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女の秘密

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「……酷い言われようですね」

 呆れた表情で溜め息をつく彼に、クローディアは表情を変えず、歌うように言う。

「あれは鳥ですわ。私、生憎鳥の声は理解できませんの。まるで冬場のヒヨドリのようですね」

 クローディアも、負けじと彼女たちに聞こえるように言った。

 ヒヨドリは春は恋の季節のため美しく囀るが、冬場は「ギィーッ」と甲高い声で鳴くので女性たちにはあまり好まれていない。

 ヒヨドリの声を知っている女性たちは「まぁ! なんて失礼なの!」と柳眉を逆立てた。

「あははははは!」

 クローディアは軽やかに笑い、ルシオの腕を引っ張って中庭に駆け出た。

「っはは、あなたはとんでもない方ですね? 奔放で、まるで人目を気にしていない」

 夜の庭園では湿気を含んだ風が吹き、遠くにある薔薇や百合の香りを鼻腔に届けてくる。

「人目を気にしていたら、常に萎縮していなければなりません。私の人生に責任を持たない方々の言葉に気を遣う事に、なんの意味が? それこそ時間の無駄ですわ」

 婦人たちの言葉にまるで怯えた様子のないクローディアに、ルシオはとうとう爆笑しだした。

「おっかし……」

 ベンチに座ったルシオは、腹を押さえてヒイヒイと笑ったあと、目に浮かんだ涙を指で拭う。

「あなたといると実に爽快な気分になれますね」
「それは光栄ですわ」

 澄ました様子で微笑むのがまた笑いのツボに嵌まったらしく、ルシオは肩を震わせる。

 笑いの衝動が収まったあと、ルシオはしみじみとして語り出した。

「お気を害するかもしれませんが、最初あなたに話し掛けたのは興味本位からでした。お美しく、まだこれから人生の楽しい時が待っている若さなのに、未亡人となってしまわれた。それなのに、豪奢な喪服を着て舞踏会に華々しく登場した。一体あなたはこれから何を始めるんだろう? と、ワクワクした自分がいます」

 ルシオの感情は、すべてクローディアの狙い通りだ。

 若く美しい未亡人というだけでも話題になり、同情される。
 だがそこで明るく振る舞えば反感を買う事は承知の上だ。

 そして「なぜ彼女はそのように明るく振る舞うのだろう?」と考えるのが人というものだ。

 ゴシップは〝理由〟を知りたがる。

 殺人事件では誰が誰をどんな理由で殺したのか。不倫があれば、彼と彼女はどんな理由で恋に落ちたのか。落ちぶれた家は、なぜ借金を重ねてしまったのか。
 そしてその顛末を知りたがり、〝物語〟を欲するのだ。

 クローディアは自らを演出して、話題を提供したにすぎない。
 食らいついてきた第一号が、このルシオという男なのだ。

「嬉しいですわ。すべて私の狙い通りですもの」

 分かっていたと言っても、ルシオは驚く様子はない。

「我が家は名のある伯爵家と自覚しています。そして僕はそう遠くない未来に家督を継ぐでしょう。自分の見た目が整っている自覚もあります。そして令嬢たちが競うように僕と結婚したがっているのも分かっています。……だが、正直見え透いた欲には飽き飽きしています。……でもあなたは、何を考えているのかまったく分からない。そこに惹かれました」

 ルシオはクローディアの手を握り、すみれ色の目を細めて悪戯っぽく笑う。そして彼女の手の甲にキスを落とした。

 クローディアも初心な令嬢のように頬を染めて恥ずかしがったりせず、まるで女王のように悠然と微笑んで彼のキスを受け入れていた。

「教えてください、クローディア。あなたの望みは何なのです?」

 ルシオは興味津々に彼女の顔を覗き込む。

「あなたがルーフェン子爵家の長女で、バフェット辺境伯に嫁いだ事は、周知の事実。ですが嫁いでから二年、あなたは社交界に出てこなかった。辺境伯の地で静かに暮らし、バフェット辺境伯が亡くなられたあと、彗星の如く社交界に現れた。皆、あなたに何があったのかを知りたがっています」

「知りたいのですか?」

 クローディアは蟻地獄のように穴の底で静かに座したまま、獲物がしっかりと穴にはまるのを待つ。

 自分は捕食者であり、疑似餌だ。
 獲物をしっかりその顎に捕らえるためには、慌ててはいけない。

「教えてくださるのですか?」

 しかしルシオも社交界にいて女性から人気があり、相手との駆け引きを知っている人物だ。
 質問に質問を返す彼の耳元に、クローディアはそっと囁いた。

「女の秘密を知りたいと思うなら、相応の誠意を見せてくださらなければなりませんわ」

 耳たぶに唇がついてしまいそうな距離で、クローディアは甘い声で告げる。

 ルシオは微かに身を震わせたあと、すみれ色の瞳に興奮を宿してこちらを見てくる。
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