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ソルのゆくえ
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「……いま、何時?」
「夕方です」
ハーティリアは四季のある国で、冬になると日が落ちるのが早い。
バフェット領は高い山脈の麓にあるので、余計寒さの厳しい土地だ。
湖は凍り、人々は冬になるとスケートをして遊ぶほどだ。
「……結局、イグナット様の病の原因というのは、何だったのかしら」
暗い声で呟く。
一番イグナットに近いソルや侍医に尋ねても、分からないと首を横に振られるのみだ。
「……血を吐く病と言えば、肺の病ですが、あれは流行病のはずです。大切なお嬢が同じ部屋に入るのを許さないでしょう。それに、記憶にある限り旦那様はそこまで酷い咳をしていたように思えません。あとは胃や消化器官がやられているとか……」
「また『分からない』と言われてしまうかもしれないけど、ソルに聞いてみましょうか」
起き上がったクローディアは、靴を履いて毛皮のマントを羽織る。
廊下に出ると、ラギも何も言わずついてくる。
通りかかったメイドに「ソルを知らない?」と尋ねた。
「……そう言えば、旦那様が亡くなられてから、ソル様をお見かけしていないかもしれません」
主の死を知らされたのか、メイドも目元を赤くし、泣いていた事が分かった。
「……おかしいわね。ソルならどんなに悲しくても、葬儀の準備の指揮を執っていそうだけれど」
ソルはこの城の女家令で、自らすすんでイグナットづきの侍女のような役割も果たしていた。
女性であれど、しっかりしていて頭も良く、イグナットに相談しながらこの城を回している存在だ。
悲しみに暮れているとはいえ、ソルならずっと前からこの日の覚悟はできていたはずだ。
万が一、年齢的にイグナットを男性として想っているという事があり得ても、ソルは自分の役目を中途半端に放棄する人ではないと思っていた。
「……何だか嫌な予感がするわ」
呟いて、クローディアはラギと共にソルを探し始めた。
彼女の部屋は勿論、普段用事で赴きそうな場所にはすべて足を運んだ。
だがどこにもソルはおらず、姿を見たという人もいない。
全員、イグナットが亡くなった悲しみに暮れているのと、葬儀の支度をするので精一杯になっていた。
中には「ソル様は指揮を執られないの?」と他の者に聞く人がいたそうだが、聞かれた者も「やる事があって忙しいのでは?」と言って、不確かなまま会話が終わっていたそうだ。
「おかしいわ。城の一大事なのに、ソルがどこにもいないなんて……!」
ますます嫌な予感は増し、クローディアは最初の場所へと思ってイグナットの寝室に向かった。
「ソル様は大分前にこの部屋を出られて、以来見かけておりません」
だがイグナットの骸を見守る侍医に言われ、クローディアは外を探す事を決めた。
ラギに頼んで騎士たちにも声を掛け、クローディアは外出する準備をしてから馬に跨がり城下町に向かった。
夏場と違い、雪が積もっているので蹄の音が雪に吸い込まれる。新雪を舞い上がらせながら、クローディアたちは馬を駆った。
しんしんと雪が降りしきるなか、クローディアは夜の城下町を進む。
バフェット領はエルガー山脈の麓にあるので、冬はとても厳しい。
町の者たちも、生半可な格好で外を出歩いていれば、たちまち凍死してしまうと分かっている。
だから外を歩く者はほぼおらず、皆灯りのついた家の中で暖炉を囲んでいるだろう事が分かる。
町外れまでくると、遠くにヘラジカがゆったりと森に向かって歩んでいるのが見えた。
動いているのはそれだけかと思っていたが――。
「ソル!?」
湖の際に、小さな人影がある。
しかもその人影は、この厳寒のなか自ら湖に入ろうとしていた。
「止めないと!」
冬の寒さだけでなく全身に悪寒を走らせたクローディアは、馬を走らせてすぐに人影がいる場所まで辿り着いた。
「ソル!」
薄雲を被った月明かりにおぼろげに照らされたのは、やはりソルの後ろ姿だ。
華奢な肩幅に、結い上げた白髪交じりの髪。
彼女は外套すら羽織らず、そのまま入水しようとしていた。
「何やってるの!!」
クローディアは声の限り怒鳴り、ソルを追って躊躇わずに湖に飛び込んだ。
「お嬢!」
「奥様!」
後ろからラギと騎士たちの声がし、彼らが馬に乗ったまま追いかけて来る水音が聞こえる。
「夕方です」
ハーティリアは四季のある国で、冬になると日が落ちるのが早い。
バフェット領は高い山脈の麓にあるので、余計寒さの厳しい土地だ。
湖は凍り、人々は冬になるとスケートをして遊ぶほどだ。
「……結局、イグナット様の病の原因というのは、何だったのかしら」
暗い声で呟く。
一番イグナットに近いソルや侍医に尋ねても、分からないと首を横に振られるのみだ。
「……血を吐く病と言えば、肺の病ですが、あれは流行病のはずです。大切なお嬢が同じ部屋に入るのを許さないでしょう。それに、記憶にある限り旦那様はそこまで酷い咳をしていたように思えません。あとは胃や消化器官がやられているとか……」
「また『分からない』と言われてしまうかもしれないけど、ソルに聞いてみましょうか」
起き上がったクローディアは、靴を履いて毛皮のマントを羽織る。
廊下に出ると、ラギも何も言わずついてくる。
通りかかったメイドに「ソルを知らない?」と尋ねた。
「……そう言えば、旦那様が亡くなられてから、ソル様をお見かけしていないかもしれません」
主の死を知らされたのか、メイドも目元を赤くし、泣いていた事が分かった。
「……おかしいわね。ソルならどんなに悲しくても、葬儀の準備の指揮を執っていそうだけれど」
ソルはこの城の女家令で、自らすすんでイグナットづきの侍女のような役割も果たしていた。
女性であれど、しっかりしていて頭も良く、イグナットに相談しながらこの城を回している存在だ。
悲しみに暮れているとはいえ、ソルならずっと前からこの日の覚悟はできていたはずだ。
万が一、年齢的にイグナットを男性として想っているという事があり得ても、ソルは自分の役目を中途半端に放棄する人ではないと思っていた。
「……何だか嫌な予感がするわ」
呟いて、クローディアはラギと共にソルを探し始めた。
彼女の部屋は勿論、普段用事で赴きそうな場所にはすべて足を運んだ。
だがどこにもソルはおらず、姿を見たという人もいない。
全員、イグナットが亡くなった悲しみに暮れているのと、葬儀の支度をするので精一杯になっていた。
中には「ソル様は指揮を執られないの?」と他の者に聞く人がいたそうだが、聞かれた者も「やる事があって忙しいのでは?」と言って、不確かなまま会話が終わっていたそうだ。
「おかしいわ。城の一大事なのに、ソルがどこにもいないなんて……!」
ますます嫌な予感は増し、クローディアは最初の場所へと思ってイグナットの寝室に向かった。
「ソル様は大分前にこの部屋を出られて、以来見かけておりません」
だがイグナットの骸を見守る侍医に言われ、クローディアは外を探す事を決めた。
ラギに頼んで騎士たちにも声を掛け、クローディアは外出する準備をしてから馬に跨がり城下町に向かった。
夏場と違い、雪が積もっているので蹄の音が雪に吸い込まれる。新雪を舞い上がらせながら、クローディアたちは馬を駆った。
しんしんと雪が降りしきるなか、クローディアは夜の城下町を進む。
バフェット領はエルガー山脈の麓にあるので、冬はとても厳しい。
町の者たちも、生半可な格好で外を出歩いていれば、たちまち凍死してしまうと分かっている。
だから外を歩く者はほぼおらず、皆灯りのついた家の中で暖炉を囲んでいるだろう事が分かる。
町外れまでくると、遠くにヘラジカがゆったりと森に向かって歩んでいるのが見えた。
動いているのはそれだけかと思っていたが――。
「ソル!?」
湖の際に、小さな人影がある。
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「止めないと!」
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「ソル!」
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「何やってるの!!」
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「お嬢!」
「奥様!」
後ろからラギと騎士たちの声がし、彼らが馬に乗ったまま追いかけて来る水音が聞こえる。
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