18 / 58
私が、旦那様に毒を飲ませ続けていました
しおりを挟む
「……私……が、……旦那様に毒を飲ませ続けていました」
震えるソルの声を聞き、クローディアは言葉を失った。
鈍器で頭を殴られたようなショックを受け、現在の状況をどう判断すればいいのか分からない。
何か言おうとするが、適切な言葉が見当たらない。
思考は止まり、その代わりに脳裏に浮かぶのは、この二年家族のように接し続けてきたイグナットとソルの姿だ。
二人は信頼し合った雰囲気を醸し出し、まるで熟年夫婦のようだった。
言葉ですべて伝えなくても、余白の部分ですべてが通じる。
そんな二人を見て、クローディアは「素敵だな」と思い、憧れていた。
だからなのか、ソルがイグナットに毒を飲ませていたと聞いても、不思議と彼女を憎む気持ちは湧いてこなかった。
彼女の慟哭を目にし、自ら湖に入ろうとしていた姿を見れば、ソルを犯人に仕立ててなじるのは誤っていると誰だって分かる。
「……教えてくれて、ありがとう」
ゆっくり呼吸を整えたあと、クローディアは彼女の手をまたさすって穏やかに語りかける。
「どうしてなのか、教えてくれる?」
落ち着いた声で尋ねたからか、ソルは抵抗せずに教えてくれた。
「旦那様に命令されました」
「イグナット様に……」
自殺行為だと理解し、クローディアはギュッと目を閉じた。
(ご家族を亡くされてから、お一人で辺境伯を勤められていたけれど……、心の底には絶望があったのかしら。私という次の城主を迎えて、静かにこの世を去ろうとした?)
心の中で自分に問いかけ、分からない、と首を振る。
「どうして?」
本人に聞こうと思ってソルに尋ねたが、彼女はまた新しい涙を零し、首を横に振った。
「十年前からとある人物から入手したという毒を、寝る前の紅茶に一滴……。それが私の役目でした」
ソルは嗚咽し、言葉の最後が震えてかすれる。
彼女のつらさを痛感し、クローディアは立ち上がってソルを抱き締めた。
「つらかったわね。敬愛する主人に毒を飲ませるだなんて……、本当につらいわ。イグナット様も、一番の忠臣であるソルにそんな命令をするだなんて、なんてむごい事をするの……」
ソルに同情して思わずイグナットをなじったが、大好きな彼がそもそも亡くなっているので、本音としては誰を責めればいいのか分からない。
そのまま、クローディアはしばらくソルを抱き締めて、こみ上げる嗚咽を堪えていた。
ラギは壁際で、黙って控えてくれている。
やがて落ち着きを取り戻したクローディアは、ソルと共にソファに腰掛け、きちんと話し合う事にした。
「イグナット様は、誰かに自害するように言われていた可能性がある?」
「分かりません。可能性があるとしても、旦那様はあの性格ですから、人に隠し事をされるのがお上手です。私も十年の間、こっそりと城中をさぐったのですが、怪しそうな手紙などを探し当てる事はできませんでした」
「寝室は? あそこは年中イグナット様がいて、一番探せない場所でしょう」
だが、ソルは首を横に振る。
「亡くなられてクローディア様が気絶されたあと、お祈りをしてからすぐに探しました。ですが、日常的に使う物がしまわれていた他には何も……」
クローディアは唇を噛む。
「誰がイグナット様に毒を渡したのかしら。それも分からない?」
ソルは申し訳なさそうに頷く。
「……飲ませないという選択肢はなかったの? 毒を一滴入れるにしても、別の物にすり替えるとか」
だがソルは悲しそうにまた首を左右に振った。
「旦那様はベッド脇の物入れに毒を保管していました。旦那様が眠っている間にすり替えようとしても、気配で気付かれてしまうような一番近い場所です。厳重に毒を守り、旦那様は自ら瓶を出して、私に目の前で一滴垂らさせるのです」
ソルの声がまた涙で揺れる。
「……申し訳ないけど、ソルはイグナット様と個人的に何かあった? 彼が『罰をくだしてほしい』と思う何かや、逆に『罪悪感を抱いてほしい』と思う事件があったとか……」
彼女にとって酷な質問をしたが、ソルはまた首を振る。
「私は十五年前、三十歳の時にこの城に来ました。それまではアペッソという都市にいて、家庭教師などをして暮らしていました。生まれた時から私はアペッソにいて、結婚をしても子に恵まれませんでした。夫に愛想を尽かされ、離縁されたあと、私は一人で働いてきました」
「……無理に聞いてごめんなさい」
子ができなかったと言わせるのは、さすがに申し訳なさを覚えた。
が、ソルは小さく微笑む。
震えるソルの声を聞き、クローディアは言葉を失った。
鈍器で頭を殴られたようなショックを受け、現在の状況をどう判断すればいいのか分からない。
何か言おうとするが、適切な言葉が見当たらない。
思考は止まり、その代わりに脳裏に浮かぶのは、この二年家族のように接し続けてきたイグナットとソルの姿だ。
二人は信頼し合った雰囲気を醸し出し、まるで熟年夫婦のようだった。
言葉ですべて伝えなくても、余白の部分ですべてが通じる。
そんな二人を見て、クローディアは「素敵だな」と思い、憧れていた。
だからなのか、ソルがイグナットに毒を飲ませていたと聞いても、不思議と彼女を憎む気持ちは湧いてこなかった。
彼女の慟哭を目にし、自ら湖に入ろうとしていた姿を見れば、ソルを犯人に仕立ててなじるのは誤っていると誰だって分かる。
「……教えてくれて、ありがとう」
ゆっくり呼吸を整えたあと、クローディアは彼女の手をまたさすって穏やかに語りかける。
「どうしてなのか、教えてくれる?」
落ち着いた声で尋ねたからか、ソルは抵抗せずに教えてくれた。
「旦那様に命令されました」
「イグナット様に……」
自殺行為だと理解し、クローディアはギュッと目を閉じた。
(ご家族を亡くされてから、お一人で辺境伯を勤められていたけれど……、心の底には絶望があったのかしら。私という次の城主を迎えて、静かにこの世を去ろうとした?)
心の中で自分に問いかけ、分からない、と首を振る。
「どうして?」
本人に聞こうと思ってソルに尋ねたが、彼女はまた新しい涙を零し、首を横に振った。
「十年前からとある人物から入手したという毒を、寝る前の紅茶に一滴……。それが私の役目でした」
ソルは嗚咽し、言葉の最後が震えてかすれる。
彼女のつらさを痛感し、クローディアは立ち上がってソルを抱き締めた。
「つらかったわね。敬愛する主人に毒を飲ませるだなんて……、本当につらいわ。イグナット様も、一番の忠臣であるソルにそんな命令をするだなんて、なんてむごい事をするの……」
ソルに同情して思わずイグナットをなじったが、大好きな彼がそもそも亡くなっているので、本音としては誰を責めればいいのか分からない。
そのまま、クローディアはしばらくソルを抱き締めて、こみ上げる嗚咽を堪えていた。
ラギは壁際で、黙って控えてくれている。
やがて落ち着きを取り戻したクローディアは、ソルと共にソファに腰掛け、きちんと話し合う事にした。
「イグナット様は、誰かに自害するように言われていた可能性がある?」
「分かりません。可能性があるとしても、旦那様はあの性格ですから、人に隠し事をされるのがお上手です。私も十年の間、こっそりと城中をさぐったのですが、怪しそうな手紙などを探し当てる事はできませんでした」
「寝室は? あそこは年中イグナット様がいて、一番探せない場所でしょう」
だが、ソルは首を横に振る。
「亡くなられてクローディア様が気絶されたあと、お祈りをしてからすぐに探しました。ですが、日常的に使う物がしまわれていた他には何も……」
クローディアは唇を噛む。
「誰がイグナット様に毒を渡したのかしら。それも分からない?」
ソルは申し訳なさそうに頷く。
「……飲ませないという選択肢はなかったの? 毒を一滴入れるにしても、別の物にすり替えるとか」
だがソルは悲しそうにまた首を左右に振った。
「旦那様はベッド脇の物入れに毒を保管していました。旦那様が眠っている間にすり替えようとしても、気配で気付かれてしまうような一番近い場所です。厳重に毒を守り、旦那様は自ら瓶を出して、私に目の前で一滴垂らさせるのです」
ソルの声がまた涙で揺れる。
「……申し訳ないけど、ソルはイグナット様と個人的に何かあった? 彼が『罰をくだしてほしい』と思う何かや、逆に『罪悪感を抱いてほしい』と思う事件があったとか……」
彼女にとって酷な質問をしたが、ソルはまた首を振る。
「私は十五年前、三十歳の時にこの城に来ました。それまではアペッソという都市にいて、家庭教師などをして暮らしていました。生まれた時から私はアペッソにいて、結婚をしても子に恵まれませんでした。夫に愛想を尽かされ、離縁されたあと、私は一人で働いてきました」
「……無理に聞いてごめんなさい」
子ができなかったと言わせるのは、さすがに申し訳なさを覚えた。
が、ソルは小さく微笑む。
11
お気に入りに追加
248
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
【短編】旦那様、2年後に消えますので、その日まで恩返しをさせてください
あさぎかな@電子書籍二作目発売中
恋愛
「二年後には消えますので、ベネディック様。どうかその日まで、いつかの恩返しをさせてください」
「恩? 私と君は初対面だったはず」
「そうかもしれませんが、そうではないのかもしれません」
「意味がわからない──が、これでアルフの、弟の奇病も治るのならいいだろう」
奇病を癒すため魔法都市、最後の薬師フェリーネはベネディック・バルテルスと契約結婚を持ちかける。
彼女の目的は遺産目当てや、玉の輿ではなく──?
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/love.png?id=38b9f51b5677c41b0416)
![](https://www.alphapolis.co.jp/v2/img/books/no_image/novel/fantasy.png?id=6ceb1e9b892a4a252212)
聖女の私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
重田いの
ファンタジー
聖女である私が追放されたらお父さんも一緒についてきちゃいました。
あのお、私はともかくお父さんがいなくなるのは国としてマズイと思うのですが……。
よくある聖女追放ものです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
消された過去と消えた宝石
志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。
刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。
後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。
宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。
しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。
しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。
最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。
消えた宝石はどこに?
手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。
他サイトにも掲載しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACの作品を使用しています。
転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです
青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる
それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう
そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく
公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる
この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった
足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で……
エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた
修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た
ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている
エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない
ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく……
4/20ようやく誤字チェックが完了しました
もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m
いったん終了します
思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑)
平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと
気が向いたら書きますね
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる