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縁談

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 やがてクローディアは十七歳となり、デビュタントとして社交界デビューした。

 父は変わらずミケーラを守るため都市に留まっていたが、母や叔母たちに付き添われ、王都のタウンハウスから王都内で開かれる舞踏会に参加していた。

 そんな彼女に縁談があったのは、デビューしてすぐの事だ。

 父から手紙があってミケーラに呼び戻されたかと思うと、「お前を望む方がいる」と重々しく言われた。

「どなたですか?」

 クローディアも当時は自分の結婚相手に多少の期待をしていた年齢なので、自分の未来の夫がどのような人物なのか、興味津々だった。

「こちらの方だ」

 ――が、父が見せてきた姿絵には、真っ白になった髭をたくわえた老紳士が描かれている。

(……お相手のお祖父様かしら?)

 の割には、一緒に描かれている孫がいない。

「あの……、私に求婚してくださっているという方は?」

 困惑して父に尋ねると、マグレーは感情を押し殺した顔で返事をした。

「この方だ。バフェット辺境伯イグナット様。お前にとっては祖父ほどの年齢だが、人格者で民に慕われている」

 姿絵に描かれている老人が自分の夫になると聞き、足元が真っ黒な穴となり、そこに落下していく感覚を味わった。

(この方が私の夫になる? だってご老体じゃない。夫って……、ただ結婚して同居するだけではないでしょう?)

 成長して、クローディアは閨事に関する勉強もした。

 詳細についてはぼかされたが、ある程度の事を知り、結婚して跡継ぎを生むには何をするかは大体理解している。

 寝台で自分がイグナットに押し倒されている姿を想像し――、クローディアは思わず立ち上がった。

「……い、嫌です!」

 生まれて始めて、父に対してハッキリと否定の言葉を叩きつけた気がする。
 それぐらい、今回の縁談はクローディアにとって衝撃的なものだった。

「……クローディア。言う事を聞きなさい」

 聞き分けのない子供に言うように宥められ、それが余計に惨めな気持ちにさせる。

 今までクローディアは、お転婆という意味で両親の手を焼かせたものの、すべて家のため、家族のため、ミケーラのためだった。

 多少両親と衝突する事はあったものの、より良い環境、家庭となるための建設的な言い合いだったと自覚している。

 だからこそ今の縁談は、クローディアが子供っぽい我が儘を言っているようで、自分でも恥ずかしい、情けないという思いがあった。

(貴族の娘なら、適齢期になったら家のためによりよい家柄の方に嫁ぐのは当たり前。好きな人と結ばれたいなど、恋愛小説のような事を言っていられない。……でも周りにいる年の差夫婦でも、せいぜい十歳から二十歳ほど。でも私のお相手はお爺ちゃんじゃない)

 そう思ってしまう自分が、子供のようで嫌だ。

 両親からは、「人の価値は美醜で決まらない。美しく生まれたのは天からの授かりもので、それを維持するのは人の努力だ。だが人の魅力は外見以外にも沢山ある。だから人を年齢や美醜で決めてはいけない」と言われて育った。

 その教えを胸に、弟妹や騎士たち、民にも自分の言葉のように言っていたというのに、今のクローディアは相手が老人だから夫にするのは嫌だと駄々をこねている。

(……情けない)

 自分はまったく、理想の令嬢になれていない。

 理想として憧れた存在が心にいた訳ではない。
 大好きな小説があり登場人物がいても、物語はしょせん、空想だからだ。

 けれど尊敬する母のように、夫を支え、家族や城の者、民のために身を捧げ、賢く優しく、必要な時は厳しくなれる、そんな貴婦人になりたかった。

(今の私は……ただの子供……)

 社交界デビューして一人前になれたと思っていても、中身はただの十七歳の小娘だ。
 その現実が、クローディアを打ちのめす。

 立ち上がったまま黙っていたからか、父が「座りなさい」と声を掛けてきた。

 大人しくソファに座ると、マグレーが言葉を続ける。

「バフェット伯は、結婚してもお前と同じ床で寝る事はないだろう」

「……え……?」

 自分が考えていた事を見透かされたようで、ドキッとしつつもクローディアは顔を上げる。

「ここだけの話、バフェット伯は病に冒されている。もうあと数年という命だろう。その前にお前と結婚し、自分が旅立ったあとの財産をすべてお前に譲りたいと言っている」

「……どうして……」

 口を突いて出た言葉は、ごく当たり前のものだ。

 クローディアはバフェット伯と何の関係もない。
 会った事もないし、話した事もない。

 辺境伯ならば領地にいる必要があるので、病気がちという事もあり、バフェット伯は王都にすらあまり来ていないのではと思った。

 だからクローディアと接点があるはずもなく、見初められたきっかけもないだろう。
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