笑した。
「私でお役に立てるのなら」
「あなただからお願いするのよ!」
十五年仕えた主を喪ったソルに、クローディアはあえて明るく笑いかけた。
その後、イグナットの葬儀は粛々と行われた。
彼が亡くなったという知らせは、新しく女城主となったクローディアが国王に向けて手紙をしたためた。
冬場なので葬儀はバフェットの者たちで執り行われる。
そして喪服を着たクローディアは、城の者を集めて話をした。
「イグナット様は毒を飲まれていました」
「毒だって!?」
大広間に集まった騎士の一人が声を上げる。
ソルはクローディアが座している城主の席の近くに立っているが、もう取り乱していなかった。
「詳しくは伏せますが、ソルはこの秘密を知りながら、長い間イグナット様の命令により沈黙を守り続けていました。彼女もまた、犠牲者です」
天井の高い大広間の壁際には、バフェットの家紋が描かれたタペストリーが、ハーティリアの国章が刻まれた物と交互に下がっている。
大広間には六か所に暖炉があり、さらに壁に設置されたランプや天井から下がったシャンデリアで明るさもある。
幅広の階段がある壇上で、クローディアは城の者一人一人の顔を確認するように見回す。
「これから奥様はどうされるのですか?」
メイドの声に、クローディアは微笑んだ。
「年を越して社交シーズンになったら、タウンハウスに移って舞踏会に出ます。そこで毒を扱う貴族がいないか情報収集しようと思っています」
「お一人で探るのですか?」
心配する声が聞こえ、クローディアは悪戯っぽく笑ってみせた。
「これでも、ソルと一緒に色々考えたの。いまや女城主となっても、私は傍から見ればただの小娘だわ。色んな人に話を聞こうとしても、舐められて終わるかもしれない。男性には〝未亡人〟として色目で見られ、女性には哀れなものとして扱われるか、夫を亡くして早々舞踏会に来ている不届き者と思われるでしょうね」
考えられる不安要素を述べると、皆口々に「確かに……」と頷く。
「だから、思いきり開き直る事にしたの」
わざと明るい声を上げ、クローディアはパン、と胸の前で両手を合わせた。
「私、ふしだらな女になるわ!」
大きな声で堂々とそんな事を言ったので、ソルとラギ以外の全員がギョッとした顔をする。
「考えてもみて? 未亡人になったばかりの若い私が、胸元も露わな豪華な喪服ドレスを着て、毎晩舞踏会を渡り歩くの。絶対に話題になるわ。それも悪い方のね。けれど、そうれでもしなければ効率よく注目を集める事はできない」
クローディアの説明を聞き、城の者たちは心配そうな顔をしつつも一理あるという顔をしている。
「教えてくれてありがとう」
ソルはさらに続ける。
「旦那様とは、それから十五年のお付き合いです。初めは慣れない事も多かったですが、周囲に優しくしてもらえて馴染んでいきました。旦那様と衝突する事もありませんでしたし、他の使用人とも関係は良好だったと思います」
「……そうね。私がここに来てからも、同じ印象だわ」
結婚すると姑からいびられるという話を周囲から聞いていたので、バフェットに来てからの自分の環境がとても恵まれていると自覚していた。
もしかしたら裏があるのでは? と思っていたが、今の話を聞く限りこの城にはドロドロとした人間関係はないのだろうと思っている。
「……この城の者たちと、イグナット様は何ら問題のない関係だった。……ならやはり、外部の者の影響が強いわね」
クローディアは腕を組み、低く呟く。
「……王都にいる貴族たちなら、何か事情を知っているかしら?」
「……かもしれません。確証はありませんが、このバフェットの地にいる者たちより、情報が多く流れているでしょう。意外と、事件があったその土地よりも、外部のほうが事情を知っているという事はありますし」
ソルの言葉を聞き、クローディアは決意した。
「……ねぇ、ソル。私、やりたい事があるの。相談に乗ってもらってもいい?」
まっすぐ彼女を見つめると、ソルはまだ憔悴しきった表情だったが、強い意思を持ったクローディアを眩しそうに見て微笑した。
「私でお役に立てるのなら」
「あなただからお願いするのよ!」
十五年仕えた主を喪ったソルに、クローディアはあえて明るく笑いかけた。
その後、イグナットの葬儀は粛々と行われた。
彼が亡くなったという知らせは、新しく女城主となったクローディアが国王に向けて手紙をしたためた。
冬場なので葬儀はバフェットの者たちで執り行われる。
そして喪服を着たクローディアは、城の者を集めて話をした。
「イグナット様は毒を飲まれていました」
「毒だって!?」
大広間に集まった騎士の一人が声を上げる。
ソルはクローディアが座している城主の席の近くに立っているが、もう取り乱していなかった。
「詳しくは伏せますが、ソルはこの秘密を知りながら、長い間イグナット様の命令により沈黙を守り続けていました。彼女もまた、犠牲者です」
天井の高い大広間の壁際には、バフェットの家紋が描かれたタペストリーが、ハーティリアの国章が刻まれた物と交互に下がっている。
大広間には六か所に暖炉があり、さらに壁に設置されたランプや天井から下がったシャンデリアで明るさもある。
幅広の階段がある壇上で、クローディアは城の者一人一人の顔を確認するように見回す。
「これから奥様はどうされるのですか?」
メイドの声に、クローディアは微笑んだ。
「年を越して社交シーズンになったら、タウンハウスに移って舞踏会に出ます。そこで毒を扱う貴族がいないか情報収集しようと思っています」
「お一人で探るのですか?」
心配する声が聞こえ、クローディアは悪戯っぽく笑ってみせた。
「これでも、ソルと一緒に色々考えたの。いまや女城主となっても、私は傍から見ればただの小娘だわ。色んな人に話を聞こうとしても、舐められて終わるかもしれない。男性には〝未亡人〟として色目で見られ、女性には哀れなものとして扱われるか、夫を亡くして早々舞踏会に来ている不届き者と思われるでしょうね」
考えられる不安要素を述べると、皆口々に「確かに……」と頷く。
「だから、思いきり開き直る事にしたの」
わざと明るい声を上げ、クローディアはパン、と胸の前で両手を合わせた。
「私、ふしだらな女になるわ!」
大きな声で堂々とそんな事を言ったので、ソルとラギ以外の全員がギョッとした顔をする。
「考えてもみて? 未亡人になったばかりの若い私が、胸元も露わな豪華な喪服ドレスを着て、毎晩舞踏会を渡り歩くの。絶対に話題になるわ。それも悪い方のね。けれど、そうれでもしなければ効率よく注目を集める事はできない」
クローディアの説明を聞き、城の者たちは心配そうな顔をしつつも一理あるという顔をしている。
6
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
国王陛下、私のことは忘れて幸せになって下さい。
ひかり芽衣
恋愛
同じ年で幼馴染のシュイルツとアンウェイは、小さい頃から将来は国王・王妃となり国を治め、国民の幸せを守り続ける誓いを立て教育を受けて来た。
即位後、穏やかな生活を送っていた2人だったが、婚姻5年が経っても子宝に恵まれなかった。
そこで、跡継ぎを作る為に側室を迎え入れることとなるが、この側室ができた人間だったのだ。
国の未来と皆の幸せを願い、王妃は身を引くことを決意する。
⭐︎2人の恋の行く末をどうぞ一緒に見守って下さいませ⭐︎
※初執筆&投稿で拙い点があるとは思いますが頑張ります!

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話
甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。
王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。
その時、王子の元に一通の手紙が届いた。
そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。
王子は絶望感に苛まれ後悔をする。


(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
公主の嫁入り
マチバリ
キャラ文芸
宗国の公主である雪花は、後宮の最奥にある月花宮で息をひそめて生きていた。母の身分が低かったことを理由に他の妃たちから冷遇されていたからだ。
17歳になったある日、皇帝となった兄の命により龍の血を継ぐという道士の元へ降嫁する事が決まる。政略結婚の道具として役に立ちたいと願いつつも怯えていた雪花だったが、顔を合わせた道士の焔蓮は優しい人で……ぎこちなくも心を通わせ、夫婦となっていく二人の物語。
中華習作かつ色々ふんわりなファンタジー設定です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる