未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜

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(お相手の年齢ばかり気にしている場合じゃない。結婚したあとの妻には、役目がある。私が望む〝妻〟像は何? そこそこいい家柄の男性に嫁いで、社交界で目が回るほどワルツを踊って、お菓子を摘まんでおかしくもないのに笑いながら、腹の底が見えない相手におべっかを使う事?)

 自分に問いかけ、クローディアは少ない社交界経験を振り返る。

 確かに今までの生活にはなかった事だから、綺麗なドレスを着て男性に求められるがままにダンスを踊ったのは楽しかった。

 皆、女性としての自分を求めてくれていて、綺麗、美しいと褒めてくれた。

(でも私が本当に嬉しいのは、外見を褒められる事ではないわ。私が誇りに思っているのは、ミケーラにいて身につけた、人を守るための知識や戦い方。そしてそれらは、恐らく社交界にいれば〝お転婆〟と言われてしまう、良くないもの……)

 深く考え、自分が素のままでありたいと願うほど、周りは良く思わないだろう事を理解していく。

(皆、誰々が綺麗とか、ドレスやアクセサリー、扇とかが流行の先端、素敵とか褒め合っている。でもハッキリ言って私には、彼女たちが本音で褒めているとは思えない。けれどそれを口にしてしまえば、私がつまはじきにされるのは目に見えている)

 女性たちの友情というのものは厄介で、お互いに褒めていないと関係を良好に結べないようだ。

 本音では自分が一番美しいと思っているのに、互いを平等に褒めて全員で「そうよね」と微笑み合っている。
 そこで「私はそうは思わない」など本音を言ってしまえば、空気の読めない人間として嫌われてしまう。

(社交界で見た、イェールン伯爵家のアネッタ様……。あの方は誘いを断るのが苦手なようで、男性に求められるがままになっていたら、あっという間に令嬢たちの間で『男好き』という事にされてしまった。彼女の困った顔を見ていれば、そうではないとすぐ分かるはずなのに……)

 アネッタは可愛らしくおっとりした印象の女性で、裕福な伯爵家で大切に育てられた令嬢という印象だった。
 両親も遠くから見て、温厚な人なのだろうなと感じた。

 優しそうな彼女が男性にグイグイと迫られ、困った表情で微笑みながらも、断り切れず次々にダンスを踊って疲れた顔を見せていたのを、クローディアは目撃していた。

 他の令嬢たちいわく、「踊りたくもない下級貴族なら、ハッキリ断った方がお互いのため」「下級貴族にいい顔をしていれば、自分も同類と見られる」との事だが、アネッタは他人から求められて断る行為そのものが苦手なのだろう。

 こうして〝少し人と違っている〟だけで、女性たちの群れからあっという間に追い出されてしまう。

 追い出されてその後関わらないのならいいのだが、ありもしない悪い噂を立てられ、意中の男性に「あの女性はこんな悪い事を影でしているから、関わらない方がいいですよ」と言われてしまう。

 そんな恐ろしい世界にいたいのか? と言われれば、答えはノーだ。

(かといって……、辺境伯の地で森に囲まれて生きる? 静かではあるだろうけれど……)

 考え込んだクローディアを、騎士たちは心配そうに見守っている。

「……私に、宮中での貴婦人たちとの付き合いが務まると思う?」

 やがて顔を上げて騎士たちに問いかけると、彼らはドッと笑った。

「いや、無理だな」

「そうそう。姫様は俺たちが育てたと言っても過言ではない。言ってしまえばかなり男勝りで変わった令嬢だ。俺たちはたまに城主様と一緒に王都まで行って貴族の女性たちを見る事もあるが、あんなツンツンして腹の底が知れない蛇みたいな女と、素直が一番の美徳な姫様が合う訳がないと思うね」

「大体、姫様は大して非のない人間を、ちょっと気に入らない事があるからって『皆で無視しましょう、意地悪しましょう』って言われて、言う通りにできるか? 罪を犯した訳でもない、威張っている奴の勘に障っただけの哀れな奴を、大勢でいたぶって精神的に殺す事をよしとできるのか? 宮中はそういう場所だぜ」

 騎士たちの言葉を聞き、クローディアの心は決まった。

「嫌だわ。私は、そんな心の曲がった事は絶対にしない。魂が穢れるわ」

 顔を上げて言い切ると、誰かが「そうだ!」と合いの手を入れて拍手をした。

「……バフェットでイグナット様と過ごしたあと、仮に私が女辺境伯になったとして、務まると思う?」

 凛として言い放ったというのに、クローディアは急に自信なさげな顔になり、騎士たちに尋ねる。

「それは姫様次第じゃないか?」

「え?」

 そう言ったのはマクリーンだ。彼は椅子に腰掛けたまま、ニヤリと笑ってみせる。

「何も姫様自身が、鬼のように強くなきゃいけない必要などない。要は、辺境伯の地にいる兵士たちの心を掌握し、味方とできるかどうかだ。仮にエチルデの地を巡ってまた戦が起きたとして、姫様は兵士たちの〝頭脳〟となり、姿を見るだけで士気があがる〝勝利の女神〟とならなければいけない。必要なのは物理的な力ではなく、心を掴む精神的な力だ」

 マクリーンは拳でドンと己の胸を叩き、片目を瞑って見せた。
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