7 / 58
縁談
しおりを挟む
やがてクローディアは十七歳となり、デビュタントとして社交界デビューした。
父は変わらずミケーラを守るため都市に留まっていたが、母や叔母たちに付き添われ、王都のタウンハウスから王都内で開かれる舞踏会に参加していた。
そんな彼女に縁談があったのは、デビューしてすぐの事だ。
父から手紙があってミケーラに呼び戻されたかと思うと、「お前を望む方がいる」と重々しく言われた。
「どなたですか?」
クローディアも当時は自分の結婚相手に多少の期待をしていた年齢なので、自分の未来の夫がどのような人物なのか、興味津々だった。
「こちらの方だ」
――が、父が見せてきた姿絵には、真っ白になった髭をたくわえた老紳士が描かれている。
(……お相手のお祖父様かしら?)
の割には、一緒に描かれている孫がいない。
「あの……、私に求婚してくださっているという方は?」
困惑して父に尋ねると、マグレーは感情を押し殺した顔で返事をした。
「この方だ。バフェット辺境伯イグナット様。お前にとっては祖父ほどの年齢だが、人格者で民に慕われている」
姿絵に描かれている老人が自分の夫になると聞き、足元が真っ黒な穴となり、そこに落下していく感覚を味わった。
(この方が私の夫になる? だってご老体じゃない。夫って……、ただ結婚して同居するだけではないでしょう?)
成長して、クローディアは閨事に関する勉強もした。
詳細についてはぼかされたが、ある程度の事を知り、結婚して跡継ぎを生むには何をするかは大体理解している。
寝台で自分がイグナットに押し倒されている姿を想像し――、クローディアは思わず立ち上がった。
「……い、嫌です!」
生まれて始めて、父に対してハッキリと否定の言葉を叩きつけた気がする。
それぐらい、今回の縁談はクローディアにとって衝撃的なものだった。
「……クローディア。言う事を聞きなさい」
聞き分けのない子供に言うように宥められ、それが余計に惨めな気持ちにさせる。
今までクローディアは、お転婆という意味で両親の手を焼かせたものの、すべて家のため、家族のため、ミケーラのためだった。
多少両親と衝突する事はあったものの、より良い環境、家庭となるための建設的な言い合いだったと自覚している。
だからこそ今の縁談は、クローディアが子供っぽい我が儘を言っているようで、自分でも恥ずかしい、情けないという思いがあった。
(貴族の娘なら、適齢期になったら家のためによりよい家柄の方に嫁ぐのは当たり前。好きな人と結ばれたいなど、恋愛小説のような事を言っていられない。……でも周りにいる年の差夫婦でも、せいぜい十歳から二十歳ほど。でも私のお相手はお爺ちゃんじゃない)
そう思ってしまう自分が、子供のようで嫌だ。
両親からは、「人の価値は美醜で決まらない。美しく生まれたのは天からの授かりもので、それを維持するのは人の努力だ。だが人の魅力は外見以外にも沢山ある。だから人を年齢や美醜で決めてはいけない」と言われて育った。
その教えを胸に、弟妹や騎士たち、民にも自分の言葉のように言っていたというのに、今のクローディアは相手が老人だから夫にするのは嫌だと駄々をこねている。
(……情けない)
自分はまったく、理想の令嬢になれていない。
理想として憧れた存在が心にいた訳ではない。
大好きな小説があり登場人物がいても、物語はしょせん、空想だからだ。
けれど尊敬する母のように、夫を支え、家族や城の者、民のために身を捧げ、賢く優しく、必要な時は厳しくなれる、そんな貴婦人になりたかった。
(今の私は……ただの子供……)
社交界デビューして一人前になれたと思っていても、中身はただの十七歳の小娘だ。
その現実が、クローディアを打ちのめす。
立ち上がったまま黙っていたからか、父が「座りなさい」と声を掛けてきた。
大人しくソファに座ると、マグレーが言葉を続ける。
「バフェット伯は、結婚してもお前と同じ床で寝る事はないだろう」
「……え……?」
自分が考えていた事を見透かされたようで、ドキッとしつつもクローディアは顔を上げる。
「ここだけの話、バフェット伯は病に冒されている。もうあと数年という命だろう。その前にお前と結婚し、自分が旅立ったあとの財産をすべてお前に譲りたいと言っている」
「……どうして……」
口を突いて出た言葉は、ごく当たり前のものだ。
クローディアはバフェット伯と何の関係もない。
会った事もないし、話した事もない。
辺境伯ならば領地にいる必要があるので、病気がちという事もあり、バフェット伯は王都にすらあまり来ていないのではと思った。
だからクローディアと接点があるはずもなく、見初められたきっかけもないだろう。
父は変わらずミケーラを守るため都市に留まっていたが、母や叔母たちに付き添われ、王都のタウンハウスから王都内で開かれる舞踏会に参加していた。
そんな彼女に縁談があったのは、デビューしてすぐの事だ。
父から手紙があってミケーラに呼び戻されたかと思うと、「お前を望む方がいる」と重々しく言われた。
「どなたですか?」
クローディアも当時は自分の結婚相手に多少の期待をしていた年齢なので、自分の未来の夫がどのような人物なのか、興味津々だった。
「こちらの方だ」
――が、父が見せてきた姿絵には、真っ白になった髭をたくわえた老紳士が描かれている。
(……お相手のお祖父様かしら?)
の割には、一緒に描かれている孫がいない。
「あの……、私に求婚してくださっているという方は?」
困惑して父に尋ねると、マグレーは感情を押し殺した顔で返事をした。
「この方だ。バフェット辺境伯イグナット様。お前にとっては祖父ほどの年齢だが、人格者で民に慕われている」
姿絵に描かれている老人が自分の夫になると聞き、足元が真っ黒な穴となり、そこに落下していく感覚を味わった。
(この方が私の夫になる? だってご老体じゃない。夫って……、ただ結婚して同居するだけではないでしょう?)
成長して、クローディアは閨事に関する勉強もした。
詳細についてはぼかされたが、ある程度の事を知り、結婚して跡継ぎを生むには何をするかは大体理解している。
寝台で自分がイグナットに押し倒されている姿を想像し――、クローディアは思わず立ち上がった。
「……い、嫌です!」
生まれて始めて、父に対してハッキリと否定の言葉を叩きつけた気がする。
それぐらい、今回の縁談はクローディアにとって衝撃的なものだった。
「……クローディア。言う事を聞きなさい」
聞き分けのない子供に言うように宥められ、それが余計に惨めな気持ちにさせる。
今までクローディアは、お転婆という意味で両親の手を焼かせたものの、すべて家のため、家族のため、ミケーラのためだった。
多少両親と衝突する事はあったものの、より良い環境、家庭となるための建設的な言い合いだったと自覚している。
だからこそ今の縁談は、クローディアが子供っぽい我が儘を言っているようで、自分でも恥ずかしい、情けないという思いがあった。
(貴族の娘なら、適齢期になったら家のためによりよい家柄の方に嫁ぐのは当たり前。好きな人と結ばれたいなど、恋愛小説のような事を言っていられない。……でも周りにいる年の差夫婦でも、せいぜい十歳から二十歳ほど。でも私のお相手はお爺ちゃんじゃない)
そう思ってしまう自分が、子供のようで嫌だ。
両親からは、「人の価値は美醜で決まらない。美しく生まれたのは天からの授かりもので、それを維持するのは人の努力だ。だが人の魅力は外見以外にも沢山ある。だから人を年齢や美醜で決めてはいけない」と言われて育った。
その教えを胸に、弟妹や騎士たち、民にも自分の言葉のように言っていたというのに、今のクローディアは相手が老人だから夫にするのは嫌だと駄々をこねている。
(……情けない)
自分はまったく、理想の令嬢になれていない。
理想として憧れた存在が心にいた訳ではない。
大好きな小説があり登場人物がいても、物語はしょせん、空想だからだ。
けれど尊敬する母のように、夫を支え、家族や城の者、民のために身を捧げ、賢く優しく、必要な時は厳しくなれる、そんな貴婦人になりたかった。
(今の私は……ただの子供……)
社交界デビューして一人前になれたと思っていても、中身はただの十七歳の小娘だ。
その現実が、クローディアを打ちのめす。
立ち上がったまま黙っていたからか、父が「座りなさい」と声を掛けてきた。
大人しくソファに座ると、マグレーが言葉を続ける。
「バフェット伯は、結婚してもお前と同じ床で寝る事はないだろう」
「……え……?」
自分が考えていた事を見透かされたようで、ドキッとしつつもクローディアは顔を上げる。
「ここだけの話、バフェット伯は病に冒されている。もうあと数年という命だろう。その前にお前と結婚し、自分が旅立ったあとの財産をすべてお前に譲りたいと言っている」
「……どうして……」
口を突いて出た言葉は、ごく当たり前のものだ。
クローディアはバフェット伯と何の関係もない。
会った事もないし、話した事もない。
辺境伯ならば領地にいる必要があるので、病気がちという事もあり、バフェット伯は王都にすらあまり来ていないのではと思った。
だからクローディアと接点があるはずもなく、見初められたきっかけもないだろう。
11
お気に入りに追加
250
あなたにおすすめの小説

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」
音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。
本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。
しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。
*6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。
【完結】Amnesia(アムネシア)~カフェ「時遊館」に現れた美しい青年は記憶を失っていた~
紫紺
ミステリー
郊外の人気カフェ、『時游館』のマスター航留は、ある日美しい青年と出会う。彼は自分が誰かも全て忘れてしまう記憶喪失を患っていた。
行きがかり上、面倒を見ることになったのが……。
※「Amnesia」は医学用語で、一般的には「記憶喪失」のことを指します。
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。

【完結】もう無理して私に笑いかけなくてもいいですよ?
冬馬亮
恋愛
公爵令嬢のエリーゼは、遅れて出席した夜会で、婚約者のオズワルドがエリーゼへの不満を口にするのを偶然耳にする。
オズワルドを愛していたエリーゼはひどくショックを受けるが、悩んだ末に婚約解消を決意する。
だが、喜んで受け入れると思っていたオズワルドが、なぜか婚約解消を拒否。関係の再構築を提案する。
その後、プレゼント攻撃や突撃訪問の日々が始まるが、オズワルドは別の令嬢をそばに置くようになり・・・
「彼女は友人の妹で、なんとも思ってない。オレが好きなのはエリーゼだ」
「私みたいな女に無理して笑いかけるのも限界だって夜会で愚痴をこぼしてたじゃないですか。よかったですね、これでもう、無理して私に笑いかけなくてよくなりましたよ」

【完結】兄の事を皆が期待していたので僕は離れます
まりぃべる
ファンタジー
一つ年上の兄は、国の為にと言われて意気揚々と村を離れた。お伽話にある、奇跡の聖人だと幼き頃より誰からも言われていた為、それは必然だと。
貧しい村で育った弟は、小さな頃より家の事を兄の分までせねばならず、兄は素晴らしい人物で対して自分は凡人であると思い込まされ、自分は必要ないのだからと弟は村を離れる事にした。
そんな弟が、自分を必要としてくれる人に会い、幸せを掴むお話。
☆まりぃべるの世界観です。緩い設定で、現実世界とは違う部分も多々ありますがそこをあえて楽しんでいただけると幸いです。
☆現実世界にも同じような名前、地名、言葉などがありますが、関係ありません。

原産地が同じでも結果が違ったお話
よもぎ
ファンタジー
とある国の貴族が通うための学園で、女生徒一人と男子生徒十数人がとある罪により捕縛されることとなった。女生徒は何の罪かも分からず牢で悶々と過ごしていたが、そこにさる貴族家の夫人が訪ねてきて……。
視点が途中で切り替わります。基本的に一人称視点で話が進みます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる