未亡人クローディアが夫を亡くした理由

臣桜

文字の大きさ
上 下
3 / 58

白い結婚

しおりを挟む
「本当にお美しいですね、クローディア様」
「まぁ、お上手ですわ」

 最初はクローディアの出で立ちと、未亡人という身の上を顧みない振る舞いに戸惑っていた貴族たちだが、クローディアがあまりにも普通に振る舞い、社交的なので応える者も出るようになってきた。

 未亡人なら手を出してもいいだろう。

 そう思ったのか、最初に声を掛けてきたのは男性たちだ。
 女性からはいまだ好意的な声を掛けられていないが、それは想定内なのでどうでもいい。

「あとからここを抜け出して、二人でお話ししませんか?」

 踊っている男性――ヘンルー伯爵家の長男であり、エイリット子爵のルシオに誘われ、クローディアは蠱惑的に微笑んでみせた。

「嬉しいですわ」

 あでやかに笑い、クローディアはルシオに支えられてクルッとその場で回転してみせた。

 彼女はダンスが得意で、着ているドレスは漆黒だというのに、誰よりも華やかに踊る。
 そこにいるだけで周囲の注目を浴び、視線を集めるのに慣れている振る舞いをする。

 人は華やかな人に目を向けがちだ。

 視線を送っても怯え、恥じらって俯く者を見ても、ほとんどの者は「面白くない」と感じるだろう。
 人は自分の興味に相手が反応するのを望むものだ。

 だからクローディアは誰かが自分を見ていると分かると、にっこり笑ってみせる。
 それもとっておきの魅力たっぷりの笑顔だ。

 彼女の笑顔を見れば、誰もが「自分に興味があるのだ」と思うだろう。そして美しく微笑む彼女を「もっと笑わせたい」と願う。

 美しい者に求められたいと思うのが、ほとんどの者の感覚だろう。

 誰しもどこかに劣等感があるからこそ、美しく魅力的な者が自分に好意的な反応を見せてくれると、「自分は特別なのだ」と思える。
 また男性なら、美しい女性を連れて歩いているだけで、勲章の一つと同等に思う者もいるだろう。

 クローディアはそれらの心理をすべて把握した上で、主に男性に向けて魅惑的な微笑みを向けていた。

 その態度を見た女性たちが「娼婦のようだわ」と眉をひそめても関係ない。
 クローディアの目的に必要なのは、女性たちの同調ではないからだ。

 ルーフェン子爵家の令嬢時代なら、女性たちが集まるサロンで情報交換をし、どこの夫人が力を持っているから逆らわないように、などを気にしていただろう。

 未婚の令嬢たちが社交界に出る目的は、まず結婚にある。

 より良い家柄の男性と結婚し、跡継ぎを生む。
 結婚したあとは夫の地位を盤石なものとするため、女性同士の場で波風立たず良い付き合いをし、貴族ならではの情報を得ては夫の役に立つ。

 恋愛結婚が珍しい世の中で、上手くいっている夫婦というものはそのように互いに協力し合っていた。
 夫は家と家族を含めた屋敷全体、または領民を守り、妻は家庭を守る。

 しかしクローディアには、守るべき夫はおらず、子供もいない。
 結婚したはいいものの、夫となったバフェット伯は高齢で子供を望める年齢ではなかった。

 いわば、白い結婚だ。

 結婚した当時、誰もが「財産目当てだ」とクローディアを嗤った。

(嗤う人は嗤えばいいのだわ。人の本質は他人には見えない。他人を嗤えば嗤うほど、その者の品位が下がっている事を、本人だけが分かっていない。愚かな事ね)

 亡き夫から強さを与えられたからこそ、クローディアは今こうして堂々としていられた。

「素晴らしいダンスでした」

 ルシオに微笑まれ、クローディアは「あなたこそ」と笑い返す。

 そしてクローディアは腰に回された手を嫌がる素振りも見せず、むしろうっとりとした表情を浮かべルシオに身を委ねた。

「庭園に参りましょうか。楽しく踊ったからか、少し体が火照っています」

「そうしましょう」

 クローディアの提案にルシオは嬉しそうに笑い、周囲の注目を浴び、優越感すら滲ませる顔で彼女をエスコートしていった。

 ボールルームから出るまでの間、すれ違う貴婦人たちのグループからヒソヒソと声が聞こえる。

「あんなに胸元を出してはしたないわ」

「夫が亡くなったからと言って、喪服を着たまま舞踏会で若い男に手を出すなんて、何を考えているの」

「見て、あの優越感に浸った顔。品性が顔に出ているわ」

「派手な化粧ね。まるで魔女みたい」

 容赦のない言葉は雨のようにクローディアに向けられる。

 声の大きさすら気を遣わず、わざと聞かせるために言っているので、彼女たちの言葉は勿論ルシオにも聞こえた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ルナール古書店の秘密

志波 連
キャラ文芸
両親を事故で亡くした松本聡志は、海のきれいな田舎町に住む祖母の家へとやってきた。  その事故によって顔に酷い傷痕が残ってしまった聡志に友人はいない。  それでもこの町にいるしかないと知っている聡志は、可愛がってくれる祖母を悲しませないために、毎日を懸命に生きていこうと努力していた。  そして、この町に来て五年目の夏、聡志は海の家で人生初のバイトに挑戦した。  先輩たちに無視されつつも、休むことなく頑張る聡志は、海岸への階段にある「ルナール古書店」の店主や、バイト先である「海の家」の店長らとかかわっていくうちに、自分が何ものだったのかを知ることになるのだった。  表紙は写真ACより引用しています

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

妹と人生を入れ替えました〜皇太子さまは溺愛する相手をお間違えのようです〜

鈴宮(すずみや)
恋愛
「俺の妃になって欲しいんだ」  従兄弟として育ってきた憂炎(ゆうえん)からそんなことを打診された名家の令嬢である凛風(りんふぁ)。  実は憂炎は、嫉妬深い皇后の手から逃れるため、後宮から密かに連れ出された現皇帝の実子だった。  自由を愛する凛風にとって、堅苦しい後宮暮らしは到底受け入れられるものではない。けれど憂炎は「妃は凛風に」と頑なで、考えを曲げる様子はなかった。  そんな中、凛風は双子の妹である華凛と入れ替わることを思い付く。華凛はこの提案を快諾し、『凛風』として入内をすることに。  しかし、それから数日後、今度は『華凛(凛風)』に対して、憂炎の補佐として出仕するようお達しが。断りきれず、渋々出仕した華凛(凛風)。すると、憂炎は華凛(凛風)のことを溺愛し、籠妃のように扱い始める。  釈然としない想いを抱えつつ、自分の代わりに入内した華凛の元を訪れる凛風。そこで凛風は、憂炎が入内以降一度も、凛風(華凛)の元に一度も通っていないことを知る。 『だったら最初から『凛風』じゃなくて『華凛』を妃にすれば良かったのに』  憤る凛風に対し、華凛が「三日間だけ元の自分戻りたい」と訴える。妃の任を押し付けた負い目もあって、躊躇いつつも華凛の願いを聞き入れる凛風。しかし、そんな凛風のもとに憂炎が現れて――――。

若奥様は緑の手 ~ お世話した花壇が聖域化してました。嫁入り先でめいっぱい役立てます!

古森真朝
恋愛
意地悪な遠縁のおばの邸で暮らすユーフェミアは、ある日いきなり『明後日に輿入れが決まったから荷物をまとめろ』と言い渡される。いろいろ思うところはありつつ、これは邸から出て自立するチャンス!と大急ぎで支度して出立することに。嫁入り道具兼手土産として、唯一の財産でもある裏庭の花壇(四畳サイズ)を『持参』したのだが――実はこのプチ庭園、長年手塩にかけた彼女の魔力によって、神域霊域レベルのレア植物生息地となっていた。 そうとは知らないまま、輿入れ初日にボロボロになって帰ってきた結婚相手・クライヴを救ったのを皮切りに、彼の実家エヴァンス邸、勤め先である王城、さらにお世話になっている賢者様が司る大神殿と、次々に起こる事件を『あ、それならありますよ!』とプチ庭園でしれっと解決していくユーフェミア。果たして嫁ぎ先で平穏を手に入れられるのか。そして根っから世話好きで、何くれとなく構ってくれるクライヴVS自立したい甘えベタの若奥様の勝負の行方は? *カクヨム様で先行掲載しております

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

ボロ雑巾な伯爵夫人、やっと『家族』を手に入れました。~旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます2~

野菜ばたけ@既刊5冊📚好評発売中!
ファンタジー
 第二夫人に最愛の旦那様も息子も奪われ、挙句の果てに家から追い出された伯爵夫人・フィーリアは、なけなしの餞別だけを持って大雨の中を歩き続けていたところ、とある男の子たちに出会う。  言葉汚く直情的で、だけど決してフィーリアを無視したりはしない、ディーダ。  喋り方こそ柔らかいが、その実どこか冷めた毒舌家である、ノイン。    12、3歳ほどに見える彼らとひょんな事から共同生活を始めた彼女は、人々の優しさに触れて少しずつ自身の居場所を確立していく。 ==== ●本作は「ボロ雑巾な伯爵夫人、旦那様から棄てられて、ギブ&テイクでハートフルな共同生活を始めます。」からの続き作品です。  前作では、二人との出会い~同居を描いています。  順番に読んでくださる方は、目次下にリンクを張っておりますので、そちらからお入りください。  ※アプリで閲覧くださっている方は、タイトルで検索いただけますと表示されます。

君に望むは僕の弔辞

爺誤
BL
僕は生まれつき身体が弱かった。父の期待に応えられなかった僕は屋敷のなかで打ち捨てられて、早く死んでしまいたいばかりだった。姉の成人で賑わう屋敷のなか、鍵のかけられた部屋で悲しみに押しつぶされかけた僕は、迷い込んだ客人に外に出してもらった。そこで自分の可能性を知り、希望を抱いた……。 全9話 匂わせBL(エ◻︎なし)。死ネタ注意 表紙はあいえだ様!! 小説家になろうにも投稿

公爵令嬢アナスタシアの華麗なる鉄槌

招杜羅147
ファンタジー
「婚約は破棄だ!」 毒殺容疑の冤罪で、婚約者の手によって投獄された公爵令嬢・アナスタシア。 彼女は獄中死し、それによって3年前に巻き戻る。 そして…。

処理中です...