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亡き辺境伯の新妻
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「クローディア嬢は元々、ルーフェン子爵の娘です。ルーフェン子爵と言えば、先の戦争でも武勲を上げた、筋金入りの武闘派」
確かに、元帥を務める叔父がよくルーフェン子爵の名前を口にし、いまだに壮健だと笑っているのを聞いていた。
「曲がった事が嫌いで質実剛健なルーフェン子爵のもと、クローディア嬢も竹を割ったような性格だという噂を聞いていました。領地では馬を乗り回すお転婆だったとか……。それが、嫁いだ相手が祖父ほどの年齢とはいえ、亡くなってすぐあのような格好で舞踏会に出るというのは、聞いていた印象とあまりに違います」
レンはディストの〝耳〟だ。
国内外のあらゆる情報を耳にし、ディストの補佐をする。
宰相が国王を支える役割なら、レンはディストを支えて王太子として正しく振る舞うよう導く存在だ。
情報通の彼がそう言うのなら、クローディアの本来の姿はそうなのだろう。
現在、ディストはもっぱら近隣国と再び戦争にならないよう、細心の注意を払って外交を続け、国内情勢の監視については信頼を置く臣下に任せていた。
バフェット辺境伯は国にとって重要な人物だが、戦争が終わったいま王族たちは別の問題に取り掛かり、日々の議題から名前が出なくなって久しい。
イグナットが再婚したという話は聞いていたが、「老齢での結婚なので祝いは結構でございます」と本人から丁寧な手紙をもらっていた。
それでも形だけと祝いの品を届けさせていたが、新しい妻の顔は直接見ていなかったのだ。
だからディストがクローディアの顔を直接知らないのも、無理はなかった。
「イグナットの人となりは私が一番よく知っている。彼の新しい妻が、若いとはいえ軽薄な女性だと思いたくない」
老いて再婚した貴族が、金や家柄をチラつかせて若い妻を娶るのは珍しい話ではない。
だがディストの知る限り、イグナットは亡くなった妻に操を立てていると言っていいほど誠実な男だった。
その再婚相手が、喪服姿で胸も露わに堂々と舞踏会に出てくる厚顔無恥な女と思いたくない。
輝くような笑みを浮かべて男性と踊っているクローディアを見て、ディストは呟き、「興味深い」と呟いた。
「ふぅ……! 疲れた……」
舞踏会で目が回るほど踊ったクローディアは、馬車に乗り込み乱暴に息をつく。
「皆さんの反応を見れば、お嬢の〝様子のおかしい未亡人〟作戦は成功のようですね」
馬車の向かいに座っているのは、体の大きな男だ。
年齢は二十代後半。
貴族の男性が身に纏う、刺繍の施されたジャケットにシャツ、トラウザーズを着ているが、どこか窮屈そうな印象を得る。
「ラギ、これからよ」
まっすぐ前を見据え、クローディアは決意の籠もった口調で言う。
「ええ、どこまでもついていきますとも」
短めの黒髪を撫でつけたラギは、琥珀色の目を細めて微笑んだ。
窓の外の夜闇を見つめ、クローディアはまたあのメロディーを口ずさむ。
**
その後も、クローディアは喪服ドレスを身に纏い、毎晩のように舞踏会に参加した。
彼女は自分の外見的魅力を把握している。
クローディアがバフェット辺境伯と結婚したのは十八歳の時で、現在は二十歳だ。
みずみずしい肢体を豪奢なドレスに包み、零れんばかりの胸元を強調すれば、どんな男性だってそこに視線を奪われる。
眉はくっきりと描き、目元は赤や紫などの色粉を使って派手な化粧をした。
ほんのり光る金色の粉で額や鼻筋、顎にハイライトを置き、唇には深紅の紅を差した。
そんな化粧をしたクローディアを見れば、誰もが〝魔性の美貌を持つ未亡人〟と思うだろう。
男性の目を引くようにわざわざ胸元にも、光る粉をパフでつけている。
身につけているドレスもアクセサリーも、すべて亡き夫が譲ってくれた物や、財産から作った。
イグナットは「私の財産はクローディアに一任する」と遺言を残した。
(だから、夫の言う通り、彼の遺産は私が有益に使ってみせる)
エメラルドグリーンの瞳を燃えたたせ、クローディアは見えない〝敵〟を睨み凄絶な笑みを浮かべる。
彼女からすれば、強い想いの籠もった笑みだったが、クローディアとダンスを踊っている男性からすれば、魅惑的に微笑みかけられたように感じられたのだろう。
確かに、元帥を務める叔父がよくルーフェン子爵の名前を口にし、いまだに壮健だと笑っているのを聞いていた。
「曲がった事が嫌いで質実剛健なルーフェン子爵のもと、クローディア嬢も竹を割ったような性格だという噂を聞いていました。領地では馬を乗り回すお転婆だったとか……。それが、嫁いだ相手が祖父ほどの年齢とはいえ、亡くなってすぐあのような格好で舞踏会に出るというのは、聞いていた印象とあまりに違います」
レンはディストの〝耳〟だ。
国内外のあらゆる情報を耳にし、ディストの補佐をする。
宰相が国王を支える役割なら、レンはディストを支えて王太子として正しく振る舞うよう導く存在だ。
情報通の彼がそう言うのなら、クローディアの本来の姿はそうなのだろう。
現在、ディストはもっぱら近隣国と再び戦争にならないよう、細心の注意を払って外交を続け、国内情勢の監視については信頼を置く臣下に任せていた。
バフェット辺境伯は国にとって重要な人物だが、戦争が終わったいま王族たちは別の問題に取り掛かり、日々の議題から名前が出なくなって久しい。
イグナットが再婚したという話は聞いていたが、「老齢での結婚なので祝いは結構でございます」と本人から丁寧な手紙をもらっていた。
それでも形だけと祝いの品を届けさせていたが、新しい妻の顔は直接見ていなかったのだ。
だからディストがクローディアの顔を直接知らないのも、無理はなかった。
「イグナットの人となりは私が一番よく知っている。彼の新しい妻が、若いとはいえ軽薄な女性だと思いたくない」
老いて再婚した貴族が、金や家柄をチラつかせて若い妻を娶るのは珍しい話ではない。
だがディストの知る限り、イグナットは亡くなった妻に操を立てていると言っていいほど誠実な男だった。
その再婚相手が、喪服姿で胸も露わに堂々と舞踏会に出てくる厚顔無恥な女と思いたくない。
輝くような笑みを浮かべて男性と踊っているクローディアを見て、ディストは呟き、「興味深い」と呟いた。
「ふぅ……! 疲れた……」
舞踏会で目が回るほど踊ったクローディアは、馬車に乗り込み乱暴に息をつく。
「皆さんの反応を見れば、お嬢の〝様子のおかしい未亡人〟作戦は成功のようですね」
馬車の向かいに座っているのは、体の大きな男だ。
年齢は二十代後半。
貴族の男性が身に纏う、刺繍の施されたジャケットにシャツ、トラウザーズを着ているが、どこか窮屈そうな印象を得る。
「ラギ、これからよ」
まっすぐ前を見据え、クローディアは決意の籠もった口調で言う。
「ええ、どこまでもついていきますとも」
短めの黒髪を撫でつけたラギは、琥珀色の目を細めて微笑んだ。
窓の外の夜闇を見つめ、クローディアはまたあのメロディーを口ずさむ。
**
その後も、クローディアは喪服ドレスを身に纏い、毎晩のように舞踏会に参加した。
彼女は自分の外見的魅力を把握している。
クローディアがバフェット辺境伯と結婚したのは十八歳の時で、現在は二十歳だ。
みずみずしい肢体を豪奢なドレスに包み、零れんばかりの胸元を強調すれば、どんな男性だってそこに視線を奪われる。
眉はくっきりと描き、目元は赤や紫などの色粉を使って派手な化粧をした。
ほんのり光る金色の粉で額や鼻筋、顎にハイライトを置き、唇には深紅の紅を差した。
そんな化粧をしたクローディアを見れば、誰もが〝魔性の美貌を持つ未亡人〟と思うだろう。
男性の目を引くようにわざわざ胸元にも、光る粉をパフでつけている。
身につけているドレスもアクセサリーも、すべて亡き夫が譲ってくれた物や、財産から作った。
イグナットは「私の財産はクローディアに一任する」と遺言を残した。
(だから、夫の言う通り、彼の遺産は私が有益に使ってみせる)
エメラルドグリーンの瞳を燃えたたせ、クローディアは見えない〝敵〟を睨み凄絶な笑みを浮かべる。
彼女からすれば、強い想いの籠もった笑みだったが、クローディアとダンスを踊っている男性からすれば、魅惑的に微笑みかけられたように感じられたのだろう。
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