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白い結婚
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「本当にお美しいですね、クローディア様」
「まぁ、お上手ですわ」
最初はクローディアの出で立ちと、未亡人という身の上を顧みない振る舞いに戸惑っていた貴族たちだが、クローディアがあまりにも普通に振る舞い、社交的なので応える者も出るようになってきた。
未亡人なら手を出してもいいだろう。
そう思ったのか、最初に声を掛けてきたのは男性たちだ。
女性からはいまだ好意的な声を掛けられていないが、それは想定内なのでどうでもいい。
「あとからここを抜け出して、二人でお話ししませんか?」
踊っている男性――ヘンルー伯爵家の長男であり、エイリット子爵のルシオに誘われ、クローディアは蠱惑的に微笑んでみせた。
「嬉しいですわ」
あでやかに笑い、クローディアはルシオに支えられてクルッとその場で回転してみせた。
彼女はダンスが得意で、着ているドレスは漆黒だというのに、誰よりも華やかに踊る。
そこにいるだけで周囲の注目を浴び、視線を集めるのに慣れている振る舞いをする。
人は華やかな人に目を向けがちだ。
視線を送っても怯え、恥じらって俯く者を見ても、ほとんどの者は「面白くない」と感じるだろう。
人は自分の興味に相手が反応するのを望むものだ。
だからクローディアは誰かが自分を見ていると分かると、にっこり笑ってみせる。
それもとっておきの魅力たっぷりの笑顔だ。
彼女の笑顔を見れば、誰もが「自分に興味があるのだ」と思うだろう。そして美しく微笑む彼女を「もっと笑わせたい」と願う。
美しい者に求められたいと思うのが、ほとんどの者の感覚だろう。
誰しもどこかに劣等感があるからこそ、美しく魅力的な者が自分に好意的な反応を見せてくれると、「自分は特別なのだ」と思える。
また男性なら、美しい女性を連れて歩いているだけで、勲章の一つと同等に思う者もいるだろう。
クローディアはそれらの心理をすべて把握した上で、主に男性に向けて魅惑的な微笑みを向けていた。
その態度を見た女性たちが「娼婦のようだわ」と眉をひそめても関係ない。
クローディアの目的に必要なのは、女性たちの同調ではないからだ。
ルーフェン子爵家の令嬢時代なら、女性たちが集まるサロンで情報交換をし、どこの夫人が力を持っているから逆らわないように、などを気にしていただろう。
未婚の令嬢たちが社交界に出る目的は、まず結婚にある。
より良い家柄の男性と結婚し、跡継ぎを生む。
結婚したあとは夫の地位を盤石なものとするため、女性同士の場で波風立たず良い付き合いをし、貴族ならではの情報を得ては夫の役に立つ。
恋愛結婚が珍しい世の中で、上手くいっている夫婦というものはそのように互いに協力し合っていた。
夫は家と家族を含めた屋敷全体、または領民を守り、妻は家庭を守る。
しかしクローディアには、守るべき夫はおらず、子供もいない。
結婚したはいいものの、夫となったバフェット伯は高齢で子供を望める年齢ではなかった。
いわば、白い結婚だ。
結婚した当時、誰もが「財産目当てだ」とクローディアを嗤った。
(嗤う人は嗤えばいいのだわ。人の本質は他人には見えない。他人を嗤えば嗤うほど、その者の品位が下がっている事を、本人だけが分かっていない。愚かな事ね)
亡き夫から強さを与えられたからこそ、クローディアは今こうして堂々としていられた。
「素晴らしいダンスでした」
ルシオに微笑まれ、クローディアは「あなたこそ」と笑い返す。
そしてクローディアは腰に回された手を嫌がる素振りも見せず、むしろうっとりとした表情を浮かべルシオに身を委ねた。
「庭園に参りましょうか。楽しく踊ったからか、少し体が火照っています」
「そうしましょう」
クローディアの提案にルシオは嬉しそうに笑い、周囲の注目を浴び、優越感すら滲ませる顔で彼女をエスコートしていった。
ボールルームから出るまでの間、すれ違う貴婦人たちのグループからヒソヒソと声が聞こえる。
「あんなに胸元を出してはしたないわ」
「夫が亡くなったからと言って、喪服を着たまま舞踏会で若い男に手を出すなんて、何を考えているの」
「見て、あの優越感に浸った顔。品性が顔に出ているわ」
「派手な化粧ね。まるで魔女みたい」
容赦のない言葉は雨のようにクローディアに向けられる。
声の大きさすら気を遣わず、わざと聞かせるために言っているので、彼女たちの言葉は勿論ルシオにも聞こえた。
「まぁ、お上手ですわ」
最初はクローディアの出で立ちと、未亡人という身の上を顧みない振る舞いに戸惑っていた貴族たちだが、クローディアがあまりにも普通に振る舞い、社交的なので応える者も出るようになってきた。
未亡人なら手を出してもいいだろう。
そう思ったのか、最初に声を掛けてきたのは男性たちだ。
女性からはいまだ好意的な声を掛けられていないが、それは想定内なのでどうでもいい。
「あとからここを抜け出して、二人でお話ししませんか?」
踊っている男性――ヘンルー伯爵家の長男であり、エイリット子爵のルシオに誘われ、クローディアは蠱惑的に微笑んでみせた。
「嬉しいですわ」
あでやかに笑い、クローディアはルシオに支えられてクルッとその場で回転してみせた。
彼女はダンスが得意で、着ているドレスは漆黒だというのに、誰よりも華やかに踊る。
そこにいるだけで周囲の注目を浴び、視線を集めるのに慣れている振る舞いをする。
人は華やかな人に目を向けがちだ。
視線を送っても怯え、恥じらって俯く者を見ても、ほとんどの者は「面白くない」と感じるだろう。
人は自分の興味に相手が反応するのを望むものだ。
だからクローディアは誰かが自分を見ていると分かると、にっこり笑ってみせる。
それもとっておきの魅力たっぷりの笑顔だ。
彼女の笑顔を見れば、誰もが「自分に興味があるのだ」と思うだろう。そして美しく微笑む彼女を「もっと笑わせたい」と願う。
美しい者に求められたいと思うのが、ほとんどの者の感覚だろう。
誰しもどこかに劣等感があるからこそ、美しく魅力的な者が自分に好意的な反応を見せてくれると、「自分は特別なのだ」と思える。
また男性なら、美しい女性を連れて歩いているだけで、勲章の一つと同等に思う者もいるだろう。
クローディアはそれらの心理をすべて把握した上で、主に男性に向けて魅惑的な微笑みを向けていた。
その態度を見た女性たちが「娼婦のようだわ」と眉をひそめても関係ない。
クローディアの目的に必要なのは、女性たちの同調ではないからだ。
ルーフェン子爵家の令嬢時代なら、女性たちが集まるサロンで情報交換をし、どこの夫人が力を持っているから逆らわないように、などを気にしていただろう。
未婚の令嬢たちが社交界に出る目的は、まず結婚にある。
より良い家柄の男性と結婚し、跡継ぎを生む。
結婚したあとは夫の地位を盤石なものとするため、女性同士の場で波風立たず良い付き合いをし、貴族ならではの情報を得ては夫の役に立つ。
恋愛結婚が珍しい世の中で、上手くいっている夫婦というものはそのように互いに協力し合っていた。
夫は家と家族を含めた屋敷全体、または領民を守り、妻は家庭を守る。
しかしクローディアには、守るべき夫はおらず、子供もいない。
結婚したはいいものの、夫となったバフェット伯は高齢で子供を望める年齢ではなかった。
いわば、白い結婚だ。
結婚した当時、誰もが「財産目当てだ」とクローディアを嗤った。
(嗤う人は嗤えばいいのだわ。人の本質は他人には見えない。他人を嗤えば嗤うほど、その者の品位が下がっている事を、本人だけが分かっていない。愚かな事ね)
亡き夫から強さを与えられたからこそ、クローディアは今こうして堂々としていられた。
「素晴らしいダンスでした」
ルシオに微笑まれ、クローディアは「あなたこそ」と笑い返す。
そしてクローディアは腰に回された手を嫌がる素振りも見せず、むしろうっとりとした表情を浮かべルシオに身を委ねた。
「庭園に参りましょうか。楽しく踊ったからか、少し体が火照っています」
「そうしましょう」
クローディアの提案にルシオは嬉しそうに笑い、周囲の注目を浴び、優越感すら滲ませる顔で彼女をエスコートしていった。
ボールルームから出るまでの間、すれ違う貴婦人たちのグループからヒソヒソと声が聞こえる。
「あんなに胸元を出してはしたないわ」
「夫が亡くなったからと言って、喪服を着たまま舞踏会で若い男に手を出すなんて、何を考えているの」
「見て、あの優越感に浸った顔。品性が顔に出ているわ」
「派手な化粧ね。まるで魔女みたい」
容赦のない言葉は雨のようにクローディアに向けられる。
声の大きさすら気を遣わず、わざと聞かせるために言っているので、彼女たちの言葉は勿論ルシオにも聞こえた。
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