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私が、旦那様に毒を飲ませ続けていました

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「……私……が、……旦那様に毒を飲ませ続けていました」

 震えるソルの声を聞き、クローディアは言葉を失った。

 鈍器で頭を殴られたようなショックを受け、現在の状況をどう判断すればいいのか分からない。
 何か言おうとするが、適切な言葉が見当たらない。

 思考は止まり、その代わりに脳裏に浮かぶのは、この二年家族のように接し続けてきたイグナットとソルの姿だ。

 二人は信頼し合った雰囲気を醸し出し、まるで熟年夫婦のようだった。

 言葉ですべて伝えなくても、余白の部分ですべてが通じる。

 そんな二人を見て、クローディアは「素敵だな」と思い、憧れていた。

 だからなのか、ソルがイグナットに毒を飲ませていたと聞いても、不思議と彼女を憎む気持ちは湧いてこなかった。

 彼女の慟哭を目にし、自ら湖に入ろうとしていた姿を見れば、ソルを犯人に仕立ててなじるのは誤っていると誰だって分かる。

「……教えてくれて、ありがとう」

 ゆっくり呼吸を整えたあと、クローディアは彼女の手をまたさすって穏やかに語りかける。

「どうしてなのか、教えてくれる?」

 落ち着いた声で尋ねたからか、ソルは抵抗せずに教えてくれた。

「旦那様に命令されました」

「イグナット様に……」

 自殺行為だと理解し、クローディアはギュッと目を閉じた。

(ご家族を亡くされてから、お一人で辺境伯を勤められていたけれど……、心の底には絶望があったのかしら。私という次の城主を迎えて、静かにこの世を去ろうとした?)

 心の中で自分に問いかけ、分からない、と首を振る。

「どうして?」

 本人に聞こうと思ってソルに尋ねたが、彼女はまた新しい涙を零し、首を横に振った。

「十年前からとある人物から入手したという毒を、寝る前の紅茶に一滴……。それが私の役目でした」

 ソルは嗚咽し、言葉の最後が震えてかすれる。
 彼女のつらさを痛感し、クローディアは立ち上がってソルを抱き締めた。

「つらかったわね。敬愛する主人に毒を飲ませるだなんて……、本当につらいわ。イグナット様も、一番の忠臣であるソルにそんな命令をするだなんて、なんてむごい事をするの……」

 ソルに同情して思わずイグナットをなじったが、大好きな彼がそもそも亡くなっているので、本音としては誰を責めればいいのか分からない。

 そのまま、クローディアはしばらくソルを抱き締めて、こみ上げる嗚咽を堪えていた。

 ラギは壁際で、黙って控えてくれている。

 やがて落ち着きを取り戻したクローディアは、ソルと共にソファに腰掛け、きちんと話し合う事にした。

「イグナット様は、誰かに自害するように言われていた可能性がある?」

「分かりません。可能性があるとしても、旦那様はあの性格ですから、人に隠し事をされるのがお上手です。私も十年の間、こっそりと城中をさぐったのですが、怪しそうな手紙などを探し当てる事はできませんでした」

「寝室は? あそこは年中イグナット様がいて、一番探せない場所でしょう」

 だが、ソルは首を横に振る。

「亡くなられてクローディア様が気絶されたあと、お祈りをしてからすぐに探しました。ですが、日常的に使う物がしまわれていた他には何も……」

 クローディアは唇を噛む。

「誰がイグナット様に毒を渡したのかしら。それも分からない?」

 ソルは申し訳なさそうに頷く。

「……飲ませないという選択肢はなかったの? 毒を一滴入れるにしても、別の物にすり替えるとか」

 だがソルは悲しそうにまた首を左右に振った。

「旦那様はベッド脇の物入れに毒を保管していました。旦那様が眠っている間にすり替えようとしても、気配で気付かれてしまうような一番近い場所です。厳重に毒を守り、旦那様は自ら瓶を出して、私に目の前で一滴垂らさせるのです」

 ソルの声がまた涙で揺れる。

「……申し訳ないけど、ソルはイグナット様と個人的に何かあった? 彼が『罰をくだしてほしい』と思う何かや、逆に『罪悪感を抱いてほしい』と思う事件があったとか……」

 彼女にとって酷な質問をしたが、ソルはまた首を振る。

「私は十五年前、三十歳の時にこの城に来ました。それまではアペッソという都市にいて、家庭教師などをして暮らしていました。生まれた時から私はアペッソにいて、結婚をしても子に恵まれませんでした。夫に愛想を尽かされ、離縁されたあと、私は一人で働いてきました」

「……無理に聞いてごめんなさい」

 子ができなかったと言わせるのは、さすがに申し訳なさを覚えた。

 が、ソルは小さく微笑む。
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