4 / 58
女の秘密
しおりを挟む
「……酷い言われようですね」
呆れた表情で溜め息をつく彼に、クローディアは表情を変えず、歌うように言う。
「あれは鳥ですわ。私、生憎鳥の声は理解できませんの。まるで冬場のヒヨドリのようですね」
クローディアも、負けじと彼女たちに聞こえるように言った。
ヒヨドリは春は恋の季節のため美しく囀るが、冬場は「ギィーッ」と甲高い声で鳴くので女性たちにはあまり好まれていない。
ヒヨドリの声を知っている女性たちは「まぁ! なんて失礼なの!」と柳眉を逆立てた。
「あははははは!」
クローディアは軽やかに笑い、ルシオの腕を引っ張って中庭に駆け出た。
「っはは、あなたはとんでもない方ですね? 奔放で、まるで人目を気にしていない」
夜の庭園では湿気を含んだ風が吹き、遠くにある薔薇や百合の香りを鼻腔に届けてくる。
「人目を気にしていたら、常に萎縮していなければなりません。私の人生に責任を持たない方々の言葉に気を遣う事に、なんの意味が? それこそ時間の無駄ですわ」
婦人たちの言葉にまるで怯えた様子のないクローディアに、ルシオはとうとう爆笑しだした。
「おっかし……」
ベンチに座ったルシオは、腹を押さえてヒイヒイと笑ったあと、目に浮かんだ涙を指で拭う。
「あなたといると実に爽快な気分になれますね」
「それは光栄ですわ」
澄ました様子で微笑むのがまた笑いのツボに嵌まったらしく、ルシオは肩を震わせる。
笑いの衝動が収まったあと、ルシオはしみじみとして語り出した。
「お気を害するかもしれませんが、最初あなたに話し掛けたのは興味本位からでした。お美しく、まだこれから人生の楽しい時が待っている若さなのに、未亡人となってしまわれた。それなのに、豪奢な喪服を着て舞踏会に華々しく登場した。一体あなたはこれから何を始めるんだろう? と、ワクワクした自分がいます」
ルシオの感情は、すべてクローディアの狙い通りだ。
若く美しい未亡人というだけでも話題になり、同情される。
だがそこで明るく振る舞えば反感を買う事は承知の上だ。
そして「なぜ彼女はそのように明るく振る舞うのだろう?」と考えるのが人というものだ。
ゴシップは〝理由〟を知りたがる。
殺人事件では誰が誰をどんな理由で殺したのか。不倫があれば、彼と彼女はどんな理由で恋に落ちたのか。落ちぶれた家は、なぜ借金を重ねてしまったのか。
そしてその顛末を知りたがり、〝物語〟を欲するのだ。
クローディアは自らを演出して、話題を提供したにすぎない。
食らいついてきた第一号が、このルシオという男なのだ。
「嬉しいですわ。すべて私の狙い通りですもの」
分かっていたと言っても、ルシオは驚く様子はない。
「我が家は名のある伯爵家と自覚しています。そして僕はそう遠くない未来に家督を継ぐでしょう。自分の見た目が整っている自覚もあります。そして令嬢たちが競うように僕と結婚したがっているのも分かっています。……だが、正直見え透いた欲には飽き飽きしています。……でもあなたは、何を考えているのかまったく分からない。そこに惹かれました」
ルシオはクローディアの手を握り、すみれ色の目を細めて悪戯っぽく笑う。そして彼女の手の甲にキスを落とした。
クローディアも初心な令嬢のように頬を染めて恥ずかしがったりせず、まるで女王のように悠然と微笑んで彼のキスを受け入れていた。
「教えてください、クローディア。あなたの望みは何なのです?」
ルシオは興味津々に彼女の顔を覗き込む。
「あなたがルーフェン子爵家の長女で、バフェット辺境伯に嫁いだ事は、周知の事実。ですが嫁いでから二年、あなたは社交界に出てこなかった。辺境伯の地で静かに暮らし、バフェット辺境伯が亡くなられたあと、彗星の如く社交界に現れた。皆、あなたに何があったのかを知りたがっています」
「知りたいのですか?」
クローディアは蟻地獄のように穴の底で静かに座したまま、獲物がしっかりと穴にはまるのを待つ。
自分は捕食者であり、疑似餌だ。
獲物をしっかりその顎に捕らえるためには、慌ててはいけない。
「教えてくださるのですか?」
しかしルシオも社交界にいて女性から人気があり、相手との駆け引きを知っている人物だ。
質問に質問を返す彼の耳元に、クローディアはそっと囁いた。
「女の秘密を知りたいと思うなら、相応の誠意を見せてくださらなければなりませんわ」
耳たぶに唇がついてしまいそうな距離で、クローディアは甘い声で告げる。
ルシオは微かに身を震わせたあと、すみれ色の瞳に興奮を宿してこちらを見てくる。
呆れた表情で溜め息をつく彼に、クローディアは表情を変えず、歌うように言う。
「あれは鳥ですわ。私、生憎鳥の声は理解できませんの。まるで冬場のヒヨドリのようですね」
クローディアも、負けじと彼女たちに聞こえるように言った。
ヒヨドリは春は恋の季節のため美しく囀るが、冬場は「ギィーッ」と甲高い声で鳴くので女性たちにはあまり好まれていない。
ヒヨドリの声を知っている女性たちは「まぁ! なんて失礼なの!」と柳眉を逆立てた。
「あははははは!」
クローディアは軽やかに笑い、ルシオの腕を引っ張って中庭に駆け出た。
「っはは、あなたはとんでもない方ですね? 奔放で、まるで人目を気にしていない」
夜の庭園では湿気を含んだ風が吹き、遠くにある薔薇や百合の香りを鼻腔に届けてくる。
「人目を気にしていたら、常に萎縮していなければなりません。私の人生に責任を持たない方々の言葉に気を遣う事に、なんの意味が? それこそ時間の無駄ですわ」
婦人たちの言葉にまるで怯えた様子のないクローディアに、ルシオはとうとう爆笑しだした。
「おっかし……」
ベンチに座ったルシオは、腹を押さえてヒイヒイと笑ったあと、目に浮かんだ涙を指で拭う。
「あなたといると実に爽快な気分になれますね」
「それは光栄ですわ」
澄ました様子で微笑むのがまた笑いのツボに嵌まったらしく、ルシオは肩を震わせる。
笑いの衝動が収まったあと、ルシオはしみじみとして語り出した。
「お気を害するかもしれませんが、最初あなたに話し掛けたのは興味本位からでした。お美しく、まだこれから人生の楽しい時が待っている若さなのに、未亡人となってしまわれた。それなのに、豪奢な喪服を着て舞踏会に華々しく登場した。一体あなたはこれから何を始めるんだろう? と、ワクワクした自分がいます」
ルシオの感情は、すべてクローディアの狙い通りだ。
若く美しい未亡人というだけでも話題になり、同情される。
だがそこで明るく振る舞えば反感を買う事は承知の上だ。
そして「なぜ彼女はそのように明るく振る舞うのだろう?」と考えるのが人というものだ。
ゴシップは〝理由〟を知りたがる。
殺人事件では誰が誰をどんな理由で殺したのか。不倫があれば、彼と彼女はどんな理由で恋に落ちたのか。落ちぶれた家は、なぜ借金を重ねてしまったのか。
そしてその顛末を知りたがり、〝物語〟を欲するのだ。
クローディアは自らを演出して、話題を提供したにすぎない。
食らいついてきた第一号が、このルシオという男なのだ。
「嬉しいですわ。すべて私の狙い通りですもの」
分かっていたと言っても、ルシオは驚く様子はない。
「我が家は名のある伯爵家と自覚しています。そして僕はそう遠くない未来に家督を継ぐでしょう。自分の見た目が整っている自覚もあります。そして令嬢たちが競うように僕と結婚したがっているのも分かっています。……だが、正直見え透いた欲には飽き飽きしています。……でもあなたは、何を考えているのかまったく分からない。そこに惹かれました」
ルシオはクローディアの手を握り、すみれ色の目を細めて悪戯っぽく笑う。そして彼女の手の甲にキスを落とした。
クローディアも初心な令嬢のように頬を染めて恥ずかしがったりせず、まるで女王のように悠然と微笑んで彼のキスを受け入れていた。
「教えてください、クローディア。あなたの望みは何なのです?」
ルシオは興味津々に彼女の顔を覗き込む。
「あなたがルーフェン子爵家の長女で、バフェット辺境伯に嫁いだ事は、周知の事実。ですが嫁いでから二年、あなたは社交界に出てこなかった。辺境伯の地で静かに暮らし、バフェット辺境伯が亡くなられたあと、彗星の如く社交界に現れた。皆、あなたに何があったのかを知りたがっています」
「知りたいのですか?」
クローディアは蟻地獄のように穴の底で静かに座したまま、獲物がしっかりと穴にはまるのを待つ。
自分は捕食者であり、疑似餌だ。
獲物をしっかりその顎に捕らえるためには、慌ててはいけない。
「教えてくださるのですか?」
しかしルシオも社交界にいて女性から人気があり、相手との駆け引きを知っている人物だ。
質問に質問を返す彼の耳元に、クローディアはそっと囁いた。
「女の秘密を知りたいと思うなら、相応の誠意を見せてくださらなければなりませんわ」
耳たぶに唇がついてしまいそうな距離で、クローディアは甘い声で告げる。
ルシオは微かに身を震わせたあと、すみれ色の瞳に興奮を宿してこちらを見てくる。
11
お気に入りに追加
249
あなたにおすすめの小説
【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?
アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。
泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。
16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。
マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。
あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に…
もう…我慢しなくても良いですよね?
この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。
前作の登場人物達も多数登場する予定です。
マーテルリアのイラストを変更致しました。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。
元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~
おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。
どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。
そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。
その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。
その結果、様々な女性に迫られることになる。
元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。
「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」
今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。
消された過去と消えた宝石
志波 連
ミステリー
大富豪斎藤雅也のコレクション、ピンクダイヤモンドのペンダント『女神の涙』が消えた。
刑事伊藤大吉と藤田建造は、現場検証を行うが手掛かりは出てこなかった。
後妻の小夜子は、心臓病により車椅子生活となった当主をよく支え、二人の仲は良い。
宝石コレクションの隠し場所は使用人たちも知らず、知っているのは当主と妻の小夜子だけ。
しかし夫の体を慮った妻は、この一年一度も外出をしていない事は確認できている。
しかも事件当日の朝、日課だったコレクションの確認を行った雅也によって、宝石はあったと証言されている。
最後の確認から盗難までの間に人の出入りは無く、使用人たちも徹底的に調べられたが何も出てこない。
消えた宝石はどこに?
手掛かりを掴めないまま街を彷徨っていた伊藤刑事は、偶然立ち寄った画廊で衝撃的な事実を発見し、斬新な仮説を立てる。
他サイトにも掲載しています。
R15は保険です。
表紙は写真ACの作品を使用しています。
愛しき冷血宰相へ別れの挨拶を
川上桃園
恋愛
「どうかもう私のことはお忘れください。閣下の幸せを、遠くから見守っております」
とある国で、宰相閣下が結婚するという新聞記事が出た。
これを見た地方官吏のコーデリアは突如、王都へ旅立った。亡き兄の友人であり、年上の想い人でもある「彼」に別れを告げるために。
だが目当ての宰相邸では使用人に追い返されて途方に暮れる。そこに出くわしたのは、彼と結婚するという噂の美しき令嬢の姿だった――。
これは、冷血宰相と呼ばれた彼の結婚を巡る、恋のから騒ぎ。最後はハッピーエンドで終わるめでたしめでたしのお話です。
完結まで執筆済み、毎日更新
もう少しだけお付き合いください
第22回書き出し祭り参加作品
2025.1.26 女性向けホトラン1位ありがとうございます
出世のために結婚した夫から「好きな人ができたから別れてほしい」と言われたのですが~その好きな人って変装したわたしでは?
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
古代魔法を専門とする魔法研究者のアンヌッカは、家族と研究所を守るために軍人のライオネルと結婚をする。
ライオネルもまた昇進のために結婚をしなければならず、国王からの命令ということもあり結婚を渋々と引き受ける。
しかし、愛のない結婚をした二人は結婚式当日すら顔を合わせることなく、そのまま離れて暮らすこととなった。
ある日、アンヌッカの父が所長を務める魔法研究所に軍から古代文字で書かれた魔導書の解読依頼が届く。
それは禁帯本で持ち出し不可のため、軍施設に研究者を派遣してほしいという依頼だ。
この依頼に対応できるのは研究所のなかでもアンヌッカしかいない。
しかし軍人の妻が軍に派遣されて働くというのは体裁が悪いし何よりも会ったことのない夫が反対するかもしれない。
そう思ったアンヌッカたちは、アンヌッカを親戚の娘のカタリーナとして軍に送り込んだ――。
素性を隠したまま働く妻に、知らぬ間に惹かれていく(恋愛にはぽんこつ)夫とのラブコメディ。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる